ヒジリの伝説 ヴァンプの仮面⑤
聖の背中についた蝙蝠の羽。彼女の身体と比べて小さすぎるそれがパタパタと愛らしく動いている。
その動作自体は非常に可愛らしいものなのだが、どう見てもそんなミニマムな翼で飛べる気がしない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。別に翼の推進力で飛ぶわけではありません。これは飛行のための魔法を発動させる部品のようなものですから」
聖が何故か羽と一緒に腰を振りながら言う。
レザーの生地がピッチリ張りつき、強調された尻が左右にピコピコと揺れているが……別に色めき立ったりはしない。
コイツはおっぱいだけじゃなくて尻も小さいなあという程度の感想しかなかった。
「魔法発動のための部品ね……まあ、俺だってスキルを使えば飛べるもんな。別に空を飛ぶのに羽なんて必要ないか」
「そうなのです。人間には翼も胸も必要はないのです」
「……胸は必要だろ。いや、別におっぱい星人じゃないけどさ」
小さいのも大きいのも平等におっぱいだ。まな板だからって卑下することはないのだよ。
「……それはともかくとして、本当に飛べるのならさっさと行って来いよ。護身用の武器は貸してやるからさ」
俺はアイテムストレージからナイフを取り出して聖に手渡した。
スキル【錬金術】によって生み出されたそれは、吸血鬼に対する特攻効果を付与されたマジックアイテムである。
「俺の作った魔法の武器だ。絶対に役に立つはず」
「有り難く頂戴しておきます。この御恩は身体で……」
「それはもういいって。俺も適当にやっとくから、気をつけて行ってこい」
「わかりました。それでは……怪盗ヒジリちゃん出撃です!」
ナイフを胸の谷間に……うん、谷間はなかったので普通に懐に収めて、聖が空に飛び立とうとする。
背中に生えた小さな羽を必死にパタパタと動かした。
パタパタ、パタパタ。パタパタパタパタパタパタパタパタ。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ……
「ふう……ちょっとハーフタイム。一休み一休み」
「ちっとも飛べてねえじゃないか! 結局、ただの飾りかよ!」
メチャクチャパタパタさせていたのだが、聖が浮かんでいるのはわずか10センチほど。とてもではないがビルの屋上には届かない。
「ご心配なく。こんなこともあろうかと、こちらを用意しています」
聖が公園の木の陰から黒い球体の物体を引っ張ってくる。
ロープが結びつけられたそれは巨大な風船で、闇に溶けるように真っ黒に塗られてプカプカ浮かんでいた。
「まさかの風船かよ! お前はキャッ〇アイか!?」
というか、アドバルーンでもない風船で空を飛ぶことができるのだろうか?
「風船だけでは飛ぶことはできない。翼だけでは飛ぶことはできない。ならば……2つの力を組み合わせればいいのです! これぞ人間と吸血鬼、知恵と神秘の合わせ技! 科学と魔術が交差した瞬間です!」
「たかが風船ごときでそんなに威張るなよ。カラスに突かれたら終わりじゃねえか」
「今は夜中なので鳥は飛んでいません! この怪盗ヒジリちゃんが考えた策に隙はないのです!」
堂々とない胸を張って断言してくる聖。
うん……もう好きにさせておこう。最悪、コイツなら地面に落ちても、そのまま空に昇ってお星さまになっても誰も困らないだろう。
俺はあきらめの境地に至って、ぞんざいに手を振って聖を送り出す。
「よし、わかった。さっさと行け。もう帰ってこなくていいぞ」
「先輩が私にツッコムことをあきらめている気がしますが……私の辞書に『後退』の2文字はありません。行ってくるのです!」
「おおっ!?」
意外なことに……風船を手にした聖は空高く昇っていった。
背中の蝙蝠の羽が懸命にパタついて空気を掻いており、グングンと上昇する。
本来であれば風船を持ったくらいでそんなに浮力が上がらないだろうが……聖は魔力的な力で飛ぶと言っていた。
俺自身、魔法を使うときには十分に意識しているのだが、魔法において重要なのはイメージである。自分ができるというヴィジョンを頭の中に固めることが大事なのだ。
風船を手にしたことで「自分は飛べる!」というイメージが強くなり、こうして空を舞うに至ったのだろう…………たぶん。どうでもいいけど
「がんばれー。落ちるなよー」
俺は夜空に向かって飛んでいく後輩を見送り、やる気のない感じで手を振ったのである。
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