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月のほたる  作者: 九丸(ひさまる)
9/9

月のほたる

 出会ってから今夜で、ちょうど一ヶ月経過した。何事もなく、暖かな日々を過ごしている。さて、明日は休みだ。どこに出かけようか。


 私は足取りも軽く家路を急いだ。


 夕方の六時過ぎ。もう当たり前のように夜空な空を見上げてみると、あの日と同じように腰かけられそうな三日月が、ぼんやりと在った。


 雪がひらほら舞い落ちるなか、私は橋の真ん中で女の子をみつけた。欄干に背をあずけて、そっと在った。


 あの日と違って女の子は立っていた。そして、私を見つめる顔は嬉しそうでもあり、さみしそうでもあり。


 黄色の街灯の環の中で照らされる雪は、まるでほたるのように見える。


「やあ、待っていてくれたのかい?」


 近づいて声をかけた私に、女の子はそっと右手を差し出した。


 あの日と逆に、今度は私が握った。


 その瞬間、二年前の抜け落ちた記憶がよみがえった。結実の顔もはっきりと見えた。その顔は目の前に、そっと在った。


 キッチンに向かう私に、結実は何かを渡そうとするようにすがりついた。私はそれを軽く払った。そう。ほんの軽くだったんだ。ドンッと鈍い音がして振り返ると、結実は倒れていた。結実、結実、と必死に呼びかけても返事はなかった。右のこめかみから流れた血が、粘りつくようにゆっくりと床に広がっていった。そして、大きな澄んだ黒い瞳が、ただの黒に変わっていった。それは幼い頃に見た、飼い猫の死に際の目と同じだった。


 倒れた結実の側には白い紙が一枚あった。さっきまで丸まっていたのか、完全には広がりきってはなかった。それでも見えた絵には、結実を真ん中に、左に私が、右に妻が描かれていた。仲良く三人で手をつないだ絵。


 私は叫びだしそうになるのを、必死に両手で押さえた。飲んだ声が黒く渦巻いた。


 救急車を呼んで到着するまでの間に、私は絵をキッチンで燃やした。救急車が到着しても、私のせいでこうなったことは黙っていた。私のせいではない。取り返しのつかない恐怖が、私をそんな思いにさせた。


 そうだ。私は醜い親だったんだ。


「ありがとう。すべて思い出したよ。きみは初めからなかったんだね。いや、私の中だけに在ったのかな」


 もの言わぬ女の子はふっと消えた。残された、私の握る手が光っている。


 手を開くと、その光が澄んだ優しそうな輝きをはなちながら舞い上がった。


 私はそれを追うように手を伸ばした。


 光は三日月を目指すように舞い上がり続ける。


 ふっ、と私も舞い上がったような気がした。だが、追い求める光は遠ざかっていく。


 ドブン。


 私をいきなり包んだ水の冷たさが優しい。


 見上げる川面の先で、ほたるが舞うように光の線を描いていた。さらにその先の揺れる三日月を円で囲むように。


 やっと楽になれる。


 私はもう一度、ありがとうと呟いた。


 月のほたるに向かって。





 

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