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122.夏の終わり、世界の終わり⑭

前回のあらすじ

 アホの後輩の胸は断崖絶壁


「あらかじめ言っておきますが、この建物に潜んでいる吸血鬼は人間に化けているはずです」


 建物に入るにあたり、立花がそんな説明をしてきた。


「吸血鬼は1匹だけのはずですが……他の人間も吸血鬼に操られて操り人形になっているはずなので、油断しないようにしてください」


「誰が吸血鬼なのか見分ける方法はないのか?」


「時間をかければ可能ですが……そんな暇はないでしょう。最悪の場合、人間も殺して構いません。事故として処理しますので」


「…………」


 肩をすくめる立花に、俺は思わず顔をしかめた。

 クエストボードを手に入れてから様々な敵と戦ってきたが……人殺しはしたことがない。もちろん、するつもりもない。

 どうにかして吸血鬼だけを倒したいところだが……はたして、戦いの中でうまいこと敵を見分けることができるだろうか?


「では、入りますよ」


「あ……」


 俺が覚悟を決めるよりも先に立花が突入を宣言した。

 否応なしに、建物に入ることになってしまう。


 吸血鬼のアジトらしき建物に足を踏み入れると、そこは事務所のオフィスのような内装になっていた。

 デスクと接客用のテーブルが置かれた部屋には数人の男がいて、インターフォンも鳴らさずに入ってきた俺達を見て目を吊り上げる。


「おいおい! 何だあ、テメエらは!?」


「勝手に入ってきてんじゃねえぞお! コラアッ!」


 人相の悪いチンピラ風の男達がイキリ立って恫喝してきた。

 表には『金融会社』などと看板が出ていたが、やはりそれは表向きだけだったらしい。建物の中にいたのは絵に描いたような裏社会の人達である。


「不法侵入だぞ、テメエらあッ!?」


「学生もいるじゃねえか! 遅くなる前に家に帰りやがれコラアッ!」


「親が心配するだろうが! こんな時間に子供を連れ回してんじゃねえぞ、この野郎め!」


「あれえ、意外とモラリストなんだけど!?」


 乱暴な口調ながらも言っていることはとても常識的である。

 吸血鬼に操られているとか聞いていたが……この人達、実はいい人なんじゃないだろうか。勝手に入ってきたこっちが悪いような気がしてきた。


「油断しないでください。彼らの中に吸血鬼がいます。他の人間も操られた傀儡ですよ」


 立花が眼鏡の中縁を指で押し上げ、キラリとレンズを光らせた。

 俺と立花、牧師さんに続いて、沙耶香と聖が建物に入ってくる。ちなみに、小野は外の車で待機していた。


「ああ!? 女もいるじゃねえか!」


「おいおい、大した上玉じゃねえかよ!」


 突如として現れた美女と美少女の姿を見て、男達が目の色を変えた。

 悪人面をニタリと醜悪な笑みで歪め、舌なめずりをしてこちらに近づいてくる。


「高校生……いや、そっちの小さいのは中学生かよ。夜遊びとはいけねえなあ! 説教してやろうかあ?」


「ガキが出歩く時間じゃねえだろうが! 親に連絡するぞ、ウラアッ!」


「車で送って……いや、タクシー呼んでやるぞガキが! それなら怖くねえだろうが、この野郎!」


「やっぱり良い人だよ! この人達、絶対良い人だ!」


 沙耶香と聖というとんでもないレベルの美少女を前にして、何という気遣いだ。

 車で送ろうとすればかえって彼女達を怖がらせてしまうかと思い、タクシーを呼ぶ配慮も素晴らしい!


「ヤバい……なんか、すごい和んできたんだけど。俺達、この人達と戦いにきたんだよね?」


 これが吸血鬼の罠だとすれば効果覿面だ。

 もはや、この親切なチンピラさんを敵とは思えなくなっている。


「先輩、邪魔です!」


「あっ!?」


 そんな俺をよそに、後ろにいた聖が前に飛び出してきてチンピラさんの1人を蹴り飛ばした。


「フンッ!」


「ぎゃっ!?」


 股間を蹴り飛ばされたチンピラさんがその場にうずくまって倒れる。

 ものすごい痛そうだ。無関係な俺までヒュンッてしたんだけど。


「おまっ……なんてムゴイことを……!」


「先輩、戦場では甘いことを言っている人から死ぬのですよ? 気合を入れてください」


「何しやがるテメぶはあっ!?」


「ヤアッ!」


 聖は次々とチンピラさんに襲いかかり、殴って蹴って床に沈めていく。

 しかも、何故か股間を重点的に狙っている。


「うわ……」


「…………」


 その容赦のない戦いぶりに、先ほどまで嫌味を吐いていた立花までもが言葉を失っていた。

 沙耶香も1歩後ろに引いて、惨劇からさりげなく目を背ける。


「く、クソ! ふざけやがって、このガキが!」


「討ち入りだ! 応援を呼んで……ぶぎゃッ!?」


「ふはははははははっ! 吹奏楽で鍛えた足腰を見るのです! 1人残らず蹴り潰してやるのです!」


「チッ……おい、お前らも出て来い! このガキを潰せ!」


 オフィスの奥からチンピラさんの仲間が出てくるが、聖は次々と強面の男達をぶちのめしていく。

 今さらではあるが……聖ってばこんなに強かったのか?

 これまで格好悪いところばかり目にしてきたが、人間相手であれば無双できる程度の力を持っているのか。


「っていうか……弱い奴らには容赦ないな。ただのギャグエロ要員かと思ったら、ちゃんと戦力になるのかよ」


「あの子……ああ見えても吸血鬼とのハーフだから。常人の数倍程度の身体能力は持っているんだ」


 後ろから沙耶香が補足説明してくる。

 沙耶香の顔も引きつっており、後輩の雄姿に慄いているようだ。


「あ……コイツです! コイツが吸血鬼です!」


「へ……?」


 そうこうしていると、チンピラさんの股間を蹴っていた聖が急に叫んだ。

 男性の急所を蹴り潰した直後に何を言っているのかと思えば、股間を蹴られたチンピラさんが顔面を歪めて大きく跳び退いた。


「よくぞ正体を見破りましたね……! 人間の汚れた血に染まったダムピールふぜいが!」


「え、本当に吸血鬼だったのか!?」


 スーツ姿のチンピラさんの口から放たれたのは明らかに女性の声である。

 本当に人間に化けていたのか……。しかも、女性の吸血鬼であるとは思わなかった。


「ふっふっふ……! 私は父から貴方が女であると聞いたのです! だから金的攻撃で男女を見極めていたのですよ!」


 聖が人差し指を突きつけ、堂々と言い放つ。

 てっきりギャグというか、コメディ的な理由で股間ばかりを狙っていると思っていたが……ちゃんと正当な理由で金的を攻撃していたらしい。


「……どうやら、俺は聖のことを誤解していたらしい。ただのアホじゃなかったのか」


「……安心してくれ、真砂君。私もふざけているものだとばかり思っていた」


 巫女姿の沙耶香が口を『へ』の字に曲げて同意してくれた。


 うん、やっぱりふざけているんだと思うよね。

 シリアスな場面で敵の股間を集中攻撃するとか、魔王を相手に『パフパフ』で戦いを挑むようなものだもの。


「ふざけてるわけありません、先輩」


「……ああ、悪かったよ」


「私が金玉を狙っているのは先輩だけです。安心してください」


「安心できるか!」


 そして、女の子が『金玉』とか言わないでもらいたい。

 女子が話す下ネタって、年頃の男子は本気で引いちゃうんだよ!


「ところで……先輩。睾丸といえばネット通販のアマ〇ンではヤギの睾丸が売ってたりするんですよ? 沖縄ではお刺身で食べたりするとか」


「その話は今しなくちゃいけないかな? ラスボスが目の前にいるんだけど?」


 確かに……アマ〇ンの品ぞろえには恐怖すら感じさせられるけれど。

 どうして、食用のタランチュラとかワニ肉とかが普通に売っているのだろう。どこで仕入れているのだろう。


「……そろそろ攻撃しても構わないかしら? 流石にほったらかしは傷つくのだけど?」


 チンピラさんの格好をした吸血鬼が、アンバランスな女性の声で言う。


 会話している間に攻撃してこないあたり、そんなに悪い人でもないような気もするが……ともあれ、ラスボスっぽい敵との戦いが始まったのであった。


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