100.愛と悲しみの夏合宿⑨
前回までのあらすじ。
『柱の男』が復活してしまい、命の刻限が迫ってきている。
「……残り時間は2分。どうやらやるしかなさそうだな」
口の中でつぶやき、俺は覚悟を決めた。
全裸の現状において取ることができる手段は限られていた。
すなわち……ストレージに入っているアイテムを使用することである。
ストレージの中にはダンジョン探索によって入手したアイテム、デイリークエストによって報酬として得たアイテム、錬金壺を使って生み出したアイテムなどなど。
役に立つ物からジョークグッズのような使い道のない物まで、多種多様なアイテムが詰め込まれている。
ここから逃げ出すために役に立ちそうなのは……閃光弾とスライムローション。
閃光弾によって吹奏楽部の女子達の視界を奪い、スライムローションで身動きを封じた隙に逃げ出そう。
もっと時間があれば穏便にこの場を脱する方法を思いつくかもしれないが……残念ながら、俺には時間がない。多少、強引な手段を使うしかなかった。
全裸でローションまみれになった女子にはとても興味が引かれるが……じっくり鑑賞する時間がないのが残念だ。
俺はアイテムを取り出して、岩陰から投げつけようとする。
だが……それよりも先に予想外の事態が生じた。
「聖ちゃん見参! 温泉、2回戦です!」
脱衣所への扉が開け放たれ、聖が露天風呂へと突入してきた。
聖は凹凸の乏しい身体にタオル1枚纏うことなく、完全な全裸でおかしなポーズを決めている。
うん。おかしなポーズというか『ジョジョ立ち』だった。
「あれ、聖ってばさっきも温泉入ってなかった?」
「温泉は何度入っても許されます。何故なら温泉だから」
「あはははー。2回戦とは通だねー。ほらほら、変なポーズしてないでさっさと入りなよー」
「変なポーズじゃありません。花京院○明です」
「身体冷えるって。馬鹿なことやってないで早くお湯につかりなさい」
先輩部員に促されて、聖はチャプチャプと温泉に入っていく。
おかっぱの先が湯船につくほど深々と身体を鎮めて、いつもは無表情な顔をふにゃりと心地良さそうに緩めている。
「アホの後輩……よりにもよってこんな時に……!」
一方で、俺は表情を歪めて拳を握りしめた。
他の女子部員であれば先ほどの作戦でどうにかできるだろうが……はたして、聖の目を欺くことができるだろうか?
聖は俺が特殊な能力やアイテムを所持していることを知っている。加えて、吸血鬼とのハーフらしく五感も優れていた。
日光は苦手らしいから閃光弾はちゃんと効くと思うのだが……たとえここは逃げおおせたとしても、後から正体に感づいてエ○ディシに告げ口する可能性がある。
「残り時間は…………1分」
どうしよう。もう時間がない。
このままではエシ子先輩の餌食になってしまう。
俺は必死に頭をひねって妙案を絞り出そうとするが、やはり時が足りない。
こうしている間にも時間は刻々と減っていく。
もはや猶予はない。ギャンブルになるが先ほどの作戦を実行しようとして……そこで気がつく。
「ん……?」
【索敵】スキルに反応あり。
場所は露天風呂のすみっこ。男湯と女湯を隔てている木製の壁からだった。
「よし……アレを利用させてもらおう!」
俺はすぐさま行動に移した。
隙を見て【無属性魔法】の弾丸を壁に撃ち込む。
「あ……」
「え……」
すると――魔法の弾丸を撃ち込まれた壁がパタリと倒れる。
壁が倒れた場所にいたのは俺達と同じ高校生くらいの男が3人ほど。壁のすぐ傍に……おそらく、壁に密着して立っていた。
察するに……彼らは女湯を覗こうと四苦八苦していたのだろう。
悪戦苦闘していたはずの壁があっさり倒れてしまい、露わになった女湯に目を丸くしている。
「ちょっ……あなた達、何をしているのよっ!」
タオルで身体を隠して叫んだのはショートカットの女子部員。吹奏楽の部長である柚子川だった。
「合宿に不参加だと思ったら、まさかお風呂で待ち構えていたなんて……!」
「ちょっ! 違います違いますっ! 誤解ですよ部長!」
「どこが誤解なのよ!? 壁を壊して堂々と女湯を覗くなんて、どれだけアクティブな変態なの!?」
どうやら、覗きの男達も吹奏楽部員のようである。
合宿には不参加だったようだが……あらかじめホテルにチェックインしておいて、女子のフロを覗くために潜伏していたのだろう。
そして……後になって『用事が終わったから参加しに来ました!』とでも言って、合流するつもりだったのかもしれない。
「私達の裸を見るなんて……あんまりだああああああああああああっ!」
「「「「「ぎゃああああああああああああああっ!!」」」」」
エシ子先輩が全裸のまま、男子部員らに飛びかかっていく。
悲鳴を上げて逃げる男子を掴んでは投げ飛ばし、掴んでは床に張り倒す。
「うっわあ……」
何というか……背筋が凍るような恐ろしい光景である。
自分がもう少しで同じ目に遭っていたかと思うと、女子部員の裸体に元気になっていた下半身も萎えてしまう。
「エシ子先輩に続け! 変態共に死の鉄槌を!」
「「「「「おおっ!」」」」」
こちらはタオルでしっかりと裸身を隠して、他の女子部員らが男子に襲いかかっていく。
中には風呂桶や清掃用のモップで武装している者までいて、のぞきに制裁を与えんとする彼女達の顔は鬼気迫るものである。
「よし……作戦成功」
予想通り、聖やエシ子を含めた女子部員らはあちらに釘付けになっている。
吹奏楽部の男女が乱闘しているのを尻目に、俺は素早く脱衣所へと逃げ去るのであった。
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