95.愛と悲しみの夏合宿④
そして、時間は現在に戻る。
浜辺に立っている俺のところに薄着の聖が駆け寄ってきて、中腰で右手を頭の上に掲げて「バビッ!」と謎のポーズを決める。
「あれえ? テンション低いですよ。ひょっとして私の水着姿に見惚れちゃってフォーリンラブ状態ですかあ……せ・ん・ぱ・い?」
「……いや、お前がどうしたんだよ。キャラ変わってんじゃねえか」
普段は表情に乏しい聖であったが、今日は満面の笑みで登場してきた。
夏休みに入ってテンションが上がっているのだろうか。白い肌は上気してバラ色に染まっている。
先日の悪夢を思い出すテンションの高さに、俺は思わず顔をしかめてしまう。
この後輩――出会った頃は無表情でミステリアスなキャラだったはずなのだが、いつの間にかアホであること以外に特徴がなくなっていた。
いや、一応は美少女に違いないのだが……それ以上に性格が残念過ぎる。
聖のアホさ具合は、可愛いだけで許されるであろう領域を完全に超えていた。
「そんなことよりも、場所取りご苦労様でした。先輩も水着に着替えてきたらどうですかあ?」
俺は浜辺にレジャーシートを敷き、パラソルを立てて場所取りをしていた。
吹奏楽部の面々にくっついて合宿にやってきたわけだが、どうやら初日は親睦会を兼ねて海水浴に興じるらしい。
合宿の参加者は俺と付き添いの教員を除いて20人。その全員が女子生徒であり、今は更衣室に水着に着替えに行っている。
唯一の男子である俺は先んじて浜辺にやってきて、パラソルを立てて場所取りをさせられていたのだ。
「場所取りってさあ……必要あったのか、コレ?」
周囲を見回すが……浜辺は閑散としており、わざわざ場所取りが必要なほど海水浴客がいるわけではなかった。
夏真っ盛りの時期だというのに、あまりにも寂しい有様である。
「さあ? 詳しく知らないですけど……近くのホテルで殺人事件があったみたいですよう?」
「やっぱりか!? 地名の縁起が悪すぎるんだよ!」
だって『死骨ヶ浜』だもの。
そりゃあ、殺人事件くらい起こるだろう。
「それに、去年は海水浴客が溺れて亡くなったとか……そんなこと、どうでもいいですよね。それよりも、せっかくに海に来たんだから一緒に遊びましょうよう。ほらほら、先輩のために可愛い水着を着てあげたんですよ? もっとイチャイチャしましょうよー」
「お前……本当にどうした? キャラ変わってるというか、人格が変わってる気がするんだが……」
ひょっとしたら、偽物なのだろうか。
あるいは、謎の電波を受信してしまったのかもしれない。
「アハハハハハハハハッ!」
「……どうしたよ? ついに壊れたか?」
「違いますよう、せーんぱい。私のテンションが高いのは…………死ぬ直前だからですよー」
「…………は?」
ビキニ姿の聖は両手両足を広げ、青空に向けてバンザイをする。
「ほら、私って吸血鬼とのハーフじゃないですかあ? 普通の日光くらいなら全然、大丈夫なんですけど……やっぱり夏の直射日光の下で薄着になるとすっごいHP削られますねー。もう眼が霞んでほとんど見えないっていうか、痛みも全然感じないですし……完全にコロッセオに向かうブチャ○ティ状態ですよー!」
「本当に何やってんだ、お前!?」
死にかけてまでどうして水着になったのだ。
命を賭けてでも、海水浴がしたかったのだろうか。
聖のテンションが異常に高かったのは、火が消える寸前のロウソクのような状態だったのだろう。命の炎が燃え尽きる直前、最後の輝きとしてテンションが爆上がりしていたようである。
俺は聖をパラソルの下へと引っ張っていき、自分のパーカーを被せて日差しからガードする。さらに、レジャーシートの上に寝かせて治癒魔法をかけてやる。
「あ……生命が吹き込まれているのを感じます。まさか、先輩はゴールド○クスペリエンスのスタンド使いだったんですか?」
「もう何もかもが違うよ。まあ……元気になってくれたみたいで良かったけどさ」
治癒魔法をかけてやると、先ほどまで満面の笑みを浮かべていた聖の顔から表情が抜け落ちていく。
いつものごとく日本人形のような無表情になってしまうが……これは元気を取り戻したという証拠なのだろうか。
「回復しました。復活です」
「よかったな」
「助けてくれた恩返しをします。上と下とどっちがいいですか?」
「何が!?」
いったい、何の上と下だというのだろうか。
いや、聖の性格と行動パターンからして薄々ながら予想はついているのだが。
「先輩は欲張りですね。仕方がありません。あとでビキニの上下とも差し上げます」
「いらないよ! お願いだから、下駄箱には入れてくれるなよ!?」
どうでもいいが、お前にビキニは似合っていない。
おっぱいが小さすぎて、ちょっと動くだけで布地がずれてめくれそうになっているではないか。
「ああ、手当のついでにオイルも塗ってくださいな」
「……え、サンオイルまで塗るの? 干物になって死にたいの?」
「サンオイルではありません。日光によるダメージを防ぐための特殊なオイルを塗りたいのです」
「……そんなものがあるなら、最初から塗って来いよ」
俺は胡散臭そうに眉を寄せる。
聖に渡されたプラスチック製の容器にはデカデカと『NI○EA』と記載されていた。
「このオイルは吸血鬼が人間に紛れ込むために生み出したものです。吸血鬼にとっての最大の弱点である日光を防ぐ効果があるのですよ」
「…………そっか。了解した」
よくわからないが……聖がいいのならそれでいいだろう。もう考えるのも面倒になってきた。
聖は貸したパーカーを取り去り、その場にうつぶせになる。俺は手渡されたオイルを掌に広げて、聖の背中に手を這わす。
「あっ……!」
「動くな。じっとしていろ」
肩から腰にかけてオイルを広げてやると、聖の口から鼻にかかったような喘ぎが漏れる。
女の子の背中にオイルや日焼け止めクリームを塗ってあげる――それは男ならば誰しも夢見ていたシチュエーションの1つだが、その初体験はアホの後輩だった。
聖は性格こそ残念だったが、容姿だけならば非の打ち所のない美少女である。
こうして直に触れてみるとわかるが、白い肌はとんでもなくキメ細かく、白磁器のようにスベスベしている。
「あんっ……はっ……やっ……んんっ……!」
おまけに、手を動かすたびに艶めかしい声まで発せられている。
指の動き1つ1つに反応してソプラノの高音が奏でられ、まるでピアノでも演奏しているような気分になってきた。
「…………」
俺のミュージシャン魂に火がついた。
いや、まったくもって全然ミュージシャンじゃないけれども。
「ふあっ!?」
あえぎ声のトーンが高くなる。
下水道の事件で修得したスキル――【調教】と【性技】を発動させたのだ。
左右10本の指を駆使して、『朱薔薇聖』という楽器を全身全霊で演奏していく。
まるで別の生き物であるかのように指先が軽やかに聖の背を跳ね、軽快なステップでダンスを踊っている。
背中を、腰を、脚を……聖の全身のあらゆる箇所を撫でまわし、未熟な性感帯を開花させていく。
それはベテランのピアニストのように繊細なタッチであり、女性の尊厳を踏みにじって狂わせる調教師のように大胆な手つきだった。
「はうっ……せんぱ、あっ! はあんっ! んぐううっ……ひぎいいっ!」
聖はいつかのように……あるいはそれ以上に激しく身をよじらせてあえぎ、悶え叫ぶ。
このまま続ければ、堕ちる。
確実にこの女を落とすことができる。その確信が俺の胸に芽生えた。
いや、コイツを堕としてどうするのだと疑問が脳の片隅に芽生えるが……俺はその先へと進むべくゆっくりと脚の間へと手を進ませ、トドメの一撃を放とうとする。
「……君達はいったい何をしているのかな?」
「へ……?」
背後からかけられた冷たい声。
俺は思わず間抜けな声を漏らして、後ろを振り返る。
振り返った先には10人ほどの女子が立っていて、ある者は顔を赤くして、またある者は軽蔑に染まった冷たい眼差しでこちらを見つめていた。
水着を着ている彼女達は聖と同じ吹奏楽部の生徒。つまり、今回の夏合宿の参加者である。
「あ……」
今更のように思い出す。
合宿に参加しているのは聖だけではなく、当然、他の女子らもいるのだ。
着替えるのに時間がかかったようだが……遅れて、やって来たようである。
「月城君だったか。流石にそれ以上は大胆すぎではないかな? あまりうちの後輩をイジメないで欲しいのだけど」
「…………はい」
「……は……あっ……」
背の高いショートカットの女子生徒が冷たい口調で言い放つ。
俺は小さく返事をして、トロトロになった聖の身体を解放するのであった。
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