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月のほたる  作者: 九丸(ひさまる)
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回想2

 日曜日だったその日、夕食の準備をしていた妻が、突然叫び声をあげながらテーブルの上の皿を床に叩きつけ始めた。驚き、必死に止めるもおさまることはなく、しまいには寝室にとじ込もってしまった。泣き声が部屋の外にまで漏れてきた。


 翌日になって多少落ち着きはしたが、心配だった私は会社を休み、妻を心療内科へと連れていった。そこでの診断は季節性情動障害というものだった。日照時間が関係しているらしく、それでも冬が終わり、日照時間が長くなる春先以降は回復していくとのことだった。それまでは投薬と光療法でなんとかなるとの見立てだった。妻は宮崎県出身で、それに比べれば日本海側のこの地は日照時間が短い。生まれ育った環境の違いも影響したのかもしれない。


 私は楽観視していた。しかし、妻は春を過ぎても回復することはなく、梅雨に入るとなおのこと悪化した。それでも梅雨があければと、私はなるべく妻の負担を減らすように努力した。そんな状態だったせいか、妻は結実にはまったく感心がないようで、加えて私まで結実を二の次に考えてしまった。それは、結実は聞き分けが良くて、ある程度のことは自分でできたせいもあるのかもしれない。今にして思えば、甘えたくても甘えられず、仕方なく手間のかからない良い子を演じるしかなかったのだろう。私達は親の顔色をうかがわせていたのだ。


 そして最悪の日がやってきた。それは七月三日の水曜日。


 一日から妻は東京に行っていた。梅雨があけたせいか幾分回復傾向にあったので、東京の友人に会ってきてはどうかと進めていた。妻は渋っていたが、私から友人にお願いして、わざわざ迎えにきてもらい、半ば強引に連れ出してもらった。きっと気分転換になると思ってのことだ。正直、私も息をつきたかったし、立ち上げた新規プロジェクトもあり、そちらに頭も身体も使いたかった。


 私はいつものように会社を抜けて、幼稚園に結実を迎えに行った。夕飯の準備をしたらまた戻らなければ。急いでいたせいで、結実が何か話しかけてきてもそぞろだった。


 そして、私はキッチンに向かった。


 私の記憶はそこから飛んでしまっている。次に思い出されるのは病院で死因を聞いている場面からだ。転んだ拍子にダイニングテーブルの角に頭を強く打ちつけたのが原因とのことだった。

 

 急ぎ駆けつけた妻は、私をひどく非難した。当然のことだ。


 結実の葬儀が終わると、その日のうちに妻は出て行った。


 いつも病院からここまでの場面は、映写機でカタカタと流すモノクロフィルムのように頭に映しだされる。


 しかし、その前の抜けた記憶は、いくら思いだそうとしてもダメだった。そればかりか、結実の顔まで記憶から抜け落ちた。記憶どころか残る写真を見ても、顔の部分だけ認識できなくなってしまった。


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