ドールマスターの憂鬱
「お前は顧客が別のドールと仲良くしていたら顧客を睨め、上目遣いに。……そうだ、それと語尾になの、を付けろ」
「分かりました、マスター……なの」
「お前は一切口をきくな、顧客の質問には全て首を縦か横に振って答えるんだ」
「分かりま……」
「そうだ」
私はドールマスターと言われている。
人の形をしたドールに精霊を宿らせ、そのドールを顧客の指示通りに調整するのが仕事だ。
ドールは歳を取らないし見た目も自由に出来る、更に余計な我儘も言わないから愛好家が多かった。
お陰で私が職にあぶれる事はないし、煩わしい人付き合いに身を置く必要もない。
「なぜこんな事をするのですか?」
私に質問をしたのは一体のドールだった。
「こうすれば顧客は喜ぶ、お前たちも可愛がってもらえる。何か問題があるか?」
「なぜ喜ぶのです? 可愛がるとは何ですか?」
「質問が多いなDは……」
このドールはD、不良品(defective)の頭文字から取った。何を教えても覚えが悪く、代わりに余計な質問を返す。だから売り物にならなかった。
だが不思議と手放す事も出来ず手元に置いてあるのだ。
「そんなものが必要なのですね、人とは不憫な生き物です」
「うるさい、下がっていろ」
「はい」
私はつい苦笑を漏らす。
その落ち着いた物言いを見ていると、どちらが主人なのか分からなくなる。
ある日、私がドールの納品を終えて休んでいるとDがやって来た。
「マスター、寂しいのですか?」
「ひと仕事終えて休んでいただけだ。良くそれだけ質問を思いつくな」
「人とは不思議です、あれこれ聞きたくなります」
「私が人代表という事か」
ならば聞く相手を間違えているとしか思えなかった。
「私にだって分からんよ。長く生きたが生きれば生きるほど分からん。長く連れ添った者の胸の内すら分からなかった」
「……」
「フと思うんだ。人間もお前たちドールと同じように人の形をした物の中に別の何かが宿っているだけではないか、その宿っているものが違うから人はこうも分かり合えないのではないかと」
Dは何も言わなかった。
私も人形相手に何を言っているのだろう。
「マスターも精霊に生まれれば良かったのに」
「フッ、中々面白い事を言う。Dにそんな冗談が言えたのか」
「マスター、笑っているのですか?」
「そうだ、おかしいか?」
「いえ、泣いているのかと思って」
「……妙な事を言う奴だ」
もしかしたら私は他人どころか自分の事すら分かっていないのかもしれない。