85.悪夢と欲望の期末テスト⑫
学校から出た俺は、そのままの足で病院へと向かった。
【身体強化】を始めとしたスキルをフル活用した俺のスピードは、バイク便だって追い抜けるほどである。
誰かから見咎められたら不味いという考え以上に、春歌と早苗のことが心配だったのだ。
病院にたどり着いた俺は、受付で名乗って3人への面会を求めた。
彼女達は面会謝絶状態にあるようだったが、どうやら立花から連絡を受けているらしく、すぐに案内してくれた。
「こちらの部屋になります」
「っ……!」
通された一室には3つのベッドが置かれており、奥から彩子、早苗、春歌の順番でそれぞれ寝かされている。
3人にはそれぞれ心電図モニターが付けられており、ベッドの横に置かれた機械からはピコピコと一定のリズムで電子音が鳴っていた。
「何かあったらナースコールを押してください。それでは……」
俺をここまで案内してくれた看護士が、軽く会釈をして病室から出て行った。
カーテンのかかった病室には、俺と3人の眠り姫が残される。
「藤林さん……」
俺は手前のベッドに歩み寄り、そこに横たわる少女に呼びかけた。
「スウ……スウ……」
春歌は瞳を閉じて穏やかな寝息を立てており、豊かな胸元がゆっくりと上下を繰り返していた。
「…………」
こんな状況で、こんなことを考えるのは非常に不謹慎極まりない最低なことであるが……こうやって横になっているのを見ると、春歌と早苗の胸部の違いが丸わかりである。
春歌の胸はまさに山脈といった雄大な姿であるのに対して、早苗の胸はなだらかな平原である。
その残酷なほどの差を目の当たりにすると、無性に悲しい気持ちになってしまう。
「……大丈夫だ。俺は小さいのもいけるから。貧乳バンザイ」
早苗に言ったらビンタを喰らわせられそうな励まし文句を口にして、俺は改めて春歌の容態を観察する。
春歌は普通に眠っているようで、一目見ただけではまるで異常は見られない。立花から聞いていなければ、『魂を抜かれている』などという異常事態に気がつくことはなかっただろう。
「ヒール」
春歌に手をかざして、【治癒魔法】を発動させる。
緑色のエフェクトに春歌の身体が包まれるが……特に変化はない。
「キュア……ハイヒール……エクスヒール……」
【治癒魔法】のスキルはすでにレベル5まで上がっている。修得した魔法を1つ1つかけていく。
さらにアイテムストレージからポーションや聖水など、回復効果のあるアイテムを全て試すが……それでも、春歌が目を開くことはなかった。
「クソッ……ダメか!」
どうやら、立花が言うように根本的な原因を探さなくては助けることはできなさそうである。
即ち――3人の魂を奪った何者かを見つけ出して倒すしかないのだ。
「……まずは原因を探さないとな。何か役立つスキルがあればいいんだけど」
ゲームなどではよく鑑定スキルなどがあったりするのだが、残念ながら俺はそんなものは修得していなかった。
原因を調査するとは言っても、いったい、どうしろというのだろうか?
「やっぱり、沙耶香さんに頼むしかないかな? 俺のスキルで役に立つものなんて…………ん?」
自分が所有しているスキルを1つ1つ改めていくと、そのうちの1つに反応があった。
【索敵】スキルが発動――反応があったのは、病室の隅からである。
「これは…………通学カバンか?」
病室の隅に置かれたテーブルの上には、2つのカバンが置かれていた。
申し訳ないと思いながら中を見て見ると、中に入っていた財布や手帳から、それが早苗と彩子の持ち物であることがわかった。
おそらく、勉強会に参加する際に春歌の家に持ってきた荷物だろう。勉強に使う教科書やノート、筆記用具が入っている。
立花か小野か、別の誰かが気を利かせて病院まで持ってきたのかもしれない。
【索敵】の反応があったのは彩子の通学カバン。そのポケットの中から妙な気配を感じる。
「うん……?」
目的の物を取り出して、電灯の明かりにかざしてみる。
それはペンダントのようだ。細いチェーンの先にはビー玉サイズの石がついており、人工の明かりを反射してキラキラと輝いていた。
石は完全な球体ではなく、微妙な楕円を描いており、うずらの卵を一回り小さくしたような形である。見る角度によって様々に色合いを変えており、赤かと思えば青、黄かと思えば緑、たまに七色になって視る者の目を楽しませてくる。
アレキサンドライトやタンザナイトのような一部の宝石は、見方によって色が変化すると聞いたことがある。この石もその仲間なのだろうか?
「宝石……のわりには、チェーンのほうが安っぽいかな?」
【索敵】スキルが反応する以上、これがただのアクセサリーであるとは思えない。
しかし――はっきりと『敵』かと聞かれれば、首を傾げるしかなかった。
手の中にあるペンダントはどう見てもタダのアクセサリー。魔物やモンスターの類には見えないし、そもそも【索敵】だってそれほど強く反応しているわけではなかった。
「ふむう……」
さて……どうしたものだろうか?
このアクセサリーが3人の昏睡に関係があるような気はするが……立花がこれに気がつかなかったのだろうか?
これを調べたいところだが、この存在に気がつかなかった立花に連絡したとしても、有益な情報は得られないかもしれない。
「……壊すのは、やっぱり不味いよな?」
それは最後の手段だ。
まずは彩子がこのアクセサリーをどこで入手したのか、調べてみようか?
「ん……電話か?」
そんなことを考えたとき、俺のポケットの中でスマホが震えた。
取り出して液晶画面を見ると、そこには昨日登録したばかりの名前と番号が表示されていた。つまり――勉強会の最後の参加者である浩一郎からである。
「もしもし?」
『あ、月城さん! 彩子たちのこと、聞きましたか!?』
電話を取るや、焦った浩一郎の大声が鼓膜に突き刺さってくる。
「ああ、聞いている。お前はどうして…………そうか警察の人から聞いたのか?」
『はい! さっき学校に立花っていう人が来て、事情を聞かれたんですよ! オレ、ビックリしちゃって、今チャリで病院に向かってるんすよ!』
「あー、えーと……病院なら来ても無駄だぞ。面会謝絶で会わせてもらえなかったから」
俺は少しだけ考えて、そんなことを告げた。
自分は許可をもらっているが……流石に一般人である浩一郎を勝手に入れるのは不味いだろう。
『ええっ!? そんなあっ!』
「俺も病院に行って、受付で断られたばっかりなんだよ。ところで……昨日のことについて話したいんだけど、病院のすぐ近くにある公園まで来てくれないか? 場所はわかるよな?」
『わかるっすけど……えっと、何を話すんすか?』
「何ってわけじゃないけど、情報を整理したいんだよ。2人で話したら忘れていたことを思い出すかもしれないからな」
『わかりやした! 10分後には着くと思うんで待っててくださいっ!』
「ああ、じゃあ10分後に」
俺は電話を切った、「ふう」と溜息をついた。
彩子と交際している浩一郎であれば、このアクセサリーのことだって知っているかもしれない。
俺はペンダントをポケットに入れる。
そして――もう一度、春歌と早苗の顔を近くから目に焼きつけ、「必ず助ける」とつぶやいて病室を出るのだった。




