84.悪夢と欲望の期末テスト⑪
自分でも過ぎたことを言っていることは理解している。
すでに警察が、結社とやらが事件解決のために動いているというのに、そこにドラマの素人探偵のように首を突っ込むなど、善良な一般人がするべきことではない。
しかし――それでも、間違ったことを口にしたとは思わなかった。
俺が事件に関わることでわずかでも春歌や早苗が助かる確率が上がるのであれば、それをやらない理由などない。
とはいえ……この提案は、おそらく断られることだろう。
立花の立場からしてみれば、俺が捜査に参加することは不愉快なことでしかないだろう。
いくら俺が特殊な力を持っているからと言って、立花のような結社の人間にしてみれば、部外者の一般人なのだから。
「ええ、もちろん構いませんよ」
「は……え? いいんですか?」
意外なことに、立花はあっさりと了解を示してきた。
そのあっけなさすぎる許可に、提案した俺の方が目を白黒させてしまう。
「どうせ拒否をしたところで……貴方が雪ノ下を通じてお願いをしてくれば、断ることなどできませんから」
「えーと……そうなんですか?」
沙耶香の家はそんなに権力があるのだろうか。
歴史のある術者の家だとは聞いているのだけど。
「雪ノ下家はこの辺りの地域の管理者ですからね。この地で起こった事件については、我々よりも優先順位が高いのですよ」
立花は「ふう」と溜息をついて、俺から視線を逸らして窓の方に向けた。
窓の外には、夏の日差しに照らされて青々と生い茂った木の枝がある。立花は感情の読めない表情でそれを見つめながら、説明を続ける。
「もしも雪ノ下がこの事件を預かることを表明してくれば、いくら我々が警察関係者であったとしても締め出されてしまう。実に鬱陶しいことですがね」
「…………」
詳しい事情はわからないが、どうやら結社の内部にも派閥や権力争いのようなものがあるようだ。
立花も複雑な立場に立たされており、飄々とした態度からはわからないが、意外と苦労をしているのかもしれなかった。
「そういうわけで……事件の調査でしたらご自由にどうぞ。入院先の病院には連絡をしておきますので、面会しても構いませんよ」
立花は3人が運び込まれた病院を教えてくれる。
そこは俺も何度か通ったことがある市立病院だった。
「では……我々はこれで失礼します。何かあったら、こちらにご連絡ください。貴方が事件を解決できることを心から祈っていますよ」
立花はテーブルの上に自分の名刺を置いて、応接間から出て行った。
「…………」
ずっと無言を貫いていた立花の同行者――小野というスーツ姿の女性が、会釈をして後に続いていく。
応接間には俺だけが残されることになった。
「むう……」
俺はテーブルの上の名刺を手に取って、財布の中に入れておく。
立花と名乗った結社のエージェントは、正直好感が持てるようなタイプではなかった。理由はわからないが、あの男はずっと俺に対して敵意のようなものを向けていた気がする。
それでも、事件のことを教えてくれたことは感謝するべきだろう。病院に話を通してくれることも。
「よし……俺も動こうか」
春歌と早苗。それに彩香のことも、絶対に助けてみせる。
俺は決然と頷いて、応接間のソファから勢いよく立ち上がった。




