121.夏の終わり、世界の終わり⑬
前回のあらすじ
巫女服の胸は四次元ポケット
「……ここが吸血鬼の隠れ家ですか? 金融会社とか看板が出てますけど?」
「結社が調べた情報によると、ここはいわゆる闇金と呼ばれる会社のようだな。暴力団まがいの集団が借りている事務所らしい。対象の吸血鬼はこの金融会社に勤めている従業員を全員傀儡にして、会社そのものを乗っ取っているとのことだ。元々が暴力に長けた人間ばかりなので、兵隊として操るには都合がよかったんだろう」
「なるほどね……そういうことですか。街の真ん中に隠れているとは思ってなかったから盲点でしたよ」
ビルの前には2組の男女が立っていた。
一方は黒いスーツを着た若い男女。期末試験の事件で会った結社のエージェントで、名前は確か立花と小野といっただろうか。
そして、もう一方は……
「……うわ、出たよ」
「またお会いしましたね。先輩」
もう一方は、この町で暮らしている吸血鬼の親子。
我らがアホの後輩である朱薔薇聖と、父親の牧師さんである。
吹奏楽部の夏合宿以来、顔を合わせていなかったが……まさかこんな場所でコイツと会うことになるとは思わなかった。
これまで順調に進んでいたというのに、足場が急に不安定になってしまったような気がする。
「えーと……結社のお二人がいるのはわかるんですけど、なんで聖と牧師さんがいるんですか?」
「仕方がありません。こちらも人手が足りませんので」
牧師さんに説明を求めたつもりなのだが、返答したのは黒スーツを着たメガネの男――立花である。
立花は糸のように細い瞳でチラリと牧師さんを一瞥し、嘲るように唇を歪めた。
「私だって、裏切り者の血吸い蝙蝠の力など借りたくはないんですけどね。しかし……人類の滅亡がかかっていますから。手段を選んではいられませんよ」
「やれやれ……これは手厳しいことを。心配せずとも、同胞退治には全面的に協力いたしますよ」
挑発のような嫌味を吐きつける立花に対して、牧師さんは困ったような笑みを浮かべていた。
結構ヒドイことを言っていた気がするのだが、曖昧に笑うだけで怒り出さないあたり大人の対応である。
「父のことを馬鹿にしないでください! 誰が蝙蝠ですか!?」
一方、我慢できずに怒りだしたのは牧師さんの娘である聖だった。
父親に対する侮辱に「ムキーッ!」と両手を振り上げ、立花に掴みかかろうとする。
「おいおい、やめとけよ!」
敵陣のド前でケンカをしている場合じゃないだろうが。
俺は咄嗟に聖の後ろに回り込み、両手で細い身体を羽交い絞めにした。
「暴れるな! 気持ちはわかるけど、とりあえず落ち着け!」
「放してください、先輩! 私は自分への侮辱は許せます。アバ〇キオにおしっこ入りの紅茶を飲ませられたとしても、マフィアになるためになら許せるんです! だけど……敬愛する父への侮辱は許せません! その男の輪切りにして額縁に入れて郵便で送りつけてやりますから!」
「いやいやいや! お前はマフィアになる必要はないし、ボスを裏切ろうとしている暗殺チームに見せしめをする必要もないからな!? 今日は第5部の気分だってことはわかったから落ち着いとけ!?」
この状況下でジョジョネタをぶちこんでくるあたり、流石はアホの後輩である。
輪切り額縁はコミックスで読んでトラウマになってるのだ。絶対に阻止しなくてはなるまい。
「聖、彼の言う通りだ。落ち着きなさい」
牧師さんも聖と立花の間に入ってきて、自分の娘を宥めはじめる。
「私が裏切り者なのも、蝙蝠なのも事実だ。立花君の言葉は間違っていないよ」
「だけど……」
「立花君。君の言い分もよくわかるが……今は味方同士だ。場を乱すような発言は控えてもらえるかな?」
「これは失礼しました。つい口が滑ってしまいました」
立花が肩をすくめ、心のこもっていない謝罪を吐いた。
細い目から放たれる鋭い眼光は刺さるようであり、牧師さんのことを信用していないのは明らかである。
立花の後ろでは相棒の小野がスーツの胸ポケットに手を入れていたが、聖が拳を下ろしたのを見て警戒を解く。
「むう……覚えておきなさい」
聖はなおも立花を睨みつけていたが……渋々といったふうに顔を背け、自分を羽交い絞めにしている俺の手を叩く。
「……先輩、もう落ち着いたから大丈夫です。おっぱいから手を放してください」
「胸なんて触ってねえよ! 人聞きの悪いことを言うな!」
「フッ……気がついていないようですが、先輩が触っている場所はすでに胸です! 貴方はすでに私の胸を力任せに揉みしだいていたのですよ、ざまあみなさい!」
「どこが胸で腹なのかわからないんだよ! 貧乳を誇ってないで牛乳を飲め!」
俺は聖から離れながら周囲に目を向ける。
繁華街の真ん中でこれだけ騒いでしまったら、さぞや目立ってしまったことだろう。
周りから見られていないかと視線を巡らせるが……誰もこちらに注意を向けてはいなかった。
「ご心配なく。部下が『隠形』の呪いを使っていますから、周囲にいる人間の目に我々は映りませんよ。声だって漏れてはいません。もちろん……建物の中にいる連中にもね」
立花が吸血鬼のアジトであるビルを見上げて、唇を吊り上げる。
夜の繁華街には仕事帰りの会社員や酔っ払いなど、多くの人が行き交っている。彼らの誰しもこちらに意識を向けておらず、まるで見えない壁でもあるかのように俺達の周りを避けて通っていた。
「へえ……すごい能力だな。便利じゃないか」
俺にもステルススーツという透明人間になるアイテムがあるが、スキルや魔法で気配を隠したりはできなかった。
ひょっとしたら、そういうスキルもあるのかもしれない。この件が片付いたら修得方法を探してみるのも悪くはない。
「気配を隠す能力があれば、のぞきの成功率だって……ゲフンゲフン」
いや、のぞきとか本当にしないよ? 犯罪だもの。
犯罪はいけない。今さらのような気がするが……法を犯すのはよくない。本当に今さらだけど。
「立花さん、ここで時間を潰す意味はないでしょう。早く突入しましょう」
「沙耶香さんの言う通りです! さっさとヤルこと殺りましょうよ!」
場の空気が重くなったのを見て、沙耶香が間に入ってきて仲裁してきた。
もちろん……俺に否などあるわけがない。即座に親指を立てて同意をする。
「ああ……私としたことが時間を無駄にしてしまいましたね。これは失礼しました」
立花が薄っぺらい謝罪と共に頭を下げた。
そして……メガネの縁を押し上げながら、唇をつり上げて宣言する。
「それでは……世界を救いに参りましょうか。この世を蝕む害虫退治にね」
『神』の復活を企んでいる吸血鬼との戦い。
その佳境とも呼べる一幕がまさに開こうとしていた。




