52.危険な後輩、危険なデート③
そして、その日の放課後。俺は事前に聖から指定されていた集合地点――学校の傍にある河原にやってきていた。
暗い雲で覆われた空からは今日もじっとりと雨が降っている。俺はビニール傘をさしながら、途方に暮れたように頭上を仰ぐ。
どうやら聖は連続行方不明事件の真犯人を自力で見つけ出して、父親の疑いを晴らそうとしているらしい。
俺は何故かその協力者に選ばれてしまったらしく、こうして放課後呼び出されたのである。
「いや……何で来ちゃったの、俺?」
来いと言われたから来たわけだが、いくら何でもお人好しが過ぎるのではないだろうか。
疑いをかけられている牧師さんには同情するのだが、俺は一度、聖に殺されかけている人間である。彼女のお願いを素直に聞いてやる義理などどこにもない。
それなのに、どうして馬鹿正直に呼び出しに応じてしまったのだろうか。
「というかさ、君もどうして俺に頼むんだよ」
「意味がわからない。どうしてとはどういう意味?」
俺は少し遅れてやって来た聖に尋ねた。セーラー服姿の後輩女子はおかっぱ頭を揺らして首を傾げた。連動して、手に持っている赤い傘も斜めに倒れる。
「いや、俺と君は別に仲良しこよしじゃないだろ。君のお父さんの疑いを晴らす義務は俺にはないんだよ。君だって、どんな勘違いをしていたのかは知らないけど、俺のことを殺そうとしていたじゃないか」
「私の名前は朱薔薇聖。過去は振り返らない女。昔のことは忘れた」
「俺は憶えてるよ! 超殺されかけたからな!?」
「私の名前は朱薔薇聖。好きなスタンドはハーミットパープル」
「そんなんで誤魔化されるか!」
どうやら聖はかなり都合の良い脳みそをしているようである。
そして、スタンドの趣味が渋すぎる。オラオラとかドラドラとかじゃなくて、何で茨が出る奴なんだ?。
「心配いらない。もう先輩の疑いは晴れた」
「はあ?」
「あの時はヘドロのような臭いがしたけど、もう臭いは消えている。だから、先輩は黒じゃなくてグレーにしてあげる。スタンドでいうとタワーオブグレー。感謝するとよい」
「…………」
ものすごく、身勝手な言い分だった。そして、ちょこちょこジョジョネタを入れてくるのが本気で鬱陶しい。この後輩、こんなキャラだったのか。
一方的に疑いをかけられて殺そうとして。わけもわからぬままに疑いが晴れたからと恩赦を出される。
さすがにそろそろビンタの一発くらいしてやっても許されるのではないだろうか。
「ふう……落ち着け。俺は年上、大人になれ……」
とはいえ、このマイペースな後輩の扱いにもだんだんと慣れてきた。怒りや苛立ちが消えたわけではないが、ここで怒鳴り散らしても事態が好転するわけはない。
そもそも、聖に対しては殺されかけたことへの因縁があるのだが、牧師さんに対しては思うところはないのだ。
それどころか、娘の暴走に対する慰謝料としてもらった200万には随分と助けられた。そのことには恩すら感じている。
ここは俺が大人になって、寛大な配慮をするべきではないだろうか。
「わかった、手伝うよ。だけど……一つだけ条件がある」
「聞きましょう。私は話が分かる女」
「……それはどうだろうな。いや、そんなことよりも」
俺はコホンと咳払いをして、聖の顔を真っ向から見つめる。
「どうしても手伝ってくれって言うのなら、誠意ある謝罪を要求する。ちゃんと謝ってくれたのなら、ゴールデンウィークのことはとりあえず水に流そう」
「謝罪……?」
「……『悪いことした覚えはない』とか言いやがったら帰るからな」
「むう……」
聖はにゅっと唇を尖らせていたが、やがて渋々といったふうに頷いた。
「わかりました。謝罪します」
「うむ、それでいい…………うおわあっ!?」
聖が何故かセーラー服をまくり上げて脱ごうとする。控えめな胸を覆っている白いスポーツブラが露出して、俺は慌てて聖の両腕をつかんだ。
「何をしてやがるコラ!」
「前に読んだ本に書いてあった。本気の謝罪をするときはパンツ一丁で土下座だと」
「そこまで要求してねえよ! 鬼か俺は!」
今日も雨が降っているため人通りはそれほどないが、この河原は学校のすぐ傍にある。下校中の生徒が通ることもあるのだ。
後輩女子を河原で脱がせて土下座させている男。社会的に抹殺されかねないスキャンダラスな状況である。
「わかりました。では逆にパンツだけ脱ぎます」
「どんだけ脱ぐ方向に持ってきたいんだよ!? お前、本当に教会の娘か!?」
「ほらほら、脱ぎたてですよー」
「ぎゃあああああ! ほんとに脱ぎやがった!?」
白いパンツを手にぶら下げた聖に、俺はドン引きして叫ぶ。
「先輩、その節はたいへん失礼をいたしました。どうか許してください」
「ノーパンで謝罪するのやめてくれるか!? 全然、誠意が伝わってこないんだけど!?」
ひょっとしたらこの後輩はとんでもない淫乱なのではないだろうか。脱ぎたてパンツをまるで水戸黄門の印籠のように堂々と見せつけてくる姿はもはや痴女としか思えない。
聖と会うのは今日で3回目だというのに、すでに3度もパンツを見てしまっている。どんだけ下着を見せたいのだこの後輩は。
「……いえ、一度は先輩が脱がせたのでは?」
「そうだった、ごめんね!」
「はい、許してあげます」
「なんで俺が謝ってんの!? 立場逆になってないか!?」
完全に小さな後輩にペースを握られてしまっていた。
俺は頭を抱えて、混乱と苛立ちの叫びを上げるのであった。
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