集まれ、園芸委員会①
ゆるっと続編投稿です。
予告通り、真砂君の学園生活でのエピソードになります。
これは吸血鬼の『神』との戦いからしばらくしての出来事。
俺が通っている高校は40人のクラスが1学年につき10クラス。3学年でおよそ1200人の生徒が所属している。
わざわざ『およそ』と付けているのは、卒業前に何らかの理由で学校をやめる生徒、成績や出席日数の問題で卒業することなく留年や落第をする生徒がいるからである。
1000人以上もの人間が1つの学校に通っていれば、当然そこには複数の生徒が集まった組織や集団が生まれるものだ。
部活やクラブ、生徒会といった組織が特に生徒とかかわりが深いが……そんな組織の中には『委員会』と呼ばれているものがある。
美化委員会。風紀委員会。図書委員会。体育委員会。文化委員会。保険員会。放送委員会などなど。
多くの学校がそうであるように我が高校にも様々な委員会が所属しており、生徒達はそのいずれかに参加して、委員会ごとの職務を遂行することを義務付けられている。
もちろん、ちょっと特殊な事情を持っているものの、学園においては1人の生徒でしかない俺――月城真砂もまた例外ではない。
俺は入学と同時に『園芸委員会』に参加しており、2年生になった今もそこで活動をしている。
どうして園芸委員会なのかというと……シンプルにクジ引きでそう決まっただけだった。
園芸委員会は文字通りに花の手入れをする委員会である。
毎日交代で校庭の花壇に植えられた花に水やりをしており、俺も週に一度は早起きをして早めに学校に行っていた。
さらに季節ごとに花を植え替えたり、活動費から花の種や苗を購入していたりするのだが……それ以外にも、月に一度、月初めの第1金曜日の放課後に定例報告会が開かれていたりする。
『報告会』などと言うと大げさに聞こえそうだが、園芸委員だけあって話す内容は花壇や花のことばかり。「来月はどの花を植えるか」とか「肥料を違うメーカーのものに変えてみようか」とかそんな内容である。
これから語るのは、そんな園芸委員会のとある月の定例報告会の出来事である。
○ ○ ○
「何でこんなに出席者が少ないのよおおおおおおおおおおおっ!!」
放課後の教室に女性の声が響き渡った。
突然、怒れる魂の叫びを放ったのは栗毛の髪をサイドテールにした女子生徒である。
彼女の名前は桃園華。
俺が通っている学園の3年生であり、園芸委員の委員長をしている女子生徒だ。
今日は月に一度の定例報告会。
各クラスの園芸委員が放課後の空き教室に集められており、話し合いの場が開かれていた。
「委員長……急に大声を出さないで下さいよ。ビックリするじゃないですか」
俺は耳を押さえながら、教壇に立って叫ぶ桃園に苦言を呈した。
しかし……桃園はこちらをキッと睨みつけて、ビシリと指を突きつけてくる。
「これが声を出さずにいられるわけないでしょう!? 2年5組園芸委員!」
「いや、名前で呼んでくださいよ。フルネームより長くなってるんですけど」
「そんなことはどうでもいいわよ! それよりも、どうして私がこんなに怒っているかわか言ってみなさい! 2年5組園芸委員!」
「…………」
聞く耳持たずである。
俺は机に座ったままだめ息をつき、教室の中を見回した。
「ほとんどの園芸委員が定例報告会に来てないからですよね?」
放課後の空き教室には俺と桃園を含めて、5人ほどしか生徒の姿がなかった。
委員会は各クラスから1名ずつ委員が選ばれているため、本来であれば30人はいなくてはおかしいのだが。
「そのとおりよ! 今月の定例報告会に参加しているのは30人中たったの5人! 出席率たったの16.6パーセントじゃないの! 2割弱しか集まっていないってどういうことなのよ!? みんな、園芸委員を舐めてるの!?」
桃園は荒ぶる感情のままにダンダンと教壇を叩きまくる。
どれだけ腹を立てているのか、その目じりからは涙まで流れていた。
「いや……しょうがないんじゃないっすか? しょせんは委員会だし……」
控えめに挙手して意見を述べたのは俺ではなく、隣のクラスの園芸委員である。
「3年生は受験勉強が忙しいだろうし、放課後は部活があるやつだっていますよねえ。花の水やり当番さえ守ってればいいんじゃないすか? 正直、俺もさっさとサッカー部に行きたいんすけど……」
「……面白いことを言うわね。2年6組園芸委員」
「いや、藤本っす」
「ちょっと立って教壇の上まで上がりなさい。2年6組園芸委員」
「はあ?」
同学年の園芸委員――藤本が不思議そうな顔で教壇まで上がる。
藤本が1段高いところにある教壇に登るや……桃園がその背中に回りこむ。
「フンッ!」
「うおおおおおおおおおおおっ!?」
桃園が背後から藤本の腰に抱きつき、思い切り背中を反り返らせた。
どちらかといえば小柄な体格の桃園が男子である藤本を持ち上げ、そのままブリッジして教壇の床に叩きつける。
ジャーマンスープレックス。プロレスにおける定番の必殺技だった。
「ぐっ……ふ……」
頭部と背中を強打した藤本がうめき声を上げながら失神する。
眼を回している藤本を床に転がして、園芸委員長にして女子レスリング全国大会出場選手──桃園が勝ち誇ったようにその胴体を踏みつけた。
「私が女に生まれたことを感謝することね! 男だったら殺していたわよ!」
「うっわ……スカートでジャーマンやったよ……」
技を決めた瞬間にスカートがめくれ上がって花柄のパンツが丸見えになっていたが……ビックリするほど嬉しくなかった。
こんなにも色気のないパンチラを見たのは生まれて初めてである。
「……藤本くーん、生きてるかー?」
駆け寄って確認してみると、藤本はぐったりと力なく横たわっているが……あ、ピクピクと痙攣している。
とりあえず、生きてはいるようだ。一応、気づかれないように治癒魔法をかけて手当てをしておこう。
「まったく……ウチの委員長はおっかないなあ」
園芸委員会に入る女子生徒とか大人しくて花を愛していそうなイメージがあるが……桃園は明らかに、トゲとか毒があるほうの花だ。
わりと可愛らしい容姿だから見ているぶんには眼福なのだが、あまり近づきたくないタイプである。
定例報告会への出席率が悪いのも、委員長である桃園がアグレッシブ過ぎることが原因なのかもしれない。
実際、園芸委員会の定例報告会の参加者……1年生女子2人がドン引きした様子で顔を引きつらせていた。
「こうなったら、強制的にでもメンバーを招集しなくてはいけないわね! 来週、改めて報告会を開きなおすわよ!」
倒れて痙攣している藤本をよそに、花園は胸の前で拳を握りしめて宣言する。
「受験生である3年生はともかくとして、来週の報告会は2年生と1年生は全員参加! それぞれ、自分の学年の園芸委員に声をかけて、絶対に連れてくること! いいわね!?」
桃園は一方的に言い切って、藤本を除く3人をギロリと睨みつける。
可哀そうに、2人の1年生は涙目になってブンブンと首を縦に振っている。
「2年5組園芸委員! 貴方もいいわね、2年生の園芸委員を全員連れてくるのよ!」
「…………ういっす」
おっかないレスリング系女子に、俺はヒラヒラと手を振った。
瞬間、俺の脳裏にピコンと電子音が鳴り響く。それは俺が神様から与えられた謎の力――『クエストボード』が発動した合図である。
――――――――――――――――――――
緊急クエスト NEW!
『園芸委員を結集せよ!』
園芸委員会の定例報告会にちっともメンバーが集まらない。
このままでは委員長である桃園が悪堕ちして、学園にある花壇をトリカブトでいっぱいにしてしまう。
無事に定例報告会を開催して、学園が毒花に埋め尽くされるのを阻止せよ!
制限時間:1週間
報酬:奇妙な花の種
――――――――――――――――――――
「どんだけええええええええええええっ!?」
え、嘘っ!?
委員会のメンバーが集まらないだけで、この委員長は学校を毒の花で埋め尽くしちゃうの!? どんだけ短気なの!? どんだけアグレッシブなの!?
園芸委員だけど全然花に詳しくないから知らないけど、トリカブトってそんなに簡単に手に入っちゃうものなのか!?
「やっべえ……思わぬところで学園の危機だよ。絶対に委員会のメンバーを結集させなくちゃいけないヤツじゃん」
桃園をぶっ飛ばしたほうが話が早い気もするのだが……まあ、現時点では悪いことをしていないもんな、この人。無断欠席している奴らのほうが悪いもんな。
かくして、俺は園芸委員会のメンバーを集めるべく奔走することになったのであった。
一度は『神』から世界を救った俺の、情けなさ爆発の新・ミッションである。




