第八話『親友』
「あー…まだ疲れがとれない…」
寮の一室のいささかお世辞にも寝心地が良いとは言えないベッドの上で僕は目を覚ました。
寝心地が悪いのは仕方がないね。元は使われていない部屋だったらしいもん。他の部屋のベッドはちゃんと疲れがとれる設計になってるらしいよ。
「ふぁあ…そういや昨日お風呂入らなかったんだった…」
水浴びくらいはしておこっかな。今はちょうど団員さんの朝風呂の時間だ。食堂のおばちゃんに許可もらって入ってこようかな。
○
浴槽にゆっくりと首まで浸かる。
「おっ、コレノスケじゃねえか。なんだ、サボりかあ?」
団員のマルコイさんが股座マルちゃんを振り子させながら僕にそう言ってきた。
「違いますよ。ちゃんと許可は取りました」
食堂のおばちゃんは昨日の頑張りに免じて…というか、不衛生だから入れやボケェということで許可してくれたのだ。
「コレノスケか? おー、朝っ風呂たぁ珍しいな!」
「おめえは泊まらなかったのか?」
泊まる、というのはあのお屋敷のことだろう。
「あはは、人の家の勝手とかわからないじゃないですか。それってなんか気持ち悪いし面倒臭いから、丁重にお断りしてきましたよ」
「の割には、ここにはすげえ馴染んでるよな」
「実家のような安心感がなぜかあるんですよね」
団員さん達と僕の会話は弾むばかりだ。
「お前の親友って、朴念仁だよなー!!」
「あいつですか? あいつは親友じゃないですけど、たしかに朴念仁ですねえ」
「ん? 親友だと思ってたがなんだ、違うのか」
「あいつはただの悪友です。僕の親友なら熱々の溶鉱炉の中に親指を立てながら沈んでいきましたよ」
「なんつー漢らしい逝き方だ」
「遺言は確か『最期まで信用できるのは金だが、最後に頼りになるのは人だ』だったか…」
これはマジである。
溶鉱炉ということもあり、友人の塊は遺骨代わりに友人宅の仏壇に置いてある。
「漢らしいな」
「はい。あいつは、僕の人生史上最高の友人です」
―――やっぱりボクは泥炭かな!!
そういや、あいつピートくんと結構似てるよな。中性的なところとか。日本に帰ったら墓参り行かなきゃ。
「そうか。お前も元の世界でちゃんとした人生歩んでたんだな…」
「俺ァてっきり、売れねえ芸人を生業としているのかと思ってたぜ。そういや何歳なんだ?」
「十六です」
「若ェな。マシューの二個下か」
「はい。そうで―――え? いま、なんて?」
「若ェな」
「そこじゃないです」
「マシューの二個下か」
マシューの―――二個下? え…マシューって、十八歳だったの?
「知らなかったのか?」
「てっきり、同い年かそれ以下かと思ってました…」
「まぁ、あいつちっせえもんな。おまえ身長いくつ」
「百七八センチです」
「案外ちいせえな」
作者(十五歳)からしたらその二十二センチを分けてくれって感じなんだよ? ちいさいなんて言っちゃ駄目だよ。
「みなさんは?」
「百九十七センチ」
「百八十五センチ」
「二百センチ」
「百九十四センチ」
みなさん随分とたっけえな。本当に身長一人五センチずつくれや。
○
どうも、ピート・スロウスです。
まず、驚かずに…尚あきれずに聞いてほしい。
ボク、異世界…日本から転生してきたんだ。前世の記憶を持って。前世の名前は工藤颯佳という女みたいだった。
溶鉱炉に沈んだあの日、ボクは“女神”に出会った。今でも忘れない。あんな体験は始めてだから。
“女神”はボクに『炎神の加護』という加護を与えてくれた。そしてボクは十一年間ずっと独りで生きていた。お父さんや自警団の人達ももちろん居るが、心が寂しかった。
「あはは、智宏ー、そろそろ敬語使おうよ?」
なぜ君がいるという疑問は尽きなかったが、彼に会えたという嬉しさが勝り、それどころではない。
「見よ。この高尚で推敲なForum」
「だから何? というか、おまえそれ…Isn't it a cock!? How wonderful!!」
「何語?」
というか、このいやにでかいトモヒロとかいつ奴、下手すると伊之助より頭おかしい? というか、伊之助も全体的に雰囲気が変わっているね。
まず、糸目じゃなくなってるし、髪の毛を清潔感のあるカットにしてる。そしてなにより明るくなった。『僕なんて…』と『恐れ多い…』が口癖の伊之助はいずこへ。
「大変だっ!! 屋敷の外にゴブリンの群れが―――って、ち●こ!?」
「ばっ―――ッ!! 股座智くんと呼びなさい!!」
伊之助はオーラグマナを掴み、外に向かう。ボクは思わず呼び止める。
「コレノスケさん!」
「大丈夫さ。ピートくん、ここに居な」
頭を撫でられる。そういうことを言いたいんじゃない。
ボクは、なんで君が―――
オーラグマナから橙色の魔力が溢れ、大剣の形へと変化する。
それからの伊之助はすごかった。ボクの知っている転生前の伊之助じゃ、ないみたいだ。慣れない。彼の変化についていけない。その細い身体のどこから、そんな威力が出るのか。それではまるで、おとぎ話の―――
「勇者じゃないか…」