110.夏の終わり、世界の終わり②
最終章2話目になります。
読み飛ばしにご注意くださいませ。
「「きゃあああああああああああっ!」」
「…………っ!」
結果から言うと、このプールのウォータースライダーは最高だった。
日本で5本の指に入るという長さのスライダーを、春歌と早苗と3人で浮き輪に乗り、ジェットコースターのようなスピードで降っていく。
座っている位置は俺が真ん中。左右の足の間に座る早苗を背中から抱きしめ、さらに後ろからは春歌が抱き着いてくる。
完璧だ。
完璧なポジショニングだ。完全に隙がない。
早苗のお腹に手を回して、しっかりと抱きしめる感触が堪らなく素敵だ。
日常生活で女子を抱きしめる機会など滅多にない。それがビキニ姿という肌むき出しの状態で出来るとは、なんたる至福だろう。
そして……背中に押しつけられた鏡餅。
2つ並んだエベレストが俺の背中でもにゅもにゅと形を変えており、これでもかと激しい自己主張をしている。その感触、圧倒的な存在感たるや、もはや藤林春歌という人間の本体が実はお胸の方ではないかとすら思ってしまう。
何なのだろう。
この柔らか女子パラダイスは。
これまで頑張ってきた報酬なのだろうか。クエストボードの力で様々な敵と戦い続けてきたご褒美タイムが始まっているというのか。
至福の時。人生の絶頂。
もう今回が俺の物語の最終回でもいいくらいだ。
「きゃあっ!」
「ひゃうっ!」
人生最高のハッピータイムにも唐突に終わりが来た。
長いスライダーを通り抜けてプールに着水したのである。
春歌と早苗がそろって短い悲鳴を上げて、浮き輪がひっくり返って3人そろって水に沈んでしまう。
「プハッ! あー、すっごく面白かった!」
「長すぎてちょっと怖かったわね。正直、途中から目をつぶってたわ」
早苗と春歌が思い思いの感想を述べて水面に上がってくる。
「真砂君はどうだったかな? 楽しかった?」
「……ありがとうございます。一生忘れません」
「あははは、お礼を言われる意味がわからないんだけどなー。真砂君って本当に男の子だよねー!」
若干、前かがみになっている俺の姿に何かを悟ったのか、早苗がケラケラと愉快そうに笑ってくる。
そして、おもむろに俺に近づいてきて小声でそっと囁いてくる。
「……最後の方、私の胸を掴んでたの気づいてるかな? あれって、もしかしてわざとかな?」
「……チガイマスヨ。エンザイデスヨ」
「何で片言なのかなー? ねえねえ、バレてないと思ってる? 私のお尻のとこ、後ろから固い感触がしてたんだけどねー?」
「それは……あれだよ、スライダーの衝撃で大腿骨が飛び出してただけだよ!」
「そっちの方が怖いって! まったく、これは責任取ってもらわないといけないかな? 今日のお昼は真砂君のおごりだからねー」
「喜んで。何なりとおごらせてください」
あの至福の時間の対価だと思えば、昼飯くらい安いものである。
焼きそばだろうがロコモコ丼だろうが、ケバブだって丸ごと買ってやろうじゃないか。
「2人とも、話してないで早く退きましょう。次の人が滑れないでしょ」
春歌がさりげなく注意してくる。俺達はウォータースライダーの終点から移動してプールから上がった。
係員に浮き輪を手渡して、もう一度、名残惜しさからウォータースライダーを見上げる。
出来ることならもう2、3回くらい滑りたいところだが、スライダーの階段には多くの親子連れやカップルが並んでいる。何度もできそうではなかった。
「もうじきにお昼ね。そろそろお昼ご飯にしたいんだけど、どうかしら?」
「さんせーい! 私もお腹ペコペコだよー」
春歌の提案により、一度遊ぶのを中断して昼食を摂ることになった。
プールに備え付けられたカフェに行くと、もう11時を過ぎた時間のためかなり込み合っていた。
幸いなことに、3人席がちょうど空いた。俺達は空いた席に腰かける。
「あら? みんなもお昼かしら?」
座ったタイミングで、近くのテーブルについていた女の子が声をかけてきた。
話しかけてきたのは、俺達と一緒にこの施設にやって来た友人――山吹彩子である。
彩子の向かいの席には恋人である田崎浩一郎の姿もあった。
彩子と浩一郎も俺達と一緒にこのプールにやって来ていたのだが、途中から別行動をとっていたのだ。
恋人の時間を邪魔したくはなかったし、俺としても春歌と早苗と3人でいたほうが気が楽なためである。
彩子に続いて、浩一郎も手を挙げて挨拶してきた。
「うっす、月城さん。そっちも楽しんでるみたいっすね」
「ああ、天国に召されたんじゃないかと思うくらい楽しいよ。最高の夏の思い出ができたみたいだ」
「俺もっす。夏の大会は残念な結果になっちまったすけど、彩子のおかげで良い夏になりそうっす」
野球部の浩一郎は2年生ながらレギュラーとして夏の大会に出場していたのだが、惜しくも地区予選の準決勝戦で負けてしまったらしい。
ここで甲子園に出場していれば、2人の交際に反対している彩子の両親を説得する材料になったのだが。
「ま……俺達はまだ高2だろ? 来年があるさ」
「うっす、来年こそは甲子園に行って見せますから、月城さんも応援に来てください!」
「気が向いたらな。スポーツの熱気ってちょっと苦手だから期待するなよ」
肩をすくめ、俺はテーブルに置かれているメニューを手に取った。
アロハーパークは南国をモチーフにしたテーマパークのため、食事のメニューもハワイアンっぽいものが多い。
俺はガッツリと食べたい気分だったので「ホノルル風バーガー」という料理を頼むことにした。日本で一般的に売られているハンバーガーよりも遥かに大きく、具だくさんなのが特徴だ。
「……1番食べたいのはお餅なんだけどね。ゴホゴホ」
2人に気づかれないようにそっとつぶやき、俺は誤魔化すために咳払いをしておく。
「それじゃあ、私はパンケーキにしようかな? 春歌はどうする?」
「それじゃあ私は……ロコモコ丼とガーリック・シュリンプ、それにカルアポークとタロイモパンケーキと……」
「あ、今日は真砂君のおごりだって。いっぱい食べていいよー」
「そんな……悪いわよ。自分のぶんは自分で支払うわ」
眉をへの字にして遠慮する春歌であったが、早苗はニヘヘヘと悪戯っぽく笑う。
「いいじゃない。真砂君も男の子だからカッコつけたいんだよ。ここは彼氏顔させてあげようよ」
「か、彼氏ってそんな……」
春歌が顔を赤く染めた。俺と目が合うと、ビクリと肩を震わして店のメニューで顔を隠す。
「うっわ……可愛い……」
「春歌、我が幼馴染みながら恐ろしい子……!」
俺と早苗はあまりにも初々しい春歌の反応に悶絶した。
いつもはメガネに三つ編みという地味眼の格好の春歌だが、今日はメガネを外して髪も頭の後ろで纏めているのがポイントが高い。
いつもと雰囲気が違って、5割り増しくらいで可愛らしく見える。
「そ、それじゃあ彼氏に甘えて、ポケ丼も頼んじゃおうかしら? 月城君、いいかしら?」
「もちろんです。たんと召し上がってくださいませ」
照れる春歌に、俺は恭しく頭を下げた。
俺がおごったご飯が春歌の栄養になるのならば本望である。この調子ですくすくと成長して欲しい。
とんでもない量の料理を春歌が注文していることに気がつくのは、それから5分後のことであった。
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「追放された『遊び人』は『賢者』に転職する。戻ってこいなんて言ってももう遅い……え、言わないの?」
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