88.悪夢と欲望の期末テスト⑮
ストレージから取り出したのは『手投げ閃光玉』という名前の消費アイテムである。
『破裂ネズミの皮』と『白色火薬』を合成することによって生み出されたこのアイテムは、強い衝撃を与えることにより目を焼くような閃光を放つのだ。
閃光玉によって沙耶香と聖を振り払うことに成功した俺は、校舎の中に入って空き教室の中へと逃げ込んでいた。
「ハアッ……ハアッ……ハアッ……あ、危なかった。マジでヤバかった……!」
もしも緊急クエストが発生してくれなければ、あのまま欲望のままに自分の目的を見失うところだった。ある意味では、両面宿儺と戦った時以上の大ピンチである。
それにしても……
「ワンダーランド……あらゆる欲望が叶う世界だって?」
教室の壁に背中を預けて、緊急クエストの内容を反復する。
ワンダーランド――どうやら、俺は正体不明の異世界に取り込まれてしまったらしい。
原因は間違いなく、彩子の持ち物にあったネックレスに違いない。
理由はわからないが、あのネックレスについていた石には人間をこのワンダーランドに引きずり込む力があるのだ。
俺は……おそらく、春歌と早苗、彩子もまた、この異世界にまんまと取り込まれてしまったのだろう。
「……落ち着け、まだ焦る時間じゃない」
まずは状況を整理しよう。
ここは『ワンダーランド』という異界。緊急クエストの説明によると――欲望を叶えることができる場所だが、時間が経つと魂が消化されてしまうらしい。
つまり、俺は魂が消化されるよりも先にここから脱出しなければいけない。
脱出する方法は、『番人』とやらを倒すこと。
「制限時間は24時間……つまり、俺の魂が消化されるまでの猶予が24時間ということか……?」
となれば、まだ余裕があるように感じられる。
しかし――その時間を額面通りに受け取るわけにはいかなかった。
俺がワンダーランドに取り込まれたのはついさっきだが、春歌達はずっと早くここに来ているのだ。
仮に、3人がこの世界に取り込まれた時間が勉強会の終わった直後――昨日の午後10時だとして、俺が浩一郎と公園で分かれたのが午後2時くらい。すでに16時間が経過していることになってしまう。
つまり――最悪の場合、残された時間は8時間ほどしかないのだ。
一刻も早く3人を見つけ出して『番人』を倒し、脱出しなければいけない。
「問題は……3人がどこにいるかだ。探しに行きたいところだけど……」
それは簡単なことではなかった。
俺は廊下側の窓から、そっと外を覗いてみる。
「せんぱーい、どーこでーすかー」
「真砂くーん、パフパフしてあげるから出てきなさーい」
廊下では、現在進行形で露出過多な女子が歩き回っている。
肌を惜しげもなくさらした沙耶香と聖。俺を探し回って廊下を歩き回る姿は、まるで映画やドラマに出てくるゾンビのようだった
しかも……敵は沙耶香と聖だけではない。
校舎に入ってから、他の女子まで俺を探しに出てきたのだ。
「月城くーん、出てきなさーい!」
「真砂ちゃん、一緒にニンジンを食べましょー」
「月城さん、診察のお時間ですよー」
「ほーら、まーちゃん。ばぶばぶしましょーねー」
「…………」
何だろう、このカオスな状況は。
教室から続々と廊下に出てきた女子は、みんな一様にコスプレをしている。
スーツを着た女教師風のクラスメイトもいれば、バニーガールに扮した先輩がいる。看護師さんの格好をした後輩がいれば、哺乳瓶とガラガラの玩具を持ったエプロン姿の女性教員がいる。
……いや、これって本当に俺の欲望が叶った姿なのだろうか。
ものすごく納得がいかないというか、俺ってこんな趣味あったっけ?
ともあれ――数を増したコスプレ女性が廊下をウロウロとさまよっており、迂闊に動くことができない状況へと追いやられていた。
「……アレに捕まったら、どうなるんだろうな」
想像するのも恐ろしい。
もしも学校中の女子がこんな有様になっているのであれば、もはやゾンビ映画をしのぐ脅威である。
ただ……そんな光景の中で、1つの疑問と仮説が浮上してくる。
「……いないんだよなあ。春歌と早苗が」
廊下を歩き回っているコスプレ集団は、いずれも顔と名前を知っている女子ばかりである。おまけに、俺が過去に「この娘、可愛いな」「美人だな」などと好印象を持った女の子達だった。
つまり……彼女達はまさに、俺の欲望を具象化した存在なのだろう。
ならば、俺が好意を抱いている女子の筆頭格である春歌と早苗の2人がいないのは、明らかにおかしい。
沙耶香と聖がそうであったように、序盤で登場しなくては不自然だ。
「なるほど……やっぱり、2人もこの世界のどこかにいるんだな」
仮説として――春歌と早苗がこのワンダーランドに来ていることが原因として考えられる。
おそらく、この世界には同じ人間が2人以上存在することができないのではないか。そのため――すでにこの世界に来ている春歌と早苗は、俺の欲望を具現化する形で出現しないのだろう。
「だったら……2人も、それに彩子もどこかで自分の欲望に遭遇している? 何とか、3人と合流しないと……」
「お兄ちゃーん、真麻が来たよー!」
「ぶふっ!?」
廊下から聞こえてきたのは、あってはならない声。俺は思わず吹き出してしまう。
慌てて廊下に目を向けると、そこにはレオタード姿になった妹――真麻の姿があった。
ピンクのレオタードを着た真麻は、頭には猫耳、お尻には細長い尻尾を付けており、肉球付きのにゃんこ手袋でにゃんにゃんやっている。
「お兄ちゃーん、早く出てくるにゃー! 真麻と一緒に子猫をつくるにゃーん!」
「馬鹿か! なんて格好していやがる!」
妹のあまりにもあられもない姿を見て、俺は思わず叫んでしまう。
状況を完全に忘れた怒声は廊下の隅まで響き渡り……ゾンビのごとくさまよっていたコスプレ女子が一斉にこちらを振り返る。
「あ……」
「「「「「見ーつけた」」」」」
コスプレ少女が嫣然と微笑んで、獲物を見つけた肉食獣のように一斉に襲いかかってくる。
「ぎゃああああああああああああああっ!」
群れを成して飛びかかる露出少女らに、俺はかつてない恐怖に襲われた。
あらゆるスキルを駆使しながら廊下を全力ダッシュして、必死に逃げ回るのであった。




