62.俺が知らない世界の裏側②
『今から電話できるかな?』
液晶に表示されたのはそんなシンプルなメッセージである。
絵文字も顔文字も使われていない文字だけの文章からは、沙耶香の実直で真面目な性格が伝わってくるようだ。
「む……」
俺の心中に湧き上がる感情は複雑である。
美人な年上女性と電話越しとはいえ会話できることへの高揚と緊張。
1ヵ月間も放置されていたことへの疑惑と不満。
謎の結社に所属しているらしい彼女から、とんでもない秘密を突きつけられてしまうかもしれない緊張感などなど。
様々な感情が胸の奥で渦巻いていた。
しかし、断るわけにもいかない。今さら話を聞くことを拒めば、このモヤモヤとした感情をずっと引きずることになってしまう。
俺は指で文字を打って、返信ボタンを押した。
「『いいですよ』……っと」
簡素な返事を送ると、1分ほど時間をおいて再びスマホが音を鳴らす。今度はメッセージではなく電話のほうだ。
「もしもし、月城です」
『ああ、真砂君か。夜に済まないな』
スマホの向こうから涼しげな女性の声が聞こえてきた。
軽やかでありながら不思議と耳に残る芯のある声音。間違いなく沙耶香の声である。
『連絡が遅くなって済まない。もっと早く連絡するつもりだったんだが、ちょっと上のほうと揉めてしまってね……』
「はあ? 何かトラブルでもあったんですか?」
『まあね。はあ……』
俺が尋ねると、スマホの向こうで沙耶香が悩ましげな溜息をつく。
予期せず放たれた艶めかしい吐息に、電話越しであるにもかかわらずドキリとさせられる。
沙耶香はそんな俺の反応に気が付くことなく、そのまま話を進めていく。
『……結社の上層部は頭が固くてね? 組織が認知していない退魔師である君の素性を調べ上げるまで、接触を禁じられてしまったんだよ』
「ええっと、俺の素性って……タダの高校生なんですけど?」
『タダの高校生に吸血鬼が倒せるわけがないだろう! 上層部は君が海外の魔術組織と関係があるのではないかと疑っていたんだよ!』
「そ、そうなんですか? 海外の魔術組織って……」
さらりと話をしているが、この真面目そうな年上女性の口から『退魔師』とか『魔術組織』とかファンタジックな単語が飛び出てくるのには、妙な違和感がある。
相手が聖だったら、どんなおかしな単語が飛び出してきたって不思議ではないのだが。
「でも、こうして連絡してきてくれたということは、とりあえず俺の疑いは晴れたってことでいいんですよね?」
『ああ……結社がいくら調べても、君がどこかの組織とつながっているという情報はつかめなかった。だからこそ、改めて話を聞かせてもらいたいのだが……』
「構いませんよ。俺も教えてもらえるんですよね? 沙耶香さんのこととか、聖のこととかも」
『もちろんだ。約束は守ろう』
沙耶香は固い声音で応えて、しばし沈黙する。
『……そうだな。ここから先は直接会って話そう。よければ明日会いたいんだが、予定は空いているかな?』
「大丈夫ですよ。暇してます」
『それじゃあ、道場まで来てもらえるかな? 昼過ぎに待っているよ』
そう言い残して電話が切られた。
俺はしばし光を失った液晶を見つめ、じっと考え込む。
「…………」
はたして、沙耶香からどんな話をされるのだろうか。
特に気になるのは沙耶香が所属しているらしい『結社』という組織である。
沙耶香の口ぶりからして、決して組合のような小規模な組織ではなさそうだ。自分の素性を知らないうちに調べられていたということもあって、ザワザワと気味の悪い感覚が背筋を這っている。
しかし――虎穴に入らざれば虎子を得ず、というやつだ。
魔術やら吸血鬼やら、怪しげな存在と関わっている結社の話を聞けば、あるいは俺のクエストボードについてもわかることがあるかもしれない。
「それに……美女の誘いを断るのも野暮ってもんだよな」
沙耶香はアホの後輩と違って信用もできるし、明日はきちんと道場を訪ねてみよう。
心に決めて、スマホを置いて瞼を閉じた。
ダンジョンでの疲れもあって、目を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
「ふあ……あ……」
俺は眠気に逆らうことなく、そのまま睡魔に身をゆだねた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。




