67.俺が知らない世界の裏側⑦
数時間のドライブを終えて、リムジンは目的の場所へと到着した。
たどり着いたのは市内にある山である。雪ノ下家が所有しているらしきその山の入口には、『私有地につき立ち入り禁止』と立札があった。
「それでは3時間ほどで戻ります」
「承知いたしました。お待ちしておりますので、どうぞお気をつけて」
沙耶香がここまで運転してくれたグラサン黒スーツに言うと、男は丁寧な口調で返答する。
組織内での階級はよくわからないが、どうやら30過ぎほどの年齢のグラサン黒スーツよりも沙耶香のほうが立場が上のようだ。
そして、沙耶香が俺のほうに向き直る。
「さて……ここから山道になるのだけど、大丈夫かな?」
「問題ありませんよ。体力には自信がありますから」
【身体強化】も【体力強化】もすでにカンストしていた。今の俺だったら、富士山登頂だってやってのける自信がある。
自信満々に答えると、沙耶香も安心したらしく深く頷いた。
「それでは行こうか。私の後について来てくれ」
沙耶香の先導で山道を歩いて行く。
道は舗装などされていなかったが、それでも登山というほど険しい山道ではない。運動靴でも十分に登れるような山だった。
霊山らしきその山に1歩足を踏み入れると、背筋にざわりと奇妙な感触が走る。
【索敵】スキルを発動させてみると、四方八方から正体不明の気配が感じられた。まだ敵意はないものの、木や藪の影から何かがこちらを注視しているようである。
「沙耶香さん、ここって……」
「流石だな。どうやら気がついたみたいね」
前を歩く沙耶香が振り返ることなく言ってくる。
「ここは霊山。龍脈から噴き出す霊力の影響によって、妖怪や物の怪などと呼ばれる存在が無数に発生している。ほとんどは微力なもので人を襲うほどの力はないけれど、警戒はしていおいたほうがいい」
「…………」
妖怪に物の怪ときたか。
吸血鬼の件でも思ったが、どうやら日本は思った以上にファンタジーだったようである。
「とはいえ……今日はいつも以上に山が静かみたいね。いつもだったら、狐狸の類が幻術で道に迷わせようとしてきたりするんだけど……」
「俺がいるからですかね。まあ、よくわかりませんが」
【索敵】スキルから伝わってくる気配の中には、初めて来る人間に対する好奇心の中に警戒や恐れの感情が混じっている。
理由はわからないが、俺はこの山に棲む妖怪とやらに恐れられているようだ。
「……彼らは人間よりも感覚が鋭敏だ。きっと、真砂君の中にある奇妙な力を感じ取っているのだろうね」
沙耶香はそんなことを言いながら、山道を進んで行く。
それから1時間ほど山の中歩いて行くと、木々に囲まれてお堂のような建物が見えてきた。
建物は随分と古めかしく見えるが、それでもしっかりとした造りになっており、由緒あるお寺のような荘厳な雰囲気を感じる。
「ここが雪ノ下家が所有している修行場だ」
「なかなか立派なもんですね」
「ああ、入ってくれ……きっと驚くぞ?」
「はあ? そうですか?」
沙耶香が俺の方を振り返り、悪戯っぽく笑いかけてくる。
どういう意味なのだろうと曖昧に返事をする俺であったが、すぐにその表情の意味を知ることになった。
お堂に一歩足を踏み入れると、そこは広々とした板間の部屋になっている。
部屋はまるで体育館のように広く、天井も5メートルほどの高さがあった。明らかに建物の外観からは考えられないサイズの部屋に、俺は思わずキョドった声を漏らしてしまう。
「は、え、ええっ……!?」
「驚いただろう? ここは雪ノ下家の祖先が山の霊力を利用してかけた術によって、一種の異界になっているんだ。外界からは切り離された亜空間のようなものかな」
「亜空間って……そんなことができるんですか!?」
「ああ、おまけにこの空間の中は外界と時間の流れが違う。この場所で1日過ごしても、外の世界で1時間ほどしか経過しないんだ」
「なるほど……」
つまり、ここは『精神と時の部屋』的な場所というわけだ。確かに修行場としてはうってつけだろう。
「とはいえ……あまりここに長居をすると術に影響を受けて精神を害する恐れがあるから、長くても1週間ほどしかいられないんだけど」
「便利なだけではなくて、デメリットもあるということですか。ふむ……」
もしもデメリットがないのであれば、テスト勉強などに使えそうだと思っていたのだが。やはりそう美味い話はなさそうである。
「で……俺はここで何をすればいいんですか? 俺の力をテストするんですよね?」
「ああ、これから呼び出す魔物と戦ってもらいたい。命の危険はないので、安心してくれ」
沙耶香は部屋の奥に進んで行く。
部屋の奥には仏壇のような祭殿が設置されている。沙耶香は祭壇の前に置いてある小さな壺を手に取った。手の平に載るサイズの壺は金属製でうっすらと錆が浮いている。
「これは雪ノ下家が所有している呪具で、山の霊力を溜め込んで式鬼を生み出す力がある。つまり……魔物を召喚するといえばわかるかな? 真砂君には、呼び出された魔物と戦ってもらいたい」
「へえ、面白いですね。どんな魔物が出てくるんですか?」
「これは壺を開けた人間の力量に合わせた魔物が召喚されるんだ。真砂君が壺を開けた場合、真砂君に強さに合わせて勝てるかどうかという強さの魔物が現れることになる」
「へえ……ますます面白い!」
俺がうずうずと指先を動かしていると、沙耶香は苦笑しながら壺を手渡してくる。
壺は見た目以上に軽く、金属製だがそれほど重さも感じなかった。
「準備ができたら壺を開けてくれ。開けた瞬間に魔物が出てきて戦いが始まるだろうから、覚悟しておいてくれ」
「わかりました……武器は使ってもいいんですよね?」
「勿論だよ。この壺によって生まれた式鬼は使用者を殺すことはできないように枷がかけられているから、命の危険はない。それでもケガはするかもしれないから、危ないと思ったらすぐに言うように」
沙耶香が人差し指を立て、軽く腰を折って前のめりになりながら注意事項を説明してくれる。
こんな時に考えることではないのだが可愛らしい仕草である。そのポーズのまま何でもいいからお説教とかしてくれないだろうか。
「まあ……それは後日お願いするとして、さっそく戦ってやってみるか」
俺は広々とした部屋の真ん中まで行き、壺を床に置いた。
アイテムストレージからミスリルの剣を取り出して、「ふう」と深呼吸をする。
壺の蓋を指先でつまみ、ゆっくりと開く。
「おおっ!?」
すると、壺の中から緑色の煙のようなものが噴き出してきた。
煙は空気中に拡散することなく中空で凝り、やがて人型に結集していく。
「っ……!」
煙から現れたのは身長2メートルほどの大男である。
男の頭には尖った角が2本生えており、真っ赤な顔面はまるで見るもの全てを威圧するような憤怒相になっていた。
それは昔話ではお馴染みの敵キャラ。節分の主役である魔物である。
「鬼か……」
虎柄パンツに裸の上半身、右手に金棒というあまりにもお馴染みの姿の怪物を見上げて、俺は呆れとも感嘆ともつかない声を漏らしたのであった。
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