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89.悪夢と欲望の期末テスト⑯


「なんだなんだなんだ! この状況は何なんだ!?」


「お兄ちゃーん、赤ちゃんつくろー」


「だああああああああああああッ!!」


 真麻を先頭にして、コスプレをした女の群れが後ろを追いかけてくる。

 俺は廊下を走りながら振り切ろうとするが、教室からは続々とコスプレ少女がエンカウントしてくるため、いっこうに振り切ることができなかった。


「やばい! 何がヤバいのかよくわからないが、この状況はすさまじくヤバい!」


 追いかけてきているのがモンスターであったのならば、容赦なく攻撃することができる。

 しかし――彼女達は人間の形をしており、おまけに美少女ばかり。最前列で追いかけてきているのは真麻と沙耶香、聖である。

 それが欲望によって生み出した偽物であることはわかっているが……知り合いの形をしたモノを容赦なく斬ることができるほど冷酷にはなれなかった。


 もしも、彼女達に捕まってしまえばどうなるのだろうか?

 殺されることはないだろう。だが……ある意味では命以上に大切な何かを、失ってしまうような気がする。


「不味い……このままだと屋上に出ちまう……!」


 コスプレ少女を避けて逃げていた俺は、校舎の上へ上へと追い詰められていた。

 このまま屋上に出てしまえば、それこそ逃げ道を失ってしまう。それが危険なことだとはわかっているが、どうにもならなかった。


 こうなったら、屋上の扉を閉めて籠城しよう。

 それでもダメなら……最後の手段。屋上からグラウンドまでダイブするしかない。


 階段を昇って行った俺は、とうとう最上段まで登りつめた。

 勢いよく屋上の扉を開け放ち、太陽の光の下へと飛び出して……


「…………へ?」


「きゃっ!」


「ひゃあっ!」


 屋上に飛び出した俺は、レジャーシートを敷いて座っている春歌と早苗に遭遇した。

 2人は学校の制服を着ている。残念ながら……いや、残念では全くないはずなのだが、コスプレはしていなかった。

 屋上に飛び込んできた俺を見てしばし驚いて固まっていた2人だったが、やがて怒ったような表情に変わる。


「月城君! どうしたのよ、急に(・・)いなくなったりして(・・・・・・・・・)


「もう! 突然、(・・・)どこかいっちゃうから・・・・・・・・・・・ビックリしたじゃん!」


「は……え、あー……何の話だ?」


 俺は理解不明な問い詰めを受けて、困惑に瞬きを繰り返す。

 しかし、すぐに今の状況を思い出して慌てて振り返る。


「そうだ! あいつらは……!?」


 コスプレ少女らをどうにかしなくてはいけない――そう思って背後を見る俺であったが、階段からは人影が消え失せている。

 散々追い回してくれた露出過多の女達は、まるで煙のように姿を消していたのだ。


「助かったのか……? でも、どうして……?」


「もう、真砂君。ごはんの途中でいなくなったらダメでしょ? こっちに来て、お弁当を食べましょう」


「あ……えーと、はい」


 春歌がレジャーシートの上で手招きをする。俺は困惑しながらも、招きに応じてシートの上に座った。

 状況はまるでわからなかったが……せっかく2人と出会うことができたのだ。とりあえず、話を聞かなければなるまい。


「さあさあ、今日のお昼はお稲荷さんを作ってきたわ。たくさんあるから、いっぱい食べてね!」


「ういっす……」


 俺は差し出された重箱から、稲荷ずしをつまんで口に入れる。

 美味い。いつもと同じ、春歌の手料理の味だ。


「ねーねー、真砂君。今日は何の日だったか覚えてるかニャー?」


「早苗……えーと、何の日って……」


 稲荷ずしを頬張っている俺に、早苗が密着してきた。

 何の日かと聞かれても……そもそも、この世界の時間は外の世界と同じなのだろうか?

 今日は普通の平日。特に記念日などではなかったはずだが。


「もう、やっぱり忘れちゃったんだ! しょうがないから、私が教えてあげる!」


 早苗が悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。


「今日は……私と春歌、それに真砂君が付き合い始めた1年目の記念日でしたー!」


「ブフッ!?」


 予想もしていなかった回答を受けて、俺は思わず酢飯を噴き出した。


「付き合ってるって……え、俺達が……3人で!?」


「そうだよー? 私達、3人1組スリーマンセルで恋人になったんじゃない。真砂君がどっちも選べないからって、しょうがなくねー」


 混乱する俺に、当然のように言ってくる早苗。さらに、春歌までもがうんうんと感慨深そうに頷いている。


「最初は私もどうかと思ったけど……私は真砂君のことも早苗のことも好きだから、こういうのもいいかなって。日本が一夫多妻制を取り入れてから随分と経つし、3人で交際して結婚するのも時代の流れよね」


「い、いっぷたさい……?」


 って……何だっけ?

 いや、意味は分かるのだが、状況が意味不明過ぎてまるで理解が追いつかない。


「お、落ち着け。落ち着いて状況を整理だ。まずは素数を数えよう……1、2、3、5」


「……月城君。1は素数じゃないわよ」


「あ、そうだっけ?」


 春歌のツッコミを受けながら、俺は何とか頭の中で状況を整理していく。


 ここは人間の欲望が叶う異世界――ワンダーランド。

 ここには俺の他に春歌と早苗、彩子が取り込まれている。おそらくではあるが、目の前にいる2人は本物の春歌と早苗のはず。


 先ほど、校舎の中で追いかけ回してくれたコスプレ少女は、俺の欲望によって生み出された偽物だ。非常に納得がいかないが、俺の隠れた性癖を具現化したものなのだろう。


 ならば……3人での交際とか、一夫多妻とか。俺が今置かれている状況もまた、誰かの欲望が具現化したものということになる。

 俺の欲望ではないはず。俺の欲望が具現化したのであれば、春歌と早苗もまた肌色の姿で登場するはずだ。


「と、いうことは。もしかして……?」


 俺はまさに恐ろしい答えにたどり着こうとしていた。

 ちょうどその時、屋上の扉がガチャリと内側から開かれる。


「あら、3人もこちらで食事をとっていたのですね」


 屋上に出てきたのは、見慣れた2人組だった。

 1人は黒髪ロングのお淑やかそうな少女であり、俺が探していたもう1人の人物――山吹彩子である。

 そして……もう1人は、この世界にいるはずのない人間だった。


「あ、月城さん。お疲れ様っす!」


「お前は……」


 坊主頭の体格の良い少年。彩子と手をつないで現れたのは、俺達が通っている高校の制服を着た田崎浩一郎であった。


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