106.愛と悲しみの夏合宿⑮
「ああ、帰って温泉入って寝るよ。肝試しとか興味ないからな」
「そんなことを言って、実は怖いんじゃないですか? お化けが怖いとか子供っぽいところがあるんですね」
「……半吸血鬼に言われる筋合いはないって」
というか、お前と一緒にいる時間がどんな時よりも肝が冷える。
日頃の行いをよく思い出して、深く反省して欲しいところだった。
「ぷぷっ、先輩のヘタレ。怖がりー」
「煽るんじゃない。というか、お化けが怖いとか今更過ぎるわ。下水道に付き合ってやったことを忘れたのかよ」
呆れ返りながら、挑発に乗ることなく帰ることにする。
アホの後輩の煽りになど付き合うつもりはない。関わっても損をするだけである。
「いいですよー。私はいっぱい楽しんできますからー。先輩はホテルに戻って1人エッチでもして自分を慰めていればいいですよー」
「一発殴ろうか? 殴っていいよな?」
「ぷぷっ、それじゃあクジを引いてきますねー。ぐっどないと」
聖はいつもの無表情のまま唇を尖らせて腹立つ顔をすると、さっさとペア決めのクジを引きに行ってしまった。
俺は舌打ちをしながらも、何となくその背中を見送る。特に意味があるわけではないが、あのムカつく後輩が誰と肝試しを周るのかふと気になったのである。
「あれ……このクジ、何も書かれていませんよ?」
ビニール袋から紙のクジを取り出して、聖が首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「あ、聖ちゃん大当たりー! それは特別なクジだよー!」
一方、クジ引き係の先輩部員がイタズラっぽく笑い、堂々と宣告する。
「白紙のクジを引いた聖ちゃんは1人でお寺を周ってもらいまーす! 超ビップ待遇でーす!」
「ええっ!?」
先輩の宣告を受けて、聖が珍しく愕然とした顔になっている。
どうやら……あの怖いもの知らずの後輩にも『恐怖』という感情があったらしい。
「仕方がないでしょう? 人数の関係上、絶対に1人はあふれちゃうんだから」
「だ、だったら3人組にすればいいじゃないですか!? 1人きりなんてあんまりですっ!」
「それじゃあ、お化け役の人達が面白くないでしょー? 頑張って1人で行ってきなさい」
「だ、だったら僕が聖タンと回って……」
「覗き魔は黙ってな! アンタと一緒じゃ余計に心配でしょうが!」
三馬鹿の1人が聖を誘おうとして、先輩部員に一喝されてすごすごと退散していった。
「…………」
当事者である聖はというと、顔を蒼褪めさせてプルプルと小刻みに肩を痙攣させている。
「あ……」
「うえ……」
そんな聖がグルリと首を巡らせて、俺の方に視線をロックオンする。
慌ててホテルに帰ろうとするが……50メートルを5秒で走れそうな猛スピードで聖が駆けてきて、肩を掴まれる。
「先輩! 取引をしましょう!」
「やだよ。絶対にヤダ」
「脱げばいいんですよね!? どうせ先輩は私の裸が見たいだけなんですよね!?」
「裸は見ないし、お前と肝試しにもいかない。諦めろ」
「ほらほら、特別サービスですよ!? ただいま契約を結んでいただくと、私の処女だってついてきますよ!?」
「そんなことで初体験を捨てるな!」
というか、俺が嫌だよ。
初体験の相手がこのアホの後輩だなんて、ものすごい損をした気持ちになるじゃないか。
「私が1人で肝試しに参加するなんて無理です。無謀です、自殺行為です! それはさながらジョ○フ・ジョー○ターを単身エジプトに送り込んでDI○に一騎討ちを挑むがごとき暴挙ですよ!? 絶対に聖子さんを助けられませんからねっ!?」
「そのたとえはわからん。というか……さんざん人を煽っておいて、結局自分が怖いのかよ……」
本当は怖かったようである。
思い返してみれば……下水道の事件に俺を引き込んだのも、1人で地下に潜るのが怖かったのかもしれない。
「あばばばばばばばばばばばばばばっ……!」
聖はとうとう言語能力を失ってしまった。
俺の腕に縋りついて、がくがくと痙攣する謎の人形に進化してしまった。
「ああ、もう! わかったわかった! 参加するよ。参加すればいいんだろ!?」
柚子川部長の方を確認すると、仕方がないとばかりに肩を竦めている。
「参加は自由だが……くれぐれも、その辺の茂みでいやらしい行為はしないように。お化け役の部員がそこらじゅうで見張っているからな!」
「わかってますよ……というか、コレに手を出す気になれないし」
「ばばばばばばばばばばばばばばばっ!」
俺はガシガシと乱暴に聖のおかっぱ頭を撫でつけて、深く溜息をついた。
夏合宿の最後のイベント。
肝試しへの参加が決定した瞬間である。
新作小説を投稿いたしました。こちらもよろしくお願いします!
・失格王子の後宮征服記 ~魔力無しの王子は後宮の妃を味方にして玉座を奪う~
https://ncode.syosetu.com/n5257hk/




