27.最終日は……ぎゃああああああああ!?③
前略、単身赴任中のお父様ならびに同行しているお母様。
私は現在、刃物を持った後輩女子に襲われています。
先立つ不孝をお許しください。またあの世でお会いいたしましょう。
「いや、納得できるか!」
「っ……!」
俺は自分の心臓に向けて突き出されてくる銀色のナイフを蹴り上げた。
ナイフは聖の手から離れて宙へと舞い、クルクルと回転しながら天井へと突き刺さる。
「ああもう! 親になんて説明すればいいんだよコレは!」
まだローンも払い終えていないであろう自宅の天井に穴をあけてしまった。
両親が帰ってきたら、どんな言い訳をすれば許してくれるだろうか?
「速い……やっぱり人間じゃない」
「どんな理屈だ! 大人しく殺されろってか!?」
聖が後ろに飛び退いて距離をとる。
武器を失ってしまった彼女であったが、青みがかった瞳からはいまだに闘争心は消えていない。
シュッと素早く両手を振ると、ブラウスの袖から手品のようにナイフが滑り出してきた。
聖は迷うことなく2本のナイフを俺めがけて投擲してくる。
「ぐっ……舐めんな!」
俺は顔と胸にそれぞれ飛んでくるナイフをそれぞれ左右の手で受け止める。
掌がわずかに切れる感触がしたが、痛いのは生きている証拠。命を落とすよりもずっといい。
どうだとばかりに聖を睨むと、おかっぱ頭の後輩はすでに新しいナイフを取り出しており、宙高々と舞っている最中だった。
「先輩、死んで。超死んで?」
「だああああああああっ!? 何本ナイフ持ってんだあああああっ!」
振り下ろされたのは20㎝ほどの長さがあるアーミーナイフ。
いったいどこにそんなものを隠し持っていたのかわからないが、街中でぶら下げていれば間違いなく通報される刃物である。
俺は頭蓋骨を両断せんとばかりに襲いかかってくるそれを、左手に持ったナイフで受け止める。
「くううううっ!」
「っ……すごい」
ピシリと受け止めたナイフが砕ける音がした。
その代償に、なんとかアーミーナイフによる攻撃を防御することに成功した。
先ほどのナイフの投擲もそうだったが、聖は明らかに殺しにかかっている。
スキルによる身体能力の補正や、【剣術】、【格闘術】によって得た技術がなければ3回くらいは死んでいる気がする。
いったい、俺はこの後輩女子に何をしたというのだろうか。
ひょっとしたら、前世でこっぴどく振ったとかそんな事情でもあるというのだろうか?
「ははっ、ヘタレの俺じゃあ生まれ変わる前でもそんなことできる気はしないよな!」
「えっ……?」
「そろそろ反撃させてもらうぞ!」
【剣術スキル】
戦技:鎧斬り
俺は砕けた左手のナイフを捨てて、右手のナイフを閃かせた。
発動させた武技は【剣術スキル】のLv4で覚えた戦技。相手の防具を破壊して武装解除をするための技である。
銀光が部屋の中に瞬いて、次の瞬間、聖が身に着けている衣服がバラバラに弾け飛んだ。
「ドレス〇レイク!」とか叫んだらいろんな人に怒られそうな技である。
「あ……」
下着姿になってしまった聖が目を白黒させて立ちすくむ。
西洋人のような真っ白な肌にわずかに朱が差した。どうやらこの無表情な少女にも羞恥心というものがあったようだ。
バラバラになった衣服の破片の中にはさらに数本のナイフが転がっている。どうやらまだ服の中に隠し持っていたみたいである。
「……先輩のエッチ」
「……できれば別のタイミングで聞きたかったよな。そのセリフは」
「えっち、すけべ。ちかん。性犯罪者。やっぱり死んで?」
「なにがやっぱりだ!」
隠し持っていたナイフは失ったものの、彼女の右手に握られているアーミーナイフは健在である。
聖はなおも俺に斬りかかってくる。
「させるか!」
「んんっ……!」
しかし、半裸になった身体を気にしているのか、聖の動きは明らかに精彩を欠いている。
俺はナイフを持った聖の右手をつかんで、そのまま床へと押し倒した。
「終わりだよ。大人しくしろ!」
小柄な少女の身体にまたがって俺は勝利を確信する。
こうなってしまえばもはや技量も武器も関係ない。
身体能力に勝り、体重にも勝っている俺に対して、聖ができることなどなにもなかった。
完全に身動きを封じられた聖は、俺の身体の下から青い瞳でこちらを睨むことしかできなかった。
「さて、話してもらおうか。どうして俺のことを殺そうとしたんだ?」
「…………黙秘」
「正直に話してくれれば悪いようにはしない。俺だって高校の後輩を痛めつけるような真似はしたく……」
――と、そこまで口にしたところで俺は言葉を止めた。
ガチャリと背後でドアが開く音がしたからだ。
「…………」
ギリギリと錆びついたゼンマイ仕掛けのような動きで首を動かして、後ろを見る。
「…………何をしているんだ、君達は」
俺の背後では、リビングのドアノブをつかんだままの姿勢で一人の女性が立ち尽くしている。
背の高いポニーテールの女性である。
俺は下着姿の後輩女子を押し倒して、左手には奪ったアーミーナイフを握り締めている。
そんな状態のまま絞り出すように声を発した。
「……あなたこそ、どうしてここにいるんですか。沙耶香さん」
「…………」
犯行現場としか言いようのない有様となっている俺達を見つめながら、剣術道場の娘・雪ノ下沙耶香は冷たい沈黙で答えたのであった。
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