55.危険な後輩、危険なデート⑥
振り下ろされる女性の爪をバックステップで躱す。
操られているらしい彼女達のスピードは明らかに常人を越えており、目を見張るほどに機敏なものである。スキルの恩恵がなければ最初の一撃で終わっていたに違いない。
「ま……俺の半分以下だけどな」
【体術】スキルを発動させ、先頭の女性の腹部に掌底を喰らわせた。ダメージを与えるよりも吹き飛ばすことを目的として十分に手加減をした一撃である。女性は後方の仲間を巻き込んで後ろに飛ばされていく。
下水路での戦いは臭いこそきついものの、この狭さは俺が有利である。囲まれることがないからだ。
狭い下水路はその半分が汚水の流れる川になっているため、通路部分は人がすれ違えるほどの横幅しかない。
襲いかかってくる女性の人数は7人。聞いていた行方不明者の数よりもやや多いが、数を生かせるような地の利はなかった。
「まともに戦って、こっちがやられることはないだろうけど……どうしたもんかね」
「シャアアア……」
女性達は当然のように起き上がり、血走った眼でこちらを睨みつけてくる。いくら手加減をしたとはいえ、しばらく動けなくなる程度には力を込めたはずなのだが。
聖の言葉を信じるのであれば、女性達はまだ救うことができるはずだ。被害者である彼女らを万が一にも殺すわけにはいかない。
何とか致命傷を与えることなく拘束する方法を考えていると、女性達が予想外の行動をとった。
「シャアアアアアアアッ!」
「うえっ!?」
女性達は躊躇いなく汚水が流れる川に飛び込み、左右に広がって襲いかかってきた。正気であれば、まずできなかったであろう蛮行である。
「ちょ……それは反則だろ!」
激臭のする水を撒き散らして襲いかかってくる女性に、俺は流石に動転させられてしまう。
四方から爪の刃が迫ってきた。俺は奥歯を噛みしめて、左側から迫る爪を腕で受け止める。さらに前方から刺しにきた女の胸部を蹴飛ばした。
「ああ、クソッ! 後で治癒魔法をかけるから勘弁してくれよ!」
左腕に鋭い痛みを感じながら迫りくる爪を捌いていく。同時に女性達にいくらか反撃の打撃を与えるが、どこまで本気を出してよいのかわからないため、すぐに起き上がって再び爪で斬りかかってくる。
殺すつもりで戦ったのであれば1分とかからず勝てる勝負なのだが、相手が被害者であることで追い詰められてしまう。
俺は堪らず下水路を逃げ戻りながら、この場を切り抜ける方法を思案する。
「っ……何かこの場を切り抜けるスキルはなかったか!?」
魔法系はダメか。無属性魔法のブレットならば足止めくらいにはなるかもしれないが、すぐに起き上がって向かってくるだろう。
そういえば、シールドの魔法を使っていればさっきの爪は防ぐことができていた。どうやら、テンパっていて忘れていたようである。
武術系のスキルは論外だ。【剣術】で斬りつけてしまえば、下手をすれば殺してしまうかもしれない。
「……そうだ。錬金で作ったアイテムがあった!」
初めてのダンジョンをクリアしてからというもの、デイリークエストの報酬として錬金壺や素材アイテムが出現するようになった。
最近は寝る前に素材を混ぜ合わせてアイテムを作ることが習慣となっており、様々なアイテムがストレージの中に貯め込まれているのだ。
「まずは……スライムゼリー!」
何故かネコ型ロボットふうに言い放った俺は、取り出した半透明の水色のボールを後方に向かって投げつける。
地面に衝突したボールはまるで水風船のように破裂して、中の液体を辺り一面にぶちまけた。
「キシイイイイイイイッ!?」
俺を追いかけていた女性達が地面の液体に足を滑らせて、次々と転倒していく。中には頭から汚水の川に落ちてしまった者までいる。
スライムゼリー……デイリークエストで入手した『スライム核』と『トロトロ芋』を錬金壺に入れて生み出したそれは、異世界のアイテムとは名ばかりにタダのローションである。
効果は見ての通り。操られている女性達はトロトロネチョネチョになっており、ここが下水道でなければ、かなり煽情的な有様となっていた。
「シャアアアアアアアッ!」
ローションプレイを免れた女性が俺に向かって飛びかかってくる。俺はすかさず、次のアイテムを取り出した。
「魔物捕獲ネット!」
「シュイイイイイイイイッ!?」
防犯グッズとして売られている捕獲網のようなネットが女性を包み込んで拘束する。ネットには粘着性があるようで、服や肌にベトベトに貼りついて身動きを封じてしまう。
これまた錬金壺で作りだしたアイテムで、『大蜘蛛の強糸』と『魔蔦草』を融合することによって生み出されたものだ。
名前の通りにモンスターを捕獲するためのアイテムで、この状況にはうってつけだろう。
ローションまみれになってもがいている女性もまとめてネットで拘束していく。
「よし! 捕獲完了!」
操られている女性の命を奪うことなく鎮圧することができた。達成感に胸を張って、額に流れる汗をぬぐう。
同時に、頭の中に聞きなれた電子音が鳴り響く。
『ワールドクエストを達成! スキル【拘束術Lv1】を修得!』
『ワールドクエストを達成! スキル【調教Lv1】を修得!』
『ワールドクエストを達成! スキル【性技Lv1】を修得!』
「はああああああああああああっ!?」
女性を守るために義憤として行動したはずなのに、その正義感をクエストボードは認めてくれなかったようである。
俺は意図せず手に入れたエロスキルに、愕然と叫びを上げるのであった。




