ぼくのなつやすみ……の直前デート⑨
気がつけば、洞窟の中にいた。
まるで鍾乳洞のような場所だ。道幅はそれなりに広く、5、6人が並んで歩けるほどのスペースがある。
明かりも差さない洞窟の中だというのに不思議と明るい。どうしてだろうと目を凝らすと、壁に貼りついたフジツボのような生き物が淡く発光していた。
「ここは……ひょっとして、ダンジョンなのか?」
クエストボードを確認してみるが……どうにもダンジョンとは異なるらしい。
ボード上に地図を表示させると、奥に伸びる道だけが描かれており、場所の名前も不明だった。
そして、左右にはこの場所に来る前に一緒だった2人の女性。ちょうど俺が両腕で抱き寄せるような形で密着していた。
「沙耶香さん……それに、磯谷さんも。無事でよかった……」
2人は気を失っているようだった。
念のために2人の心臓の鼓動を確認してみるが……うん、ちゃんと動いている。
何がとは言わないが……沙耶香はもちろん。磯谷もなかなかにボリューミーな感触をしていた。発育が良くてとても結構である。
「クソッ……あの渦に引きずり込まれたのか? ここはいったい何処なんだ!?」
俺はシリアスモードに切り替えて、つぶやく。
ちなみに両手はモミモミムニムニグニャグニャと指の体操中だったのだが……2人が目を覚ましそうな気配を感じたので泣く泣く手を離しておく。あくまでも2人を起こすための治療行為だったので邪気は欠片もないのだ。
手を離してすぐに沙耶香と磯谷が目を覚ました。
2人は困惑した様子でキョロキョロと左右を見回す。
「うっ……私は……?」
「あれ……ここはいったい……」
「ああ、目を覚ましたんですね。良かった、意識は大丈夫ですか? 痛い場所はないですか?」
「真砂君……強いて言うならば、妙に胸が痛いような気がするのだが。誰かに強く握られていたような感触が……」
「あれ、私も胸元に違和感が? 気のせいか、水族館の制服が乱れてますし……」
「たぶん渦に飲まれて溺れかけたせいだと思います! わかりますか? ここ、水中なんですよ?」
俺はキリッと真面目な顔をして話を変える。
先ほど気がついたのだが……どうやら、この洞窟は水の中にあるらしい。
周囲には小さな魚が泳いでいたり、気泡が漂っていたり、動くときに水を掻き分けるような違和感がある。
それなのに不思議と息苦しくない。ドラ〇もんの秘密道具であるテキ〇ー灯でも使ったように水中でも平気でいられた。
「どういうことなんでしょう……私達、夢でも見てるのでしょうか?」
一般人である磯谷が困惑した様子で首を傾げる。
無理もないだろう。
俺だって吸血鬼に襲われたり、神様的な魔人と戦ったり、アホの後輩の服を脱がして全身マッサージをしたりした経験がなければ、もっと混乱していたはずだ。
むしろ……取り乱して叫んだりしないあたり、磯谷の反応は冷静とさえ言えるだろう。
「おそらく……ここは『異界』だな」
眉尻を下げて難しそうな顔をして、沙耶香が口を開く。
「沙耶香さん? 何か知ってるんですか?」
「ああ……私達は『海』という異次元の世界に引きずり込まれたんだ。古来より……水の中、あるいは海というのは異世界の入口であるとされている。人間にとって海というのは未知の場所。まだ見ぬ世界への境界だ。竜宮城や綿津見、蓬莱、ニライカナイ、ある意味ではアトランティスなどもそういった伝説になるのかな? おそらく、私達が戦っている怪異は水族館という疑似的な海を利用して『異界』を生み出し、私達を閉じ込めたのだ」
「なるほど……うん、わからん!」
難しい話はわからない。
わからないが……要するに、敵の陣地に無理やり連れ込まれてしまったということで問題ないだろうか?
「あ、ひょっとして、行方不明になった人達もここにいるんじゃ……」
「その可能性が高い。異界に引き込まれてしまったのはミスだが、結果的には事件の解決に近づいたようだ。この異界を生み出している主を倒して、攫われた人間を救出すれば事件解決だ!」
沙耶香は力強く断言して、洞窟の奥に目を向けた。
洞窟は前後に伸びているが、後ろはすぐに壁がある。つまりは一方通行だった。
「ま……進むしかないですよね。毒を食らわば皿まで。胸を揉むならブラジャーまで」
「ところで……真砂君、君はやっぱり私達の胸を触ってたんじゃ……」
「よし! 出発!」
俺は先頭に立って歩き、女性2人を背中に庇って洞窟を進む。
沙耶香の疑うような視線を首筋あたりにヒシヒシと感じたが……あえて気がつかないふりをして、果敢に前進していったのである。
新作小説の連載を開始いたしました。
バトルメインのファンタジー小説になります。どうぞよろしくお願いします!
『毒の王』
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