2.華やいだ笑顔
――目を、奪われた。
彼女が、ミラが見慣れない格好をしていたというのもあるのだろうけれど、それ以上にその姿が美しいと、そう思ったから。
いや、別にミラが普段はそうじゃない、なんて訳じゃあない。
彼女は普段から美人だと思うし、スタイルだって良いし――ただ。
今まで見てきた彼女の姿は、勇ましい物であったり、機能性を重視したものであったりと、何というべきか、お洒落からは少し離れているように見えたから。
「ウィ、ル。き、奇遇だな」
「あ……う、うん」
彼女がどうしてそんな格好をしているのか聞こうと思ったけれど、それよりも先に彼女が話し出すと、タイミングを逃して。
……顔を赤らめているのを見る限りは、多分ミラも僕に今の姿を見られるのは不本意なんだろうとは思うのだけれど。
そう思うと、どうにもうまい言葉が出てこずに。
二人して通りの真ん中で硬直していれば、次第に周囲からも視線が集まってきて――……
「と、取り敢えず場所を移そうか。ここだと通行の邪魔になるし、さ」
「――あ……ああ!そうだな、うん」
……どうにもミラをその視線に晒しているのが嫌で、僕は彼女の手を引くと歩き始めた。
僕よりも少し大きな彼女の手を握れば、何故かミラは顔を赤くしつつも、どこか嬉しそうにして――小さく、頷いてくれて。
取り敢えずはこの場から離れて、落ち着いて話せる場所に移動したほうが良いだろう。
自分の部屋……というのも、少しだけ考えたけれど、ちょうど近場に公園が有ったから、僕はそちらへと足を運んだ。
幸いというべきか、公園は人もまばらで。
ミラも幾分か落ち着いたのか、まだ少し顔は赤いけれど平静は取り戻したようで。
僕も顔の熱が少し収まってきたのを感じれば、公園の一角に有るベンチに腰掛けた。
彼女も僕にならうように隣に腰掛ければ――少しの間、沈黙が流れる。
……なんと声をかければいいのか、判らなかった。
何故ミラがこんなお洒落をしているのかも判らなかったし、それを僕に見られて硬直していたのかも――いや、多分それは恥ずかしかった、のだとは思うのだけど。
「……そ、その、ウィル。気を使わせて済まなかったな」
「あ……う、うん。ミラも困ってるみたいだったから」
「あは、は……いや、まあ、この格好は確かに少しみっともないからな。変なものを見せてしまって、申し訳ない」
ミラの言葉に、首をひねる。
……変な、モノ? 一体何が変なものだというのだろう。
確かにミラの今の格好は見慣れないものではあるけれど、決して変ではない。
それどころかとても似合っているし――正直、綺麗だし可愛いとさえ思うのに。
「私のような女がこんな格好をしても、妙ちくりんなだけだろう? 周りも奇異の視線で見ていたものな」
「いや、それは――」
……アレは多分、日の高い時間に、通りのど真ん中で二人して立ちすくんでたからであって。
決してミラの格好がどうだとか、そういう事じゃあない。
寧ろ、ミラの姿を見て見惚れてた人だって、少なからず居た筈だ。
……少し、腹が立ってきた。
ミラは自分の才能とか、実力に関しては自信満々なくせにこういった所で妙に自己評価が低い。
アルシエルやリズの方が可愛いだとか……いや、確かにあの2人だって美人だし可愛いって思うけれど、ミラだって別に劣っている訳じゃない。
いや、僕にとっては――……
「――ミラ」
「え、あ……ウィル?」
自嘲的な笑みを浮かべながら苦笑するミラの手を、ぎゅうっと握った。
……僕の手が小さいのもあってちょっと格好つかないけれど。
でも、周りには人も少ないし、誰も聞いている様子が無いんだから、この機会にハッキリと口にしてあげたほうが良いような、そんな気がして。
「ミラは、綺麗だよ。その格好だって、似合ってる」
「――……?」
僕の言葉に、ミラはきょとんとした顔で何を言われたのか理解できない、と言った表情を浮かべた。
そのままミラは暫くの間固まって……僕は自分の言葉でミラを傷付けたのか、呆れさせたのかと内心ハラハラしていたけれど。
「……え、あ? わ、私に、言ったのか?」
「うん、そりゃあまあ。他に誰も居ないでしょ?」
「……っ、え、え……!? な、何だウィル、唐突に、そんな――お、お世辞など言われても……!!」
……呆れたことに、どうやらミラはその言葉が自分に宛てられたものだと理解できなかったらしく。
ミラの顔は見る見る内に赤く染まっていけば、僕から視線を反らしつつも、握った手をもじもじとさせながら、少し混乱した様子を見せて。
喜んでいるのか、恥ずかしがっているのか、困っているのか。
或いはその全てが入り混じったような、そんな表情を見せながら彼女は耳まで赤くしてしまい。
「う、ぅ……だ、だって、私のような、でかくて、ゴツい女が……こんな、スカート、とか……」
「似合ってるよ。それにミラは別にゴツくなんか、ない」
「そ、そんな事はない、だって私の手はウィルより大きいし――」
「……それは、僕の手が小さいだけだよ」
ちょっと言ってて悲しくなるけれど。
僕は仲間の中じゃ一番――ラビエリは種族的なものだから除くとして、比較的小柄なアルシエルより小さいし。
手の大きさだって、多分アルシエルより小さいんじゃないだろうか。
……うう、自分で考えててちょっと本気で悲しくなってきた。
「そ、それに私は、腹筋だって割れているんだぞ!? 女性らしさなんて、微塵もないじゃないか!」
「……それ、パラディオンで前衛をしてる女の人は皆そうだと思うけど?」
「……そ、それだけじゃない、私はギースの次に背が高いし」
「背が高くて手足が長いのは綺麗じゃないか。僕は少なくとも、ミラの事を女性らしくないなんて、全然思わない」
僕がそこまではっきり口にすると、ミラは顔を真っ赤に染めたまま押し黙ってしまった。
……僕も口にしてから、どんどん顔が熱くなってくる。
一体何を口走ってるんだ、僕は。いや、口にしていることは事実だ、事実なのだけれど。
こんな……ミラが如何に美人か、綺麗かを本人を前にして口にするなんて。
「ほん、とうに……そう思ってくれる、のか?」
「……う、ん」
ミラの小さな、小さな声に、僕は少し恥ずかしくなりながらも、しっかりと頷いた。
まあ、恥ずかしくとも、顔がいくら熱くなろうとも、思っている事は変わらない。
――ミラは、とても綺麗だ。
今の格好だって似合っているし、変な所なんて、全く無い。
そうやって恥ずかしがっている姿はとても女の子らしいし、女の子らしくないなんて事もない。
……勿論、そんな事を口にする度胸は、度量は僕にはありはしなかったけれど。
僕が頷いたのが嬉しかったのか、ミラは頬を緩めて――そして、僕の手を柔らかく、包むように両手で握った。
「……その、な? 実は……今日は、お前に頼みがあるんだ」
「頼み?」
ミラは僕の手を両手で柔らかく握りながら、僕の顔を上から覗き込むようにして――何故、だろう。
何故か酷く胸が高鳴って、ドキドキしてしまう。
彼女は僕の言葉に小さく頷けば、軽く深呼吸をして――……
「わ……わた、私と……その……っ」
……彼女、らしくもない。
ミラは何度も言葉をつまらせながら、僕が見ても分かるほどに恥ずかしそうにして、耳まで赤く染めていって。
しばらくそうした後に、彼女は大きく息を吸うと意を決したように、しっかりと僕と視線を合わせ。
「――わ、私とデートしろ、ウィル!!」
そして、まるで手合わせを求めるかのような口調で、はっきりと。
僕に――ウィル=オルブライトに、ミラ=カーバインとデートをしろ、と、そう彼女は口にした。
……デート。
デート、というのは……ええと、何だっけ。
いや、知識では知っている。ただ、自分とは余りにも無縁過ぎるものだったから、理解が追いついていないだけだ。
僕が。ミラと。デート。
「……~~~~っ!?」
ぼん、と音を立てて顔から火が出たかのような錯覚を、覚えた。
な、何で突然そんな事に――いや、でも、そうか。
ミラがお洒落していたのは、そういう事だからと思うと納得出来る。
そう言えば……そうだった、僕はミラの想いに答えてから、一度もそういった事をした事がなかったんだ。
パラディオンとしての任務が忙しかったのも無論ある、あるけれど――よく考えれば、彼女の想いに答えたというのに、それは余りにもあんまりだったんじゃないだろうか。
「そ、の……ダメ、か?」
「……っ」
ミラの小さな声に、僕は慌てて頭を振った。
ダメじゃない。ダメな訳がない。
僕は、手を包んでいるミラの大きな掌を軽く握り返し――……
「――デート、しよう。僕も……ミラと、そういう事したい、よ」
「……っ、そうか……ふふっ、そうか、良かった――」
はっきりと、僕からもそう口にすれば。
ミラは、とても女性らしくないなんて言えないような、華やいだ笑顔を見せてくれた。
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「くぅ、じれったいな……やらしい雰囲気にならないかな……ちょっと行ってきて良い? 風を起こしてスカートをばさーっと」
「やめんかバカたれ」
「やったら刺しますよ。こう、グサッと」
「でも……いい、ふ……ん、いき……だ、ね」
――手を握り合い、見つめ合って、互いに顔を赤く染めながら言葉を交わすウィルとミラから、少し離れた物陰に、4つの人影が有った。
ギース、ラビエリ、リズ――そして、二人の様子を見て顔を赤くしているアルシエル。
彼らは遠くから、物陰に隠れつつ2人を見守っており。
……距離があり、しかも互いの事に集中しているのもあって、2人は仲間たちに見られている事になど、まるで気付いていなかった。




