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3.それは、とても楽しくて

 ――僕とミラは、宛もなく街を歩いていた。

 というのも、情けない話なのだけれど……僕はデート、という物が具体的にどういうものなのかが判らなくて。

 本来なら、男である僕がミラをエスコートすべきなんだろうけれど、どこへ行けばいいのか、どういった場所へ連れていけば良いのかがまるで判らず。


こんな事ならラビエリにそういうのを聞いておけばよかったな、なんて。

 そんな事を考えつつ――彼女と手を繋ぎながら、お互いになにか興味があるものが見つかるまでの間、一緒に街を歩くことにしたのだ。


 ただ……何と言えば良いのだろうか。

 ただ街を歩いているだけ、ただそれだけだと言うのに、何故か妙に僕の心は暖かくて。

 肌を冷たくするような風が吹いているというのに、その寒さを僕は全く感じていなかった。

 隣で歩いている彼女を見上げれば、彼女の表情はどこか、綻んでいるように見えて――……


「ん、どうかしたのか、ウィル?」

「ううん、何でもない」


 彼女と視線が合えば、どくんっ、と胸が高鳴ってしまい、僕は努めて冷静を装いながら視線を戻した。

 ……きっと、今日寒くないのはミラのお陰なのだろう。

 彼女と一緒に居るだけで心が暖かくなる。

それは、今まで共にパラディオンとして活動し――彼女と友人になった時からそうだったのだと思うのだけれど、今日は特にそれを強く感じる事が出来た。


 正直な事を言ってしまうのであれば、恵まれすぎてるな、なんて思ってしまう。

 両親が、姉さんがオラクルだというだけで恵まれているというのに、その上優秀で心強い仲間たちに囲まれ――そして今は、ミラという大事な、そして大切な人と共に居るのだ。

 ……余りにも恵まれすぎていて、少し怖くなる。

 リズは、言っていた。カイン=アラベイルが今後狙うのだとしたら、それは僕自身ではなくその周囲だろう、と。

 あの男の口走った言葉からすれば、その推測は恐らくは正しいのだろう。

 僕を不幸にするつもりであるのなら、絶望させるつもりなら、それはとてつもなく有効だ。


 ……させる、ものかよ。

 僕はミラの手を少しだけ強く握りながら、心の中で小さく呟いた。

 絶対に、それだけはさせない。ミラも、ギースも、ラビエリも、アルシエルも、リズも。

 誰一人、欠けさせはしない。

 彼らの誰も、悲しませるような事は絶対にさせないし、許さない。

 それが――それが、才能に欠けつつも彼らにリーダーとして認めてもらえた、そんな僕に出来るただ一つの恩返しなのだから。


「なあ、ウィル」

「……と、どうかしたの、ミラ?」

「ウィルは甘いものは好きか?」

「ん――」


 そんなでもないよ、と口にしようとして僕は慌てて口ごもった。

 ミラの顔を見上げれば、彼女の顔はどこかを見つめていて――彼女の視線を追えば、その先には何やら女性や子供が並んでいるで店があり。

 ……危ない、危ない。ここでそんな事を呟いたら、ミラの性格上絶対にじゃあ良い、と言って済ませてしまうだろう。

 デートなのだし、何より僕は男なのだから、そのくらいは汲めなければ。


「――そうだね、ちょっと食べてみたいかも」

「そ、そうか。では折角だから少し寄っていこう、行く宛がある訳でもないからな」


 僕の言葉に表情を明るくするミラを見れば、僕はちょっとだけ可笑しくなりながらも、妙に嬉しくなってしまった。

 そういえば、以前アルシエル達と買い物に行っていた時も甘いものを食べていたんだっけ。

 こればかりは以前の後遺症だとか、そういう事ではなく彼女自身の趣味であり嗜好なのだろう。

 ……うん、ミラは甘いものが大好きと覚えておこう。


 僕とミラは一緒に列に並べば、順番を待ち。

 何やら薄く焼いた卵に甘いものを巻いて食べる物のようで、僕はそういうのを買ったことはなかったのだけれど。


「やあ、姉弟かい? 何にする?」

「ぶ……っ!?」


 ――店主のその言葉に、僕は思わず吹き出してしまった。

 姉弟。いや、確かに僕とミラは身長差はあるけれども、でも姉弟って――!!


「ぷ……っ、ふふっ、ああ、では私はチョコレートと果物、それとクリームのを」

「……じゃあ、僕も同じものを」

「あいよ、クリームはちょっとおまけしとくよ!」


 ミラも可笑しそうに笑いながら、何やら頼んで……僕はメニューがよく判らなかったし、彼女と同じものなら間違いもないだろうと無難な注文をした。

 ……うう、いや、確かに傍から見れば僕とミラは年齢差があるように見えるのかも、しれない。

 何しろ僕の背丈はミラの肩くらいまでしか無いわけだし、顔立ちだって童顔だから。

 でも、僕と彼女は同い年なのに――うう、少なからずショックだ。


「はい、お待たせ!こっちは弟くんにね!」

「く、くく……っ、ああ、有難う。これは代金だ」

「え、あ、僕が払うよ」

「気にするな、ウィル。私が買いたいと言ったのだし――お姉ちゃん(・・・・・)が支払うのは当然だろう?」


 ミラにそんな事を言われてしまえば、僕は顔を赤くしてしまう。

 今日のミラは何というか、とても楽しそうで――ああ、きっと僕と同じ気持ちでいてくれているのだろうけれど。

 だからこそ、彼女の言葉はとても、とても恥ずかしかった。

 好きな女性に弟扱いされてしまうのが、こんなにも恥ずかしい事だとは……!


 僕とミラは互いに買ったものを手にすれば、近くにあったベンチに腰掛けて。

 まだ顔を熱くしているのがミラにも分かったのか、彼女は苦笑しながら僕の頭をぽんぽん、と優しくなでて、くれた。


「ふふっ、悪かった悪かった、悪乗りが過ぎたな」

「う……いや、まあ良いけどさ、もう」

「あはは、拗ねるな拗ねるな」


 そう言いながら彼女は楽しそうに笑みを零しつつ、手にしたモノに口を付けた。

 余程美味しいのか、彼女は一口食べると堪らないと言った表情で頬を緩めて。

そんなに美味しいのかな、と僕も試しにクリームがたっぷりと入ったそれを口にすれば……


……うん、甘い。すんごく、甘い。

普段甘いものを余り食べないというのも有るんだけど、これは何というか、甘さに甘さと甘味を足したような、そんな感じで。


「……ん、でも美味しいかも」

「ふふ、そうだろう」


 甘みの暴力のようなものを感じつつも、決して不味いとか気持ち悪くなるとか、そういう事はなく。

 成る程、こういうのも有るんだなーと思いつつ、クリームと果物を一緒に口にしていった。

 ミラは僕の言葉が嬉しかったのか、明るく笑みを浮かべながらどこか自慢げにしていて――そんな彼女の顔を見れば、ふとある事に気がついた。


 うん、さっきのお返しだ。今度は彼女に恥ずかしがってもらおう。


「ミラ」

「ん? どうしたんだ、ウィ――」


 ――彼女が僕の名前を呼ぶよりも早く、鼻先についたクリームを指先で掬えば、僕はぺろりとそれを舐め取って。


「夢中になるのは良いけど、ついてるよ」

「――っ」


 ふふん、と先程の意趣返しをするように笑みを浮かべながらそう口にすれば、彼女の顔は見る見る内に赤く、赤く染まっていった。

 ふふ、流石にこれは恥ずかしかったらしい。

 僕だってやられっ放しで終わるほど草食系じゃないんだよ、ミラ。


「……も、もう……顔についたのを舐めるなんて」

「僕はミラの弟じゃなくて、恋人だからね」

「~~~~……っ」


 僕の言葉に、ミラの顔は、ぼんっ!と音が聞こえそうなほどに赤くそまり。

 ……ちょっと、言い過ぎたかも知れない。これは言ってる僕自身も結構恥ずかしかった。

 顔が赤くなってしまったのを自覚しつつ、僕はそれをごまかすように手にしたそれを平らげれば、小さく息を漏らして――……






「――泥棒!!誰か、誰か捕まえて――!!」


 ……そうして、ミラが食べ終えるのを待っていると。

 そんな、パラディオンの本部があるこの街では滅多に――というか、ここに来てからは初めて聞くような、そんな言葉が耳に入った。

 視線を向ければ、誰かを追いかけるようにしている女性と、恐らくはその女性から逃げようとしているのだろう、黒い耳を生やした褐色肌の獣人族(ビースト)の男が居て。


 普段ならば、そんな馬鹿をやらかす奴は直ぐにパラディオンに取り押さえられるのだけれど、場所が災いしたのか。

 不幸な事に、そのビーストを追いかけるパラディオンは一人も居らず――ああ、いや。


「ウィル」

「うん」


 ――そのビーストにとって不幸な事に。

 偶々休暇中のパラディオンが二人ほど、この場に存在していた。

 ミラは手にしていたそれを少しだけ惜しむようにしつつも、ぺろりと平らげれば指を舐めて。

 僕はまだ少し張っている腕を軽く動かし――……


「――よし、行くぞ」

「了解、さっさと捕まえちゃおう」


 先程までの少女然とした彼女はどこへやら。

 普段の調子に戻ったミラに笑みを零しつつ、僕は彼女の言葉に頷くと――彼女に合わせるように、駆け出した。

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