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藤林春歌の異変


「あ……」


 ピシリと小さな音が鳴り、握っていた鉛筆が折れてしまった。

 それほど力を入れたわけではなかったのに。使い始めたばかりの鉛筆は真ん中ほどで折れている。


「あーあ、折れちゃった。やっぱり鉛筆はダメね」


 私――藤林春歌はポツリとつぶやく。

 あと少しで夏休みも終わり。宿題はとっくに終わっているため、机に向かって受験勉強に励んでいる最中だった。

 家で勉強するときはいつも鉛筆を使っている。それは私の小さなこだわりだった。

 シャープペンシルを使った方が楽なことはわかっている。綺麗に書けることだって、もちろん。実際、学校で板書をとるときにはシャープペンシルを使っていた。

 ただ……鉛筆をカッターナイフで削って尖らせるという行為が私の中ではルーティンになっており、鉛筆を使っていると不思議と勉強が捗るのだ。


「……縁起でもないわね。悪いことでも起こらないといいけど」


 折れた鉛筆を置き、新しい鉛筆を引き出しから取り出す。

 新品の鉛筆をカッターナイフで削っていく。勉強の前の儀式。いつものルーティンであったが……不思議と今日はいつものように集中することができなかった。

 その原因は……今年になってから親しくなったある男子である。


「……月城君、今何をしているのかしら?」


 月城真砂。

 クラスメイトの1人でしかなかったその少年と親しくなったのは、今年の5月からである。

 友人が事故に遭った際に助けてもらい、それがきっかけで話をするようになった。

 一緒に遊びに行き……悪そうな人たちに絡まれたところを、また助けてもらった。


 いつしか、彼は私の生活になくてはならない人になっており……最近では四六時中、彼のことばかり考えている。


「恋煩いなんて、私には無縁だと思っていたのに……」


 子供の頃から、時間があれば勉強ばかりしていた。

 きっかけは小学生の頃、テストで良い点を取って母から誉められたことだったか。

 仕事ばかりであまり構ってくれなかった母が喜んでくれたことが嬉しくて、それから勉強ばかりする子供になっていた。

 幼馴染の早苗がいなければ、休日は1歩も外に出ることがなかったかもしれない。


 そんな自分が、今まさに1人の男子に夢中になっている。

 それも……幼馴染みで親友の早苗と、その男子を取り合うという大恋愛をしているのだ。

 本当に、人生というのはわからないものである。


「……月城君、急にMINEしても怒らないわよね? ちょっと連絡してみようかしら?」


 私はスマホを手に取って……同時にピコンと電子音が鳴った。

 どうやら、誰かからメッセージが届いたらしい。ひょっとしたら頭に思い浮かべていた男子ではないかと慌ててスマホを操作すると……幼馴染みの親友の名前が表示されていた。


「早苗……どうかしたのかしら?」


 私がMINEのアプリを起動させると……そこには奇妙なメッセージが記載されていた。


『かぞくがおかしい』


『はるかはだいじょうぶ』


「…………?」


 文字を変換する手間すら惜しんだ文章からは、早苗の焦燥が伝わってくる。

 何かあったのだろうか。そう思って電話をかけようとすると、部屋の扉が開いた。


「っ……!」


 ビクリと肩を跳ねさせる私だったが……そこに立っていたのは見慣れた母親の姿だった。


「お母さん……驚かせないでよ」


「…………」


 ノックもせずに部屋に入ってきた母親に抗議をするも……母は無言。その顔は真顔になっており、表情に感情が全く宿っていない。


「お母さん?」


「いくわよ。はやくたちなさい」


 母が平坦な声で言う。

 棒読みの声は、まるで人形が口をきいたかのような違和感があった。


「い、行くってどこに? こんな時間に出かけるの?」


「いくわよ。はやくたちなさい」


「お母さん……?」


「いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ」


「え、ええっ!?」


「いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわよ。いくわ……」


「お母さん! どうしたの!? 大丈夫ッ!?」


 壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す母は、いつまで経っても立とうとしない私に痺れを切らしたのだろうか。私の腕を掴んで無理やりに立たせる。


「痛い! お母さん、どうしたの!?」


「いくわよ」


 母が私を強引に玄関に引きずっていく。

 慌てて靴を履く私に対して、母は裸足のままで外に引っ張っていこうとする。


 家の外に出ると、近所にある家から住人が出てきていた。

 ご近所さんはみんな人形のように無表情になっていて、どこかに向かって歩いていく。

 母に引きずられるようにして、私もその列に加わってしまう。


「何、何が起こっているの!? みんな、どうしちゃったの!?」


 訳の分からないまま、私はどこかに連れていかれてしまう。

 途中で気がついたのだが……私達が歩いている道は高校の通学路。私が通っている学校につながっている道だった。

 学校が近づくにつれて、周囲にいる人間の数はどんどん増えていく。まるで町中の人間が高校に向かっているようだ。

 道路には車が走っていない。乗り捨てられた車があちこちに停まっており、車内には誰の姿もなかった。


「学校に……いったい、何が起こっているの?」


 学校に到着すると、その校庭には大勢の人間が密集していた。

 その中にはクラスメイトなどの知っている顔もあったが……一様に表情が消えて人形のような顔になっている。

 学園につくと母親が手を放して解放してくれたが、人の壁が邪魔になって逃げられそうもない。

 明らかな異常事態に、私の心臓が早鐘のように鼓動を刻む。


「春歌!」


「早苗……早苗だよね!?」


 ここに来て、初めてまともな人間と出会うことができた。少し離れた場所に幼馴染みの桜井早苗がいたのである。

 早苗は人込みを割ってこちらに駆け寄ってきて、私に抱き着いてくる。


「春歌……無事でよかったよお!」


「早苗……何が起こっているの? 私達は何に巻き込まれているの?」


「わかんない……わかんないけど……みんなおかしくなってる!」


 早苗が涙を流して抱擁を強める。

 周囲にいる人間でまともなのは私と早苗だけ。みんな、いったいどうなってしまったのだろう。


「…………あれ?」


 そこでふと記憶に引っかかるものがあった。いつだっただろうか。同じように奇妙な体験をしたような気がする。

 モヤがかかっているように朧げな記憶の舞台も、この学校だったような気がする。

 早苗がいて、私がいて、もう1人いたのは……


「月城君……」


「真砂君にも連絡したけど、全然つながらないの! 無事だといいんだけど……!」


「…………」


 あの時も一緒に月城真砂がいた。

 正体不明の怪物から自分達を助けるために、戦ってくれたような気がする。


 はたして、これは現実にあった出来事だろうか。

 それとも……夢で見たことを現実と混同しているのだろうか?


「ねえ、早苗。私達って前にもこんなことが……」


「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 早苗に訊ねようとするが……突如として鳴り響いた大音声にかき消される。

 周囲にいる無数の人間が一斉に、喝采のような声を放ったのだ。


「ええっ!? なに、何が起こっているの!?」


「早苗……上を見て!」


 周囲にいる人間の目を追っていくと……空に1人の少女が立っていた。

 小柄で白い髪をおかっぱにした少女の顔には、どこかであったような見覚えがある。

 服装は学校の制服。ブレザーについている校章の色から、下級生であることがわかった。


「~~~~~~~~~~」


 少女が何事かをつぶやいた。

 すると……急に私の意識は遠くなり、視界が暗転していく。

 抱き着いてくる早苗の身体からも力が抜け落ちており、自分と同じ状態になっている。


 薄れゆく意識の中で最後に見たのは……空を覆っている真っ赤な『何か』であった。



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