プレリュード
時遊祭、それはある地方の小さな町で数年に一度開催されるお祭りである。
そして、今回の時遊祭を舞台にある事件が起きようとしていた。
―時遊祭開催まで、あと40日―
煉瓦造りの建物が並ぶ街の一角で小さな時計店を営んでいるレヴィスという青年がいた。
この日、レヴィスは何時も通りの一日を過ごしていた。そして、その夜の事だった。眠っていたレヴィスは不思議な夢を観ていた。
『歌が聴こえる…』
♪~
『初めて聴く歌だけど、どこか懐かしい感じがする。』
レヴィスは気が付くと何もない真っ白な空間に立っていた。
『だけど、なんとなく哀しい。』
レヴィスは辺りを見回す。すると、遠くの方で女性の後ろ姿を見つける。
『あの人が歌っているのだろうか?』
レヴィスは女性に近づく。女性はレヴィスに気づき、歌うのを止めて後ろに振り向いた。
「あ…」
レヴィスは女性が唐突にこちらを向いたので、少し驚いてしまう。
「あ、貴方は?」
女性は口を開き、声を発しようとしたその時だった。レヴィスは突然、夢から覚めてしまったのである。
「ん?」
外から鳥のさえずりが聴こえ、カーテンの隙間から陽の光が入っている。
「朝か…」
レヴィスは起き上がると机の上に置いてある手帳を確認する。
「…あと、一ヶ月とちょっとか。」
レヴィスはそう呟くと手帳をまた机の上に置き、着替えて店の開店準備に差し掛かる。
この日もいつも通り店を開く。しかし、普段のレヴィスなら店先で座りながら客が来るのを待つのだが、すぐさま店の奥の方にある作業台の方に座り、腕時計の作成へと取り掛かった。
「さて、時遊祭までに何本作れるかな…」
店の中に展示されている無数の時計かカチカチと秒針を進め、時間が流れていく様子が伺えた。
―時遊祭開催まで、あと30日―
とある国の都市の雑居ビルの中に出版社があった。その出版社で一つの雑誌を担当をしている記者にジェシカという女性がいた。
この日、ジェシカは出版社の中にある資料室に引きこもっていた。するとそこに、小太りの中年男性がやって来た。
「やぁ、ジェシカ。気合いが入っているね。」
「あ、編集長。」
「次の取材の下調べかね?」
「はい。」
「そうか。…そういえば、今回の記事は何だったっけ?」
「時遊祭ですよ。」
「時遊祭?」
「ええ。…って、あれ?御存知無いのですか?」
「すまん。」
ジェシカは軽く頭を掻く。
「まぁ、そりゃそうですね。私もたまたま知ったぐらいですから。」
「そうなのか?」
「はい。そしたら開催日も程よく近かったので、記事にしようかな…と。」
「…なるほど。ところで、それはどういう祭りなんだい?」
「まぁ、まだ調べきれてないので詳しくは解らないんですが、大まかに言うと“時間”に関する祭りらしいです。」
「“時間”?」
「ええ。祭が開催される町では昔から時間を司る神様を信仰していて数年に一度、その神様に感謝と祝福をするために行われたのが時遊祭の始まりだそうです。」
「ある種の酬恩祭みたいなものか。」
「そうですね。でも、最近はその祭で開催される品評会が話題で、世界中の時計技師達が己の持てる技術を駆使して作られた時計が集まるそうですよ。」
「ほう…それは興味深いな。時計はピンきりだからな。日常生活で使う物なら手軽に買えるが、高級品となると家一軒買える物もあるからな。」
「そこまで行くと、もはや芸術品ですよね。」
「ああ。」
編集長は頷いたが、一旦考え込む。
「…ん?ということは、君が追っている例の彼は来るのかね?」
「いや、今のところ情報は無いです。まぁ、来ないと思いますが。」
「そうかね?まぁいい…邪魔をしてしまったな、ジェシカ。」
「いえ。」
「じゃあ、引き続き頑張ってくれたまえ。私はこれで失礼させてもらうよ。」
「はい。お疲れ様でした。」
編集長はそういうと資料室をあとにした。
「さてと、次はタイムマシン理論について調べないと。」
そしてジェシカは資料探しを再開した。
―時遊祭開催まで、あと??日―
ある地方にある小さな町。時遊祭が開催されるこの町で、影が蠢いていた。
町の中心部にある建物の中に置時計が大量に置かれた一室があった。その一室である置時計の前にローブで身を包んだ男が立っていた。
「ようやく、完成した…」
男がそう呟くと、時計に手を伸ばし薇を巻く。
「これで私は…」
部屋の中は無数の時計が進めている秒針の音で響き渡る。
―時遊祭開催まで、あと10日―
この日、レヴィスは自分の店で腕時計の作成に勤しんでいた。
「ふぅ…」
レヴィスは一息つく。すると、店のドアが開く。
「おはようございます。」
店先で配達の青少年が立っていた。
「レヴィスさん宛に荷物が届いてます。」
「ああ、どうも。」
「この紙にサインもらっていいですか?」
レヴィスは青少年から受領証明の紙を受け取ると、すぐさま署名をして青少年に紙を返した。
「ありがとうございます。」
「いやいや、こちらこそいつもありがとう。」
青少年は軽く会釈をして店を後にした。レヴィスはそれを見送ると受け取った小包を抱えたまま店の中に入った。
「さてと…」
レヴィスは小包を作業台の上に置き、開封した。すると、中には木箱と緩衝材が入っていた。
「ふむ。とりあえず、あと2、3本ぐらい完成させればそれなりの本数になるし、準備は整うか。これなら十分間に合いそうだ。」
レヴィスは一旦小包を別の場所に置き、作業を再開した。
―時遊祭開催まで、あと7日―
この日、時遊祭が開催される町では、祭の準備が行われていた。時の神のオブジェが置かれた祭壇や時計の品評会の会場の作成が営々と進められていた。
そんな中、町の中心部より少し下側にあるドーム状のホールでは祭の時に開催されるイベントのリハーサルが行われていた。
真ん中の舞台で女性が歌を歌っている。
「♪~」
すると、突然女性は歌うのを止めた。
「…はぁ。」
女性はため息をつくと、舞台の上から降りた。
「…大丈夫ですか?アーニャさん。」
イベントの運営スタッフが心配そうに声をかける。
「ええ、大丈夫よ。それよりごめんなさい、途中で止めてしまって。」
「いえ、気になさらないでください。」
「…今日はもう終わりにするわ。」
「わかりました。では、また明日にしましょう。」
「ええ。また明日。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」
アーニャは荷物をまとめると、ホールを後にした。
(私に、姉の代わりができるのだろか…)
実は前回の時遊祭でのイベントで歌っていたのはアーニャの姉であるサーリャだった。本来なら今回もサーリャが担当する事となっていたのだが、彼女は不慮の事故で亡くなっていた。そして、妹であるアーニャに白羽の矢がたったのである。
(何故か、不安に感じる。後一週間で仕上げられるかというのもあるけど、何か別の…胸騒ぎがする。)
アーニャは空を仰いだ。
(姉さん…)
祭の開催まで、刻一刻と近づいていった。
―時遊祭開催まで、あと3日―
この日、レヴィスは自分の店の前に立ち、何やら紙を広げる。
~都合によりしばらくお休みさせていただきます。申し訳ございません。~
ドアの真ん中にそう書かれた紙が貼られた。
「これで良しっと。」
するとそこに少女が歩み寄る。
「…ただいま。」
少女の名はニノン。訳あって、レヴィスの家に居候している。
「やぁ、ニノン嬢。おかえりなさい。」
「何をしているの?」
「明日からしばらく不在になるからな。お休みのお知らせを貼っていたところだ。」
「お休み?」
「ああ。…そういえば、まだニノン嬢には言ってなかったか。」
「?」
ニノンは首をかしげた。
「明日から祭に行く。もちろん君にも一緒に来てもらうよ。」
「祭…」
「ああ。こういうのも社会勉強だ。」
「…わかった。」
「よし、それじゃあ、荷造りを始めようか。」
ニノンは静かに頷く。そして、レヴィスと共に店の中へと入り、時遊祭に行く為の準備をして、翌日に祭の会場へと飛び立って行くのであった。
―時遊祭開催まで、あと2日―
とある国の都市のアパートメントにアグリフという青年が住んでいた。
アグリフの職業は“クーリエ”といわれる芸術品を専門に扱う運び屋である。
この日、アグリフは大きな仕事を終え、しばらく休暇となっており自宅でくつろいでいた。すると、突然電話が鳴り出す。
「なんだ?もう仕事の斡旋か?」
アグリフはソファーから立ち上がり電話機の前へと歩み寄り、受話器を手に持つ。
「もしもし。クローリーですが。」
「よぉ、アグリフ!」
「ん?この声はスヴェンか。」
「おう。久しぶりだな。元気してた?」
「ああ。それで、突然電話してきてどうしたんだ?」
「いや、お前に頼みたい事があってよ。」
「頼み事?」
「ああ。ところで、こらから仕事に行くのか?」
「いや、しばらく休暇さ。」
「それじゃ、今から俺の所に来てくれないか?会って直接頼みたいからよ。」
「構わないぜ。」
「悪いな。それじゃ、店で待ってるぜ。」
「ああ。また後でな。」
アグリフは電話を終えると、受話器を元の位置に戻した。
「さて…行くか。」
アグリフはアパートを後にし、街の方へと出掛けて行った。ほどなくして、アーケード街にたどり着いたが、真っ直ぐスヴェンのいる店へと向かわず、パン屋に立ち寄っていた。
「ありがとうございました~」
アグリフはバゲットを一本購入し、それを抱えパン屋から出てきた。
「とりあえず食糧は手に入ったか。…おっと、そろそろ向かわないと。」
アグリフはアーケード街の外れの方へと足を運ぶ。そして、スヴェンの店の前にたどり着く。
「久々に来たな…」
アグリフはドアを開けて店の中へと入る。すると…中は時計店であった。アンティークや有名なブランドの時計をはじめ、日用品として使う安価な時計も取り扱っている。そして、カウンターには男が立っていた。この男がスヴェンである
「スヴェン、来てやったぞ。」
「お、アグリフ。待ってたぜ。…って、それ飯か?」
スヴェンはアグリフが持っていたバゲットを指差す。
「まぁな。それで、頼みってなんだ?」
「とりあえず、そこに座ってくれ。」
「ああ。」
アグリフは店の隅のほうにおいてある、スヴェンと来客が商談の時に使用するテーブルの所に座った。
「ちょっと待っててくれ。」
そう言うと、スヴェンは店の奥へと行き、箱のような物を持って戻ってくる。
「なんだそれ?」
「これがお前さんに頼みたい事だよ。」
スヴェンは持ってきた物をテーブルの上に置き、アグリフの正面になるように椅子に座る。
「さて本題に入るが、今日お前さんに来てもらったのは他でもない。こいつをある場所へと運んで欲しいんだ。」
「それは仕事としてか?」
「いや、一友人としての頼みとしてだよ。」
「そうか。それで、ある場所って何処だ?」
「なぁ、アグリフ。時遊祭って知ってるか?」
「ああ。実際行ったことは無いが話には聞いたことがあるな。確かクロノスだかカイロスを祀るっていう行事だろ?」
「そう。そんで、お前さんにこいつを祭の会場へと運んで欲しいって訳だ。」
スヴェンは物の上に手を添える。
「そういえば、時計の品評会をやるってのも聞いたことがあるな。ってことはそれはお前の作品なのか。」
「ああ。」
「だったら、自分で行った方がいいんじゃないのか?」
「いやぁ、そうしたいのは山々なんだが、どうしても断れない仕事が入っちまって。」
「なるほど。それで、俺に頼みたいって事か。」
「そゆこと。」
「仕方ない、引き受けるよ。」
「悪いな。」
「まぁいいさ。俺も時遊祭ってのが、どんなのか気にはなるからな。それより、お前の作品を見せてくれないか?状態確認も兼ねてな。」
「ああ。見たらびっくりするぜ。」
スヴェンは箱を開けて、中に入ったいた置時計をだす。すると、それはたくさんの宝石をちりばめられていた。
「これが今回の作品さ。」
しかし、あまりに宝石が派手すぎて若干ごてごてな感じになってしまっている。
(う~ん。今時の時計はこんなのが良いのか?)
アグリフは顔をひきつる。
「な、すげぇだろ?」
「え?あ、ああ、まぁ…うん。良いんじゃないか?」
「俺の知恵と技術の集大成って言っても過言じゃないぜ。」
「そうか。ところで…」
アグリフは無理矢理話題を変えようとした。
「時遊祭っていつから開催されるんだ?」
「明後日。」
「…は?」
「だから2日後だって。あ、でも作品の提出期限は明日の夕方までだったな。」
「バッカお前!そういうの早く言えよ!!今すぐ出なきゃ間に合わねぇだろ!!!」
「いやぁ、すまんすまん。」
「あのなぁ…」
アグリフはため息をついた。
「あらかじめ断っておくが、最低限の道具は持っていくが、精密機械はそこまで専門じゃないからな。もし壊れても責任は取らないからな。」
「もちろん構わないぜ。」
「よし。では行ってくる。」
ライナスは立ち上がり、速やかにスヴェンの作品を箱の中にしまい、箱を持って直ぐにスヴェンの店を出た。
「流石に悪いことしちまったかな?」
スヴェンはバチが悪そうな顔で呟いた。すると、アグリフが店に戻って来た。
「どうした?忘れ物か?」
「いや…これ、食べる暇ないから食べといてくれ。」
アグリフはバゲットをテーブルの上に置いた。
「お、おう。」
「じゃあな。」
アグリフは再びスヴェンの店を後にした。
「やっぱり、悪いことしたな。」
そして、それぞれの者達がそれぞれの思いを抱き祭の会場へと集まるのであった。
―時遊祭前日―
ここは時遊祭が開催される小さな町。普段は落ち着いた雰囲気だが、この日は祭の前日とあって賑やかになっていた。特に町の出入り口となる駅では出迎えの横断幕や、祭に関する物が並べられ歓迎ムードとなっていた。
そして午後2時頃、その駅にある列車が駅に着いた。列車が停止すると扉が開き、中からわらわらと大勢の人が降りてきた。すると、最後の方に降りてきた客の中に箱を持っているアグリフの姿があった。
(この時間なら、なんとか間に合いそうだ。)
アグリフは直ぐに品評会の会場へと足を運び、会場に着くと早々に作品の手続きをするために受付にいた係員の人に声をかける。
「すみません。作者の代理で作品を提出したいのですが。」
「かしこまりました。では、こちらの紙に作品様の情報と今日、作品を持ってこられた方のお名前と連絡先の記入をお願いいたします。」
係員はアグリフに紙を差し出す。
「どうも。」
アグリフは紙を受けると、受付の台の上にあるペンを手に取り、係員に訪ねる
「これ、借りてもいいですか?」
「ええ、どうぞお使いください。」
「ありがとうございます。」
アグリフは紙に必要事項を記入していく。
「これでいいですか?」
アグリフは記入をした紙を係員に渡す。
「確認させていただきます。」
係員は紙を確認した。
「はい。大丈夫です。では、提出の手続きはこれで終了になりますので、こちらの作品は当方でお預かりいたします。」
「お願いします。」
「それでは、ありがとうございました。」
係員は頭を深々と下げる。
「いえ、こちらこそ。」
つられてライナスも頭を下げる。そして、ライナスは頭を上げると会場を後にした。
「さて、とりあえず一段落したことだし、奴に連絡入れておくか。」
アグリフは辺りを見回す。
「あったあった。」
すると、公衆電話を見つけ、スヴェンに電話をかける。
「もしもし?」
「おう、スヴェン。俺だ。作品の方は無事に提出できたぜ。」
「そうか。すまなかったな急がせて。」
「まったくだ。」
「今度からは気をつけるよ。」
「今度ってお前…また俺に行かせるなのかよ?」
「まぁ、俺が行けなかったらな。」
「あのなぁ…」
「はっはっ。冗談だよ冗談。俺も時計職人の端くれだ。今回は祭に行けなくて残念と思っているし、次こそは俺が行きたいと思っているさ。」
「そうか。」
「それで?これからどうするんだアグリフ?」
「とりあえず、今日はもう宿に行って休む事にする。慌ただしかったから少し疲れた。」
「前夜祭には行かないのか?」
「あぁ。まぁそれも考えたが、基本的に決起会みたいなもんだろ?地元の人とか運営関係者とか記者の連中だけで十分だろ。」
「なるほど。」
「さて、じゃあ電話切るぜ。また何かあったら電話する。」
「あぁ。またな。」
「おう。」
アグリフは電話を終えて宿を探しに行ったのであった。
一方で、あるホテルの一室にジェシカの姿があった。彼女は現在、雑誌に載せるための記事をまとめていた。
~時遊祭とは?~
ある地方の村では時間を司る神を信仰していた。
その昔、村に災害が起きた際に時間を司る神により、災害が起きたのを目の当たりにした村人を災害が起きる前の過去に連れて行った事により、事前に避難することができたので災害の被害を最小限にできた。この出来事により、村人たちは時を司る神々に感謝の気持ちを抱くようになり、感謝祭として行われたのが時遊祭の始まりとされている。
他にも色々諸説があるが、一番有名な話しとしては上記の内容が有力とされている。
祭は最初の内は祭壇に供物を置き、感謝の辞を述べるだけの質素なものであったが、回数を重ねて行くごとに規模が大きくなっていき、今では町全体を巻き込む大きな催事となり。今では町の観光資源となっている。
例えば、時間の研究をしている人々が集まってタイムマシンについて討論したり、全国の時計技師が己の持てる技術を駆使し作りあげた時計の品評会等が開催される。そして、各部門で優秀な賞を与えられると、その界隈で瞬く間に名を広げ一躍有名人となれると言われている。
もちろん。専門性の強い催しだけではなく、一般の客も楽しめる内容もたくさんある。中央アリーナでは様々なショーなどの出し物が行われており。町の至るところでは露店などが出ている。中でも注目されるのはグルメゾーンである。祭の日は町の料理人達が集まり、そこでその日限定で創作料理などが振る舞われる。
「とりあえずこんなもんかな。見直しと訂正は後回しにしてっと…」
ジェシカは時計を見る。
「おっと。そろそろ時間だね。」
ジェシカは立ち上がり部屋の角に置いてあるスーツケースの方へと歩み寄った。そして、スーツケースでしゃがむと、中からカメラとショルダーバッグを取り出すとそれぞれ首や肩にさげた。そして、ショルダーバッグから“press”と書かれた腕章を左の二の腕の辺りに付ける。
「さて、前夜祭に行きますか。」
そして、ジェシカはホテルを後にした。
場所は変わって、ここは町の中にあるカフェ。そこにレヴィスとニノンの姿があった。レヴィスはエスプレッソを飲んでおり、ニノンはパンケーキを食べていた。
「旨いか?ニノン嬢。」
レヴィスが問うと、ニノンは静かに頷く。
「そうか。」
レヴィスは腕時計を見る。
「それが食べ終わったら、会場の方に向かうぞ。そろそろ前夜祭の時間だ。」
「ん。」
ニノンの返事を聞くと、レヴィスはデミタスカップを手に取って口元へと運び、エスプレッソを飲んだ。
数分後、ニノンはパンケーキをすべて食べ終えた。
「ごちそうさま。」
「行こうか。」
レヴィスが席を立つと、続けてニノンも立ち上がりカフェを後にした。そして、前夜祭が行われる広場へと向かった。広場に着くと、コンパニオンの女性がレヴィス達に近づいてくる。
「前夜祭の参加者ですか?」
「ええ。」
「よろしければ、いかがですか?」
コンパニオンはレヴィスに砂時計の形を模したゴブレットを渡す。中にはお酒が入っていた。
「町長の挨拶の後に乾杯がございますので。よろしければご一緒に。」
「あぁ、なるほど。そういう事でしたか。ならば、遠慮なく頂戴いたします。」
レヴィスはゴブレットを受けとると軽く会釈する。
「こちらのお嬢さんも。」
ニノンにはオレンジジュースの入ったゴブレットを渡され、それを受け取った。
「…ありがとう。」
「いえいえ。…それでは前夜祭を楽しんでいってくださいね。」
コンパニオンはその場を去る。
「それじゃ、もう少しステージの近い場所経行こうか。」
「あ、あのすみません!」
「?」
レヴィスは突然後ろから声をかけられたので振り返る。すると、そこにはジェシカが立っていた。
「何ですか?」
「突然で申し訳ないんですけど、インタビューよろしいですか?」
「構いませんが、一体何の?」
「おっと、申し遅れました。私、『芸遊通信』という雑誌の記者をしています。ジェシカ・パガニーニと申します。今回は時遊祭の特集を組むことになりまして、祭に来ている人にインタビューをしているのです。」
「そうですか。私で良ければ喜んで引き受けます。」
「ありがとうございます。では早速なのですが、時遊祭に来たのは今回が初めてですか?」
「いや、今回は二度目です。まぁ、この娘は初めてなんですけどね。」
「なるほど。何か目当てがあっていらしたのでしょうか?」
「私も時計技師の端くれでして。露店で自分の時計を販売することが目的です。」
「それでは明日から店を出される訳ですね。」
「ええ。よろしければ露店へいらしてください。お安くしますよ。」
「そうですね。取材であちこち行ってるので、見かけた時は是非寄らせていただきます。」
「お待ちしていますよ。」
「さて、最後に写真を一枚撮らせてもらって良いですか?」
「いいですよ。」
「お嬢さんもご一緒に。」
「え?」
「さぁ、おいで。」
ニノンはレヴィスの方へ近寄る。それを確認するとジェシカはカメラを構える。
「はい。笑顔でお願いしますね~。」
ジェシカかそう言うと、ニノンは少し困惑した顔になる。
「それじゃ、撮ります。」
ジェシカはシャッターを切った。
「はい。OKです。お時間取らせてしまって申し訳ございませんでした。」
「いえ。それでは失礼させていただきますね。」
レヴィスとニノンはその場を後にし、ステージの近くへと向かった。
「ありがとうございました!」
ジェシカしかは頭を下げた。そして、頭を上げ彼等を見送るとジェシカ呟いた。
「変わった兄妹…いや、親子なのかしら?…まぁいいか、次の人は誰にしようかな?」
ジェシカはインタビューを再開させる。
それから十分前後経つと、広場周辺がざわつき始める。そして、アナウンスが流れる。
「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。これより、時遊祭前夜祭を開催いたします。まずは町長のモルドより、ご挨拶をさせていただきます。」
ステージに初老の男性が上がると、広場にいる人々は視線を男性の方へ集めた。そして、男性はマイクを手に持ち話し始める。
「えー、こんばんは。私はこの町の町長及び時遊祭実行委員をしておりますモルドと申します。今回の祭も町民を始め、関係者及び町外からの沢山の参加される方々の協力の元、無事に開催することができるようになりました。この場を借りて町の代表者として感謝を申し上げます。」
モルド町長は頭を下げる。そして、頭を上げると話を続ける。
「さて、堅苦しい挨拶は明日の開会式で話すとして、簡単ではありますが挨拶はこの辺で終わりらせていただきます。それではみなさま、どうぞ祭を楽しんでいってください。」
町長の挨拶が終わると、大きな拍手が起きた。
「ありがとうございました。それでは引き続き町長より、乾杯の音頭をいただきたいと思います。みなさま、どうぞゴブレットをお手に取ってください。」
「挨拶に引き続き恐縮ですが、私が乾杯の音頭をさせていただきます。まぁ、本番は明日からなので、どなたも節度を持って今宵を楽しく過ごしてもらいたいと思います。まぁ、羽目を外し過ぎで二日酔いになっても困りますので。」
町長は一旦咳払いをする。
「さて、前置きはこれぐらいにして…」
町長はゴブレットを持ち上げる。それに合わせ、広場にいる全員も同じくゴブレットを持ち上げた。
「それでは、祭の成功を祈って…乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
乾杯の声に合わせ全員がゴブレットを天に向けて突き上げる。そして、その様子をジェシカはしっかりカメラで捉えていた。
「うん、楽しくなりそうだね。この祭の取材を選んでよかったかも。」
ジェシカはしみじみ思う。
そして程なくすると、再びアナウンスが流れる。
「みなさまお楽しんでいただけてますでしょうか?これより、ちょっとした出し物をさせていただきます。」
すると突然、辺りの照明が切れて広場は夕闇の中に包まれる。
「どうしたの?」
ニノンはレヴィスを見上げて問う。
「何、ちょっとしたパフォーマンスだ。心配することは無い、ニノン嬢。」
「それでは、まず初めに我が町の歌姫であるアーニャ·キリアムによる独奏をお聴きください。」
アナウンスがそう言うと、ステージの方にスポットライトがあたる。すると、ステージの中心にはきらびやかな姿のアーニャが立っていた。そして、アーニャはひと呼吸すると歌い出す。
「♪〜」
人々はアーニャの歌声に魅了されていた。そんな中、レヴィスは違和感を感じていた。
(あれ?この歌声、何処かで聴いたことがあるような…)
しかし、レヴィスはそれを何処で聴いたのかすぐには思い出せなかった。だが、レヴィスも次第に魅了されていく。歌が終わると、アーニャは頭を下げてステージから去っていき、次のパフォーマーがステージの上へ上がっていく。
「ふぅ…」
アーニャはステージの裏で安堵の息をつく。
「お疲れ様でした。アーニャさん。」
ステージの裏で待っていたスタッフが声をかける。
「どうぞ。」
スタッフは水の入ったコップを差し出す。
「ありがとう。」
アーニャはコップを受け取るとすぐに水を飲み干す。
「ここまで仕上がっていれば、明日の本番も問題無さそうですね。」
「そうね。」
「でも、心配しましたよ。直前になって、調子が悪そうに見えましたから。」
アーニャは少し神妙な顔になる。
「少し、姉さんの事を考えちゃって…」
「あ…」
スタッフは何かを察したのか少し動揺した。
「でも、もう吹っ切れたから。」
「…。」
「さて、次のパフォーマーの妨げになっちゃうから、さっさと行きましょ。」
アーニャはステージ裏を後にしようとした。すると、スタッフは突然声を上げる。
「あの!」
アーニャは立ち止まり、スタッフの方へ振り返る。
「どうしたの?」
「…上手くは言えないんですけど、アーニャさんならきっと大丈夫ですよ。」
真剣な眼差しで話すスタッフを見て、アーニャは微笑みながら呟く。
「…ありがとう。」
アーニャは再び振り返ると、ステージ裏を後にした。その後も、前夜祭は盛り上がっていくのであった。
一方その頃、アグリフはホテルの一室で読書をしていた。
「はぁ…」
ライナスは読んでいた本を閉じて、机の上に置く。
「やはり、時計の世界は深いな。」
すると、不意に腹の虫がなる。
「そういや、夕飯まだだったな。」
アグリフは時計を見ると、時計の針は8時50分を指していた。
「ちょうど、前夜祭が終わるか終わらないかって頃か。混んでしまう前に店に入れると良いが…もっともやっている店があるかはわからんがな。」
アグリフはホテルを後にして町へとくり出し、あちこち見ながら店を探す。
「おっ。」
OPENと札が吊るされている店を見つける。
「ここにするか。」
店に入ると中はダイニングバーとなっていた。
「いらっしゃい。」
カウンターには店のマスターらしき体格の良い男性が立っている。
「一人なんですけど、大丈夫すか?」
「ええ。カウンター席にどうぞ。」
「あざっす。」
アグリフはカウンター席に腰を降ろした。
「さて、何にします?」
「とりあえず、腹が減っているので何か食べ物をお願いしたいんですけど。」
「そしたら、パスタなんてどうです?」
「おっ!いいッスねぇ。」
「味付けはこちらで勝手にしていいですか?」
「ええ。マスターにおまかせします。」
「かしこまりました。ではお待ちください。」
マスターはカウンター内にあるキッチンへ移り、鍋に火をかけて調理を始める。
そして、10分後…
「お待ちどうさま。」
マスターは出来立てのパスタをアグリフの目の前に置いた。
「この町はオリーブが特産品でな。そのオリーブオイルをたっぷり使ってペペロンチーノを作ってみたぞ。さぁ、熱々のうちに食べてくれ。」
「美味しそうだ。では、いただきます。」
アグリフはすぐさまフォークを手に取るとパスタを絡み取り、口の中へと頬張る。
「うん。美味い!」
「そりゃ、よかった。」
アグリフはものの数分でパスタを平らげた。
「ごちそうさま。いやぁ、ようやく落ち着いたな。」
「何か飲むかい?」
「ん?そうッスね。じゃあ、ジントニックをお願いしていいッスか?」
「はいよ。」
マスターは氷の入ったグラスに酒を注ぎ、炭酸水で割ると、軽く混ぜて最後に柑橘系の果物をスライスしたものを乗せた。
「お待ちどうさま。」
アグリフの前にカクテルが置かれた。
「どうも。」
アグリフはグラスを手に持って、カクテルを飲む。
「そういえば、お客さんは前夜祭に行かなかったのかい?」
「ええ。行こうかなとは考えたんですけど、この町に来る前に色々ごたつきがあったもんだから疲れてしまいまして。」
「なるほど。」
そんな話していると、ぞろぞろと人が店の中に入ってきた。
「マスター!ビール頂戴!」
「こっちもたのむ!」
「はーい、少々お待ちを。」
テーブル席の方はすぐに満席になってしまった。
「噂をすればなんとやらってやつかね。彼らは前夜祭が終わって来たみたいだ。悪いねお客さん、しばらくあっちの対応をしなきゃならないようだ。」
「大丈夫ですよ。あとはチビチビ飲んでますんで気にしないでください。」
マスターはテーブル席へ接客に行った。
「大変そうだな。」
アグリフはその様子を見ながらカクテルを飲んでる。すると、新たに客が入ってきた。
「いらっしゃいませ。今はテーブル席がいっぱいなんで、カウンター席にどうぞ。」
「はーい。」
客はカウンター席に近づく。
「あれ?アグリフさん!?」
「ん?」
急に名前を呼ばれ反応したアグリフは、声のした方へ向いた。すると、そこにはジェシカの姿があった。そして、アグリフは口に含んでいたカクテルを吹き出し、むせ込んだ。
「ゲホッゲホッ!な、なんでゴシップ女がいやがんだ!」
「なんでって、それはこっちの台詞ですよ!」
この二人、実は顔見知りであった。過去にジェシカがアグリフを取材…もとい、勝手に特集を作り有る事無い事色々雑誌に書いた事により、後にアグリフがエライ目にあうという因縁があった。
「仕事か何かですか?」
「仕事というより、知り合いの頼みでな。…ってゆーか、知っててここに来たんじゃねぇのか?」
「いや、流石に全部は把握してませんよ。」
「まぁ、そりゃそうか。知ってたら、ストーカーで訴えてやるわ。」
「ストーカーって…あの、まだ根に持ってるんですか?」
「おうよ。」
「…。」
「…で、お前は祭りの取材か?」
「ええ。」
「そうか。」
アグリフは立ち上がり、カウンターの上にお金を置く。
「悪い、マスター。これで勘定お願いします。お釣りはいらないんで。まぁ、万が一足りなかったら、この女に請求してください。」
「え、ちょ…」
「悪いが、今回はあくまで仕事抜きなんでな。お前さんを見てると、否が応でも仕事を思い出しちまう。じゃあな。」
「何よそれ…」
店を後にしたアグリフは、酔いを醒ましがてら町の中をぶらつくことにした。
「はぁ…にしても、世間が狭いな。まさか、この地方の小さい町で顔見知りに合うとはな…」
わかり易いほどに愚痴をこぼす。
「ん?」
アグリフは咄嗟に建物の影に身を隠した。
「なんだ?」
アグリフはそっと物陰から覗き込む。すると、視線の先には祭りには似つかわしくない怪しい男がいた。
「…。」
一旦、黙ってその場の様子を伺うことにした。しばらくすると、別の男が現れ、怪しい男に声をかけると何やら話し合っており、話が終わるとその場を後にした。
「なんか、きな臭い感じだな…」
そう呟くと、男達の後を追う。しばらく追跡を続けていると、見覚えのある場所へと辿り着いた。
「ん?ここって確か…」
そこは、アグリフがこの町に着いて時、一番最初に訪れた品評会の作品を提出した会場だった。
「なるほど。っていう事は…」
すぐに建物の裏口の方に回った。すると、裏口の前で警備員が倒れていた。
「やっぱりか。」
アグリフは倒れた警備員に歩み寄り、体を揺さぶった。
「おい!大丈夫か!何があったんだ!?」
しかし、警備員は気を失っているため返事が無い。
「ダメか…」
警備員を倒したままにして、裏口の方を見る。
「さて、警察を呼ぶか…って言いたいが、その間に逃げられちまう可能性があるな…」
頭を軽く掻いた。
「だから、今日は仕事で来たわけじゃないんだがなぁ…」
アグリフは下を向いてため息をつき、再び裏口の方を見る。
「…仕方がない。なんとかするか。」
そして、思いっきり裏口の扉を開け、身構える。
(ここでの待ち伏せは無しか…)
扉の付近に誰もいない事を確認すると、息を潜めて建物の中へと入り、奥へと進んでいく。
(とりあえず、目指すは品評会の作品が置いてある場所か…)
しばらく中を進むと、ある部屋の扉の前で警備員では無い男が立っていた。
(あの部屋か…)
アグリフはそっと男に近づく。ある程度近づくと気づかれてしまう。
「何だてめぇ!?」
「いやぁ、ただの通りすがりですよ。」
と、言った次の瞬間に、アグリフは一気に男との間合いを詰めて、的確に男の顎へと左フックを決める。
「がっ!」
男は気絶し、その場で倒れた。
「ただの通りすがりの美神の用心棒さ。さて…」
アグリフは扉の方を向く。
「問題はこの中だな。」
少し扉を開け、中の様子を伺う。すると、中では品評会の作品を次々大きな袋へ詰めている男が数人いた。
(やはり、盗みが目的だったか。それで、1人…2人…3人…目視できるだけで3人か。)
アグリフは一旦扉を閉めた。
(さて、どうしたものか。奥に人がいるかどうか確認できなかったからな。5、6人くらいならなんとかいなせそうだが、それ以上となるとキツいな。…まぁ、考えたところで仕方ないか。)
扉を開けて中に入った。すると、扉の付近に居た男が何かに気がつく。
「ん?」
「どうした?」
「今、なんか扉が開いたような。」
「何を言ってる。ボサっとしてる暇があるならさっさと袋に物を詰めろ。」
「ああ…」
男は作業に戻った。すると、アグリフのに扉の付近に居た男に近づき、後ろから肩を軽く2回叩く。
「ん?」
男が振り向いた瞬間に顔面に一発かました。
「ぎゃあっ!」
男は扉の付近に居た男はものの見事に倒れる。
「何だ!?」
「いやぁ、まさか品評会の作品を盗むとは…でも、考えようによっては良いのかもしれんな。中には本物の宝石使われたり、まだ未発表のものすごい技術が使われたりするからな。運が良ければ、億万長者になれるからな。」
「なんだてめぇ?警察か!?」
「いや違うぜ。」
「じゃあ誰だ!?」
「あのさ、こんな祭の前日にコソコソと盗みを働く不届き者に、誰だと聞かれて丁寧答えると思ってんの?」
「ふざけやがって…」
男たちは懐からバタフライナイフを取り出し構えてきた。
(それぐらいは持っているか…まぁ、拳銃じゃなくてよかったか。)
「ただで帰れると思うなよ!」
すると、男が襲ってきた。ナイフで切りつけて来たが、アグリフは難なく躱した。
「トロいな。」
そして、即座にナイフを持っている手の手首と腕を掴むと同時に足払いをし、男の身体を浮かせると、地面に叩きつけた。男は白目を向いて泡を吹いている。
「さて、最後に残ったあんたが主犯格っぽいが、まだやるかい?今なら、大人しく作品を置いて何処かにいってくれれば、見逃さない事もないが。」
「断る。ここまで来て、おめおめと帰る訳にはいかないんでな。」
「諦めが悪いねぇ…」
すると、男はニヤけた。アグリフの死角に別の仲間がいた。男の仲間は、勢いをつけて飛び出し、アグリフにナイフを突き刺そうとした。
「もらった!」
アグリフは足音に気づき、すぐさま振り返ったが、すでに躱す間が無かった。
「チィッ!」
次の瞬間、“キン”と甲高い金属同士がぶつかる音が鳴り響いた。音が鳴った数秒後、アグリフから1m強ほど離れた所にナイフが落ちる。
「なっ!」
男は何が起きたのかすぐには理解ができず、動揺を隠せていなかった。
「ふぅ、危ねぇ…」
アグリフは長さ45cmくらいの鉄パイプの様な棒を右手にもっていた。どうやら、この棒を警棒みたいな使い方をしてらナイフを弾き飛ばしたようだ。そして、棒をバトンの様に回しながらアグリフは喋る。
「まったく、こんな狭い所では本来の得物を振り回せないのだが、お前らにはこれで充分だ。」
そして、アグリフは棒を回すの止めた。
「それで、まだやるの?」
「…おい!ボサっとしてんじゃねぇ!」
「あ…」
主犯格の男が怒鳴ると、動揺していた男は急いでナイフを拾おうとした。しかし、アグリフは先回りして、ナイフを拾おうとした所に思い切り蹴りを入れた。
「ぐはっ!」
「一丁あがり。さて、これで本当にあんた一人だけになったが、覚悟はできてんだろうな?」
「うるせぇ!」
主犯格の男はキレて、ナイフでアグリフに襲いかかる。
「おっと!」
主犯格の男の攻撃は、他の男たちに比べると、段違いに早く的確だったため、アグリフは紙一重で躱すのが精一杯だった。そして、顔にナイフがかすり、傷ができた。
「やるねぇ…」
アグリフは傷を指でなぞる。少し苦笑いする。
「ここまで俺たちをコケにしやがったんだ。それ相応の代価は払ってもらうぜ。」
「やれるもんならやってみな。」
「ほざけ!」
そして再び、主犯格の男が襲いかかってくる。対しアグリフは棒を左手に持ち替え、主犯格の男に向かっていく。
「馬鹿め!」
主犯格の男はアグリフが間合いに入ってくると、ナイフを思い切り振り下ろしてきた。
「甘いねぇ…」
アグリフはナイフを左手に持っていた棒で制した。
「何!」
スキができたので、アグリフはすかさずボディーブローを入れた。
「オラァ!」
「ぐおぉぉ!」
ボディーブローがきれいに入ったため、主犯格の男は、みぞおちの辺りを手で抑えて前のめりになる。そして、アグリフはそこにとどめを刺す様に男の顔面にニーキックをかました。
「がっ…!」
男は派手に倒れた。
「ふぅ…終わったな。」
アグリフは今一度、辺りを見渡した。確認できる範囲では、盗人たち全員を抑える事ができた。
「さて、とりあえずこいつ等を縛り上げたら、警備員が復活するまで、俺が見ておいてやるか…」
アグリフは倒れた男たちを一箇所に集め、捕縛することにした。
一方その頃。
レヴィスたちは前夜祭が終わると、すぐにホテルへともどっていた。
「…。」
バスローブに身を包んでいたニノンはホテルの部屋の窓から町を眺めていた。そこに、シャワー室から出てきたレヴィスがやってくる。
「どうしたんだ?ニノン嬢。」
ニノンは後ろを振り向く。
「別に、早く明日にならないかなって。」
「楽しみなのか?」
ニノンは頷く。
「ほう、珍しいな。あのニノン嬢が高揚しているとは。連れてきたかいがあるってものだ。まぁ、あまり昂ぶると眠れなくなるぞ。せっかくの祭なんだ、寝不足で台無しにしてしまうともったいないぞ。」
「うん。」
「さて、私はもう寝かせてもらうよ。ニノン嬢もあまり遅くならない内に寝ておきなさい。明日は朝早くから露店の準備をするから少し手伝ってもらうよ。」
「わかった。」
「頼むぞ。では、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
レヴィスはベットの中に入り込んだ。それを見送るとニノンは再び窓の外を眺める。
「…なんとなく、胸騒ぎがする。」
ニノンはそう呟いた。
やがて、夜が更けてゆき、時遊祭当日を迎えるのである。
続きは何時になるかわかりませんが、必ず書ききってみたいと思います。