126.夏の終わり、世界の終わり⑱
「さぞや驚いたことでしょうね、先輩? まさか可愛い後輩がラスボスであるとは思わなかったでしょう?」
「……お前を可愛いと思ったことなんてないよ。顔以外はな」
得意げに言ってくる『神』に、俺は負け惜しみのような声をぶつける。
その口調、言いぶりはまさにアホの後輩そのものだったが……そんなわけがないのだ。
目の前にいるのは聖ではない。
両面宿儺をはじめとした多くの神格的存在と戦ってきた俺だからわかる。
これは『神』だ。これまで戦ったどの敵よりも強力な、超弩級の邪神に違いない。
「御帰還、心よりお喜び申し上げます。我が主よ」
牧師がその場に跪き、かつて自分の娘だった存在に語りかける。
聖は金色の虹彩を牧師に向けて、小さな胸を張って口を開く。
「忠道大義です。よくぞ我を呼び戻しました。娘すらも贄とするその在り方に心より称賛を与えます」
「勿体ない言葉です。我が主」
「ですが……少し足りませんね。我は目覚めのモーニングティーを要求します」
「……承知いたしました。どうぞ、ご堪能下さいませ」
牧師は頷き……迷うことなく、赤い剣を己の首に突き入れた。
『同族殺し』――吸血鬼を確実に殺害する力が込められた剣が、牧師の急所を容赦なくえぐる。
「なっ……!?」
「はい、いただきます」
喉の傷口から滂沱の血液が流れ出て、まるで生き物のように動いて『神』の口へと吸い込まれていく。
牧師は限界まで絞った雑巾のように水分を失っていき、最終的にミイラのようにカサカサになって砕け散った。
灰になって消えていく牧師であったが……対する『神』は血を飲み干して上品に唇をぬぐう。
「ふう、美味ですの」
「聖……お前はまさか……」
「『聖』ではありませんよ、先輩」
父親を喰らった『神』は嫣然とした微笑みをこちらに向けてきた。
「我は『神』です。名前はありますけど、この世界の言語では表現できません。そうですね……我のことは『ブラック聖』とでも呼んでください」
「……呼ばないよ。何だその化け猫化した委員長みたいな呼称は」
ブラックというか、髪の毛も白くなってるし。
そのあたりもライトノベル原作の人気アニメに登場する化け猫委員長っぽい。
「胸のサイズを上げて出直してきやがれ。というか……聖の身体を返せ!」
「これは『我』の身体ですよ。我にこそふさわしい肉体です」
ブラック聖……じゃなくて『神』は両腕を広げて、謳うような口調で言葉を紡ぐ。
「我が眷族である『吸血鬼』とこの世界の所有者である『人間』……その2つの種族の血が混じり合ったこの肉体こそ、我が住まうべき新たな器にふさわしい! 世界の新たな支配者の姿はかくあるべきだと思いませんか?」
「思いません。消えてください」
答えたのは俺ではなく、様子を窺っていた立花だった。立花は迷うことなく『神』の額に銃口を向けて引き金を引く。
「聖っ!?」
「っ……!」
俺と沙耶香がそろって息を呑む。
しかし……放たれた弾丸は『神』の額の数センチ手前で停止する。
「……我は先輩と話しているのですよ? 何を邪魔しているのですか矮小な人間ごときが」
「……外様の神はこの国に必要ありません。どうか消えて」
「消えるのは貴方です」
『神』がパチリと指を弾くと、風船が破裂するように立花の身体が爆発する。
あっけない。そう……あまりにもあっけなく、『結社』所属のエージェントであるその男は消し飛ばされてしまった。
「た、立花さん……?」
沙耶香が呆然とつぶやく。
そこにいたはずの人間が指パッチンだけで破裂したのだ。現実を受け入れられなくて当然の反応である。
「おいおい、マジかよ……」
現実逃避したいのは俺も同じだった。
聖が『神』になり、牧師が死に、立花まで粉々に吹き飛んだ。
こちらの戦力として残っているのは俺と沙耶香だけである。
「勝てるかな……勝てないだろうなあ……」
力の差を感じた戦いは過去にもあった。
両面宿儺などは明らかに格上の敵であり、沙耶香の援護がなければ殺されていたことだろう。
だが……目の前にいる『神』はその時以上の力の差を感じる。
戦えば負ける。それ以前に、戦いにならない。
目の前の『神』がその気になれば、ロウソクの火を吹き消すように俺達の命も消されてしまう。それが肌でわかってしまうのだ。
「どうやら、彼我の力量差を理解してくれたようですね。言っておきますけど、承〇郎さんが急に時間を止められるようになったような奇跡は起こりませんよ? 我はDI〇よりも吉良吉〇よりもブッ〇神父よりも遥かに強いですから」
「聖の顔で聖みたいなことを言わないで欲しいね…………殺したくなる」
「殺せるものならいつでもどうぞ。ですが……その前に我の話を聞いてくれませんか?」
『神』がニッコリと笑顔で言ってくる。
こちらの警戒心を解こうとしているのかもしれないが……それはライオンや虎が猫なで声を出しているようにしか見えなかった。ハッキリ言って信用できない。
「月城先輩、我は貴方のことをとても評価しているのですよ。この身体の、聖の記憶を見せていただきましたけど……卓越した身体能力。多種多様な魔法を使いこなす応用力。それに女の子のために命を懸けられる高潔さも素晴らしいです。貴方は我が創造する新世界の住人にふさわしい」
「……つまり、何が言いたい?」
「我の眷族になれと言っているのです。人間をやめて不老不死となり、新たな吸血鬼の始祖として生きなさい。光栄なことだとは思いませんか? 新世界の最初の男……我が生み出す新たな人類のアダムになれるのですから」
「……笑えない冗談だ。勘弁してくれ」
顔をしかめて首を振るが……『神』はなおも言い募る。
「いいじゃないですか。これからこの世界に生まれてくる全ての吸血鬼の始祖になれるのですよ? この地上を貴方の子と孫で埋め尽くすのです。男としてこんなに幸福なことはないではありませんか」
『神』はチラリと隣にいる沙耶香に目を向けた。
「っ……!」
恐怖からビクリと肩を震わせた沙耶香に、『神』は唇を三日月のように吊り上げる。
「沙耶香さんも先輩の女にしていいですよ? アダムとイヴはセットですけど……奥さんが1人だなんてケチなことは言いません。何十人でも何百人でも娶って、吸血鬼の子供を産ませてください」
「…………」
「先輩、女の子が大好きじゃないですか? この世の全ての女は先輩の子を産むための苗床であり、そして先輩に血を捧げるための家畜になるのですよ。嬉しいでしょう。嬉しいと言ってください。史上最大のハーレムエンドじゃないですか。最高だって先輩も……」
「『神聖属性攻撃』!」
『神』が言葉を言い終えるよりも先にミスリルの剣で斬りつけた。
両面宿儺をはじめとした神格存在に有効な属性が付与された一撃が『神』に叩きつけられる。
「…………ああ、それが返答ですか。残念です」
全ての力を込めた渾身の一撃であったが……『神』はそれを片手でガードする。
剣を受け止めた右腕から一筋の血が流れるも、ダメージと呼ぶには程遠いかすり傷だった。
「残念です。とても残念です。先輩はこれまで産んできた中でも最強の眷族になると思ったのに」
「……悪いけど、俺はわりとフェミニストなんだ。女の子の彼氏や恋人にはなっても、主人に成るつもりはない。ご主人様になるのはメイド喫茶だけで十分だ!」
「メイド喫茶は恥ずかしくて入れないタイプでしょう? このヘタレ」
「やかましいっ!」
剣を『神』の腕に叩きつけたまま力で圧し切ろうとするが……剣はピッタリと接着されたように動かない。
「パワーが弱いですよ。ピッチャーフライを取るみたいに簡単に受け止められました」
「ぐっ……!?」
『神』が軽く手を払いのけると……まるでガラス細工のようにミスリルの剣が粉々に砕け散った。
そのまま衝撃で吹き飛ばされるも、沙耶香が受け止めてくれる。
「大丈夫か、真砂君!」
「あーあ……ダメだこりゃ。勝てる気がしない」
沙耶香の柔らかな胸に顔を埋めながら、うんざりとつぶやく。
1%も勝ち目が見えない。
どんなアイテムを使っても、どんなスキルを使っても……目の前の『神』を打ち倒す手段がまるで思い浮かばない。
ここまで力の差を思い知らされたのは初めての経験だ。
「それでは勿体ないですが……先輩にはここで消えてもらいます。良き思い出となって散ってください」
『神』の手の平から紫色の閃光が放たれた。
紫の光は妖しく不気味で……まるで『死』そのものを具現化しているようである。
「沙耶香さん!」
「なっ……!」
俺は渾身の力を振り絞り、密着している沙耶香の身体を投げ飛ばした。
驚愕に目を見開いた沙耶香は建物の窓を突き破り、そのまま外まで飛んでいく。
「『シールド』!」
「無駄無駄無駄無駄……そんなものでは防げません」
無属性魔法による障壁を出現させるが……一瞬で砕け散り、紫の光が俺の身体を呑みこんだ。
「っ……!」
「永遠の安心感を与えてやります…………さようなら、先輩」
その言葉を最後に、俺の意識は闇の中へと放り込まれた。
あらゆる感覚が消失する。手も足も動かない。そもそも、手足なんて存在しないのかもしれない。
目が見えない。耳が聞こえない。何も感じない。
紛れもなく、避けようもなく、誤魔化しの余地すらもなく…………俺は、月城真砂は死んでしまったのである。
―GAME OVER―
CONTINUE?
▽ YES
▼ NO
これにて完結!
真砂君の来世にご期待ください!
……はい、冗談です。
最終章後半――『そして伝説へ!!!』に続きます。
どうぞご期待ください!




