激闘! 退魔師試験!㉙
『これにて実技試験終了となります。受験生の皆様、お疲れさまでした』
「……お?」
九尾の狐を吹っ飛ばした瞬間、景色が一瞬で切り替わった。
俺達が立っている場所はジャングルの島ではなく、試験会場だったサッカースタジアムのコートである。
周りを見ると、同じく困惑した様子で紫蘭とカスミ、晴嵐、南国部族風お面の女性が立っていた。
スタジアム内には他の受験者の姿もあり、いずれも戸惑っている様子。途中で失格した例のDQNな連中はいなかった。
「試験終了だって……? おかしい、早過ぎるじゃないか」
晴嵐がつぶやく。
そう、確かに早い。実技試験終了まではまだ半日近くもあるはず。
俺が首を傾げていると、教員のようなスーツを着た試験官が前に進み出てくる。
「えー、予定の時刻よりは早いですが、島の主が倒されてしまったことで異界が崩落してしまいました。これにより、途中になりますが試験は終了します」
「それじゃあ、合格はどうなるんだ?」
「不合格だったらパパに怒られちゃう……」
試験官の説明に受験生から不安そうな声が上がった。
試験官は手を挙げて受験生を落ち着かせて、穏やかな口調で説明を続ける。
「ご安心ください。現時点において生き残っている方は全員、『乙種』退魔師試験に合格となります」
「「「「「…………!」」」」」
受験生から喝采の声が上がる。
大部分の受験生が安堵に胸を撫で下ろしており、無事に試験を通ったことを喜んでいた。
「チッ……」
「もう終わりかよ……」
一部、不服そうな顔をしているのは『甲種』を目指していた受験生だろう。
『甲種』認定を目指しながら、必要なだけの功績を集めきれていない者達が悔しそうにしている。
「皆さんが集めたメダルは提出する必要はありません。そもそも、島を出た時点で全て消滅しているはずです。しかし……どのような怪異をどれくらい倒したかは試験官が集計しています。後日、運営委員会の方から改めて試験結果を連絡しますので、そのつもりで。ちなみに……他の受験生に対する必要以上の妨害行為を働いた方に対しても、別途お叱りがあるので覚悟していてください」
「「「「「…………!」」」」」
その言葉を聞いて、一部の受験生がガックリと肩を落とした。
やはりメダルの争奪戦はミスリードだったようだ。持っていたメダルはいつの間にか消えているようだし、晴嵐が予想していたようにメダルは合否に関係ないらしい。
「ん……?」
そうかと思ったら、ポケットの中に固い感触。
取り出してみると……掌の中で金色のメダルが輝いていた。
「これって……?」
メダルには『1』と堂々と刻まれている。
九尾の狐の獣毛のような金色のメダルは、もしかしなくても玉藻前を倒した報酬なのだろう。
メダルは全て消えているという話だったが……どうして、これだけ残っているのだろう。
「……まあ、いいか」
別に回収されないというのなら、記念品としてもらっておくとしよう。
俺は金色のメダルを再びポケットにしまっておいた。
「それでは、これにて退魔師試験終了となります。皆さん、気をつけてお帰りください」
長かった退魔師試験が終了して、残っていた受験生がスタジアムから出て行く。
「ふう……やれやれだぜ」
長かった、本当に長かった……予定では10話くらいで終わるはずだったのに、30話近くかかってしまった。
コミカライズも始まったことだし、ようやく落ち着くことが出来そうだ。
「いや……コミカライズってなんだよ……」
「月城様、お疲れさまでした」
「月城さーん、お疲れー!」
謎の電波を受信していると、紫蘭とカスミが声をかけてきた。後ろには晴嵐と……南国部族のお面をつけた女性――ジーナの姿もある。
「月城様のおかげで最後まで生き残ることが出来ました。心より御礼申し上げます」
「本当に助かっちゃった! 月城さんがいなかったら死ぬところだったよー」
「お前は死ぬよりも恥ずい目に遭ってるけどな……ともあれ、みんな無事に試験を終えることができて良かったよ」
特に最後の戦いは絶体絶命だった。
全員、ゲームオーバーになることなく生き残ることができたのが奇跡のようだ。
「月城さん、僕の方からもお礼を言うよ。助かった」
「賀茂さん……」
晴嵐が穏やかな表情で言う。
初対面の時の剣呑な様子とはまるで違う。こうやって見ると、普通に女の子っぽく見える。
「貴方がくれた脇差がなかったら、僕達は敗北していただろう。本当に助かった」
「ああ、それは返さなくてもいい。そのまま持って行ってくれ」
脇差を差し出してこようとする晴嵐に、俺は首を振った。
「いいのかい? これは相当な力を持った呪具だ。賀茂家だってそうは手に入らないような代物だと思うけど……」
「いいよ、こっちの方こそ良い経験をさせてもらった。お釣りをあげたいくらいさ」
そう……晴嵐には大きなものをもらった。
いつも男装している女子の身体に〇〇されて、××されるという経験をな!!!
「そうか……僕も良い経験になった。ありがとう」
晴嵐は俺の言葉を良い意味で勘違いしたらしく、頭を下げてきた。
「私もありがとうございます。改めて、今回の御礼はさせていただきます」
「私もありがとねー。このセーラー服、大切に使うねー?」
俺は3人と連絡先を交換し合って、別れることになった。
彼女達と過ごしたのは3日間にも及ばない短い期間だったが、とても濃密で価値のある時間である。
「あ、拙者も混ぜてほしいでゴザルー」
……と、何故かジーナまでもが連絡先交換に混ざってくる。
驚くべきことに、部族のお面をかぶってワラやらミノやらで編んだ服を着た彼女は、当たり前のようにスマホを持っていた。それもリンゴ社の最新機種である。
「何者だったんだ……あの女性は……」
最後まで謎の多い女性だった。素顔すらお面で隠されて見ていない。
「秘密があるほど女は美しくなる……いや、そういう次元じゃなくないか?」
ともあれ、今回の試験では多くの出会いがあった。
『甲種』だの『乙種』だのという他人が決めた尺度の評価などよりも、それはずっと価値のあることのように思えた。
「あの……月城真砂さんでよろしいですよね?」
「へ……そうですけど?」
しみじみとした気持ちで帰ろうとした矢先、試験官が声をかけてきた。
「えー……月城さんのお耳に入れたいことがあるのですが、今回の試験はお気づきの通り、島での行動を試験官および実行委員が監視していました」
「はあ、そうなんですか?」
「試験を監督している実行委員は『結社』の上層部によって選ばれた退魔師が就いているのですが、その実行委員の一人が月城さんにお話があるらしくて……」
「え……?」
試験官が気まずそうな表情を横に向ける。
試験官の視線を追っていくと……そこに立っていたのはスーツを着た一人の女性。
「あ……」
「やあ……真砂君。随分とお楽しみだったようだね?」
ポニーテールの黒い髪。凛々しく涼しげな相貌。細くて長い手足。
いつもの剣道着でもなく、巫女服でもなく、学校の制服でもない……かしこまった場のためか今日は女性用のスーツを身に着けている。
「さ、紗耶香さん……」
そこに立っていたのは雪ノ下沙耶香。
俺にとって後見人のような女性であり、公私ともにお世話になっている剣術少女である。
「真砂君、私が言いたいことはわかっているね?」
「……………………はい」
底冷えのする笑顔で言ってくる紗耶香に、俺は抵抗することなくその場に正座をする。
その日のお説教は5時間にもわたり、歴代最長記録を更新したのであった。
激闘 退魔師試験 完
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