68.俺が知らない世界の裏側⑧
「グガアアアアアアアアアアアッ!」
目の前に現れたのはあまりにもオーソドックスな姿の鬼である。
まるで絵本からそのまま飛び出してきたかのような怪物が、咆哮を放ちながら手に持った金棒を振り下ろしてきた。
「わっと!」
2メートルの巨体からは考えられない機敏な動き驚きながらも、俺は咄嗟に回避行動に移った。後ろに飛んだことで金棒が空を切り、ドカンと豪快な音を立てて床に叩きつけられる。
「危ないなあ、もう!」
「ガアッ!」
ミスリルの剣で鬼に斬りつけるが……傷は浅い。
まるで金属の壁に叩きつけたような感触だ。この鬼はこれまで戦ったどの魔物よりも防御力が高いようである。
鬼は鬱陶しそうに俺の剣を振り払い、ブンブンと金棒を振り回す。
「くっ……!」
勢いよく振り回される金棒を躱しながら、俺は顔をしかめた。
幸いなのは金棒による攻撃は精彩を欠いており、命中率が低いことだろう。俺のスピードであれば避けるのは問題ない。
しかし、難儀なことに鬼の防御力が高すぎる。金棒をかいくぐって何度か斬撃を浴びせることには成功したのだが、まるでダメージが通っているようには見えなかった。
おまけに鬼は再生能力も備えているらしく、剣で斬られた傷はすぐにふさがってしまうのだ。
このままでは、こっちのスタミナが先に尽きてしまうだろう。
「物理攻撃の効果はいまひとつ。だったら……」
魔法で攻めるしかない!
俺は鬼に右手を向けて【無属性魔法】を発動させる。
「ショット!」
サッカーボール大の弾が勢いよく放出されて、鬼の頭部に命中する。
これは【無属性魔法】がLv3になって覚えたもので、『ブレット』を強化したような魔法だ。メラがメラミになったような感覚で、弾丸が大きくなって威力も数倍に上がっている。
「ガッ!?」
額に魔法の弾を受けた鬼はグラリと巨体を傾けるが、それでも倒れることなく踏みとどまる。
そして、強面の顔をさらに怒りに歪めて突進してきた。
「ゴアアアアアアアアアアアアッ!」
「む……これでも足りないか」
相手がスケルトンや吸血鬼のようなアンデット系の敵であるならば、【聖属性攻撃】のような特攻の攻撃手段をいくつか持っている。
しかし、鬼というのは何が弱点なのだろうか。特定の何かに弱いとかいうイメージは俺にはないのだが。
「弱点は……豆とイワシとか? そんなわけないか」
闘牛のように突進してくる鬼の巨体を横に飛んで躱す。
鬼の攻撃自体は大雑把なものだが、喰らってしまえば一撃でフェードアウトしてしまう気がする。
いい加減に有効打になる攻撃を見つけたいものなのだが……。
「ああ、ダメだな。思いつかない。こうなったら……力任せのゴリ押しでいってみるか」
「ゴアアアアアアアアアアアアッ!」
「はいはい、魔物捕獲用ネット」
「ガアッ!?」
再び突進してくる鬼に、ストレージから取り出したボールをすれ違いざまにぶつけてやる。
鬼の身体が蔦を編んだネットに包まれた。鬼は両手でもがき、身体に絡みついてくるネットを引きはがそうとしている。
以前、吸血鬼に操られた女性を無力化した時はこれで決着だったが、この鬼のパワーであればこんな拘束、すぐに解いてしまうだろう。
これはあくまでもタダの時間稼ぎ。本命はこれからである。
「戦技『力溜め』」
発動させたのは【体術】スキルのレベルが上昇したことにより、修得した戦技である。
名前の通りに力を溜めるこの技は、動きを止めて肉体に力を集めることによって攻撃力を上昇させるものだった。
その上昇率は力を溜め続けた時間に比例して上昇し、攻撃力を何倍にも上げることができるのだ。
「何だ、アレは……」
動きを止めて力を溜めている俺の耳に、少し離れた場所で戦いを見守っていた沙耶香の声が届いてきた。
「真砂君の身体に霊力のオーラが集中していく……いったい、どんな術を使っているんだ!?」
「解説どうもありがとう。かーらーのー……」
「グガアアアアアアアアアアアッ!」
鬼がネットを力任せに破り、突撃を仕掛けてきた。
すでに十分、力は堪っている。俺はさらにダメ押しで戦技を発動させる。
「戦技『三段突き』!」
【剣術】スキルLv5で修得したその技は、新選組の沖田総司が使っていたことで知られている剣技だった。
ミスリルの剣がまるで三又に裂けたように残像を残して、3連続の刺突となって鬼の身体に突き刺さる。
『力溜め』によって上昇した攻撃力が3倍として、それがさらに3連撃。
単純計算で9倍の威力になった攻撃が鋼のように固かった鬼の身体を穿ち、その巨体を後方にはね飛ばす。
「グガアアアアアアアアアアッ!?」
鬼は断末魔の叫びを上げて仰向けに横たわり、やがて紫色の煙となって消滅した。




