16.五日目は教会でセーブを③
本日2話目になります。
どうぞご注意ください。
「えーと……神父さん、でいいんですよね?」
「神父ではなく牧師ですよ。学生さん」
「はあ?」
神父と牧師の違いが分からず、俺は曖昧に返事をした。
俺と男性……この教会の牧師さんは教会の長椅子に並んで座り、湯飲みに入ったお茶をすすっていた。
初対面の相手、それも名前も知らない相手に茶を勧められるのは初めての経験だ。
そもそも俺は人見知りの性質で、大勢の友人を作るよりも気の合う少人数とつるむことを好むタイプなのだから。
「そんなに緊張しなくても構いませんよ。私も貴方と同年代の娘がいまして、しつけの参考に同じ年頃の男の子の話を聞いてみたいだけですから」
「え? 高校生の娘さんがいるんですか!?」
牧師さんは見た目は三十代前半、見ようによっては二十代にも見えるような若々しい容姿をしている。
どう考えても高校生の娘がいるようには見えなかった。
「ははは、若作りだとはよく言われますよ。もっと貫禄が欲しいとは思っているんですけどね」
「はあ、それはそれは……」
俺はしげしげと瑞々しい牧師の肌を見つつ、手に持った湯飲みに口をつけた。
湯飲みにはほど良い温度の緑茶が入っており、少し渋めの味わいに俺は少しだけ表情をしかめた。
「どうかされましたかな?」
「いえ、別に」
俺は長椅子の上に置かれているお茶請けのお菓子に手を付けた。
銀紙に包まれた丸いチョコを口に放り込んで奥歯で噛み砕く。
甘いチョコレートと一緒に飲むと、渋めのお茶もちょうどよい味わいになった。
「けっこーなおてまえです」
「はい、どうも……ところで、お身体はなんともないですかな?」
「は? 身体?」
俺はチョコを食べながら渋茶を飲み干し、首を傾げた。
急になんの話をするのだろうか?
「いえ、随分と熱心にお祈りをされていたようですから、もしかしたらお身体をどこか悪くされているのかと思いまして……」
「いやあ、身体は健康そのものですよ。俺も家族も。教会へはちょっと自分を見つめなおしたくて来ただけです」
「ほほう、お若いのに感心なことですなあ」
牧師さんは俺が飲み干した湯飲みをお盆の上に乗せて、人好きのある笑顔を浮かべた。
俺はもう一つチョコを口に放り込んだ。
それから俺は高校生活のこと、家族のことや両親の仕事のことなど、当たりさわりのない話を牧師さんと交わした。
驚いたのは牧師さんの娘さんが通っているのが俺と同じ高校だということ。
そして、どう見ても日本人にしか見えない黒髪黒目の牧師さんがヨーロッパ出身の在留外国人だということか。
やがて日が傾き始める時間になり、俺は長椅子から立ち上がった。
「ふう、それじゃあ今日はこれで失礼します。お茶ごちそうさまでした」
「ええ、私も久しぶりに若い方と話ができて楽しかったですよ。またいつでもいらしてください」
最初こそ初対面の大人との会話に緊張させられたものの、さすがは神職者とでもいうべきだろうか。
牧師さんは非常に聞き上手で、時間を忘れておしゃべりに興じてしまった。
もうそろそろ妹も帰宅する時間だろう。
夕飯に間に合わないと、また真麻を不機嫌にさせてしまう。
(スキルを取りに来るだけのつもりだったんだけど、思わず長居しちゃったな。まあ結構楽しかったけど)
「日曜日にはチャペルもやっていますから是非いらしてください」
「はい、機会があれば必ず……おっと」
ドアノブをつかんで外に出ようとするが、それよりも先に扉のほうから開いた。
開いた扉の向こうにブレザーを着た女子が立っている。
「ただいま、パパ」
「ああ、お帰り……この子がさっき話した娘ですよ。名前は聖といいます」
「あ、どうも」
聖と呼ばれた少女は俺の学校の制服でもあるブレザーを身に着けており、背中には大きなカバンを背負っていた。
初対面の俺を相手に緊張しているのか表情は固く、おかっぱの髪を揺らしてジロリと鋭い視線を送ってくる。
「……あなた、誰?」
「あー、俺は月城真砂という。一応は君の学校の先輩になるのかな?」
俺は聖の肩の腕章、一年生を示している緑のラインを見ながらそう口にした。
聖は「ふーん」と疑わしそうに俺の顔を見て、ぐいっと頬になにかを押しつけてきた。
「ちょ、なにっ!?」
「……ただの確認。気にしない」
聖が押しつけたのは鈍い銀色のアクセサリー。十字架の形をしたネックレスだった。
「いやいや、気にするだろ! 俺は悪魔かよ!」
「黙って」
後輩の女子に十字架を顔に押し当てられるという稀有な状況に、俺は思わず声を上げた。
当然ながら俺は悪魔でも悪霊でもない。十字架を顔面に押しつけられたからといって火傷をしたりすることもなかった。
「ん、もういい。確認おわり。たぶん安全」
「……たぶんかよ。意味不明だが、わかってもらえてよかったよ」
「私の名前は聖。朱薔薇聖」
「しゅば……? ずいぶんと画数が多い名前だな」
なんの変化も起こさない俺の顔を満足げに見やり、今さらのように名乗りを上げる聖。
俺は何度も頷いている後輩の少女と父親の牧師さんを交互に見る。
牧師さんは困った表情になり、聖の頭をつかんで無理やり下げさせる。
「申し訳ない、うちの子はちょっと変わっていてね? どうか許して欲しい」
「いや、別にいいけど……ところで、なんで制服? 今ってゴールデンウィークだよな?」
「ん、吹奏楽部の練習。朝から」
聖は表情を変えることなくそう答える。
「そうか、休みの日まで大変だな。吹奏楽ってけっこう体育会系なんだよな」
俺は深夜アニメの知識を思い起こしながらつぶやいた。
ちなみに牧師さんはというと、無礼に対して謝罪もしない娘に苦々しい表情になっていたりする。
「この子は見ての通りですから学校でもちょっと浮いているみたいで……よければ仲良くしてあげてください」
「学年が違いますから会うことはないと思いますけど……まあ、見かけたら声をかけさせてもらいますよ」
「そうしてください」
「ん、また来てもいい。教会に寄付をするともっといい」
「聖!」
ちゃっかりとおねだりをしてくる聖。さすがに牧師さんも声を荒げた。
「ははっ……善処します」
考えても見れば、何時間も居座ってお茶とお菓子までごちそうになったのだ。
いくらか寄付を包むのが礼儀なのかもしれない。
教会がどのように経営しているのかはわからないが、神社だってお賽銭を払うのだ。さすがに手ぶらは図々しかっただろう。
(スキルを使ってお金を稼いだりとかできるようになったら、寄付とかさせてもらおうかな? 保証は全くないけど、出世払いということで)
俺は困った顔になっている牧師と、感情の薄い顔つきの聖に頭を下げて、今度こそ教会を後にした。
外は日が沈みかけており、夕焼けの赤が俺のことを包み込んだ。
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