1.彼と彼女の、はじめての
――洞窟での戦いが終わり、数日。
ミラの言葉に幾ばくか救われた僕は、オーバーワークで少し痛む腕を、体を休ませながら、ぼんやりと天井を眺めていた。
あの後皆と話し合った結果、これまで通りに過ごすこと、何か異変があれば直ぐに全員に伝えること等を決めて、一先ずはそこまで。
それ以上は話し合っても詮無き事でしょう、とリズに言われれば僕らも納得して……そうして、思い思いの休暇を過ごす事になり。
「……ううん」
洞窟での害獣――黒死鳥が災害指定された事もあり、僕らには半月程の休暇が与えられたのだが。
既に数日は訓練に費やしたので、残っているのは後一週間ほどで――そう、一週間も休暇があって。
「うーん……」
――ハッキリ言ってしまうのであれば。
僕は完全に休暇を持て余していた。
今回は数回の戦闘はあったものの、特に防具や武器が壊れると言ったこともなく、カミラに修理に出したら直ぐに戻ってきてしまったし。
物資自体も十分にあるから、新しく補充する必要だって無いし。
……かと言ってギースのところに行けば酒に誘われてしまうだろうし、ラビエリの元に行ったらナンパの誘いを受けそうだし。
なら訓練を……とも思うけれど、ここ数日のオーバーワークが祟っているのもあるし――それ以上に、ミラに見つかったら何を言われるかわからない。
「……ちょっと、散歩でもするかな」
結局、何をするかも思いつかず。
僕は誰に言う訳でも無くそう呟けば、ベッドから起き上がって部屋を出た。
このまま部屋に居ても意味がないし、外を歩いていればきっと何かしらあるだろうと、そんな事を思いながら。
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「――そう言えば、ミラ」
「どうかしたのか、リズ?」
休暇中、という事もありアルシエルとリズの買い物に付き合っている最中。
唐突にリズは何かを思い出したかのように、私の方を見るとじぃっと、瞳を覗き込んできて……少しドキッとしてしまう。
エルフという事もあってリズはやはり美人で、とても女性的で。
同性から見てもドキッとしてしまう辺り、少しだけ羨ましくもあり――私は羨んでしまう自分に小さく苦笑しながら顔を反らせば、買っておいた飲み物に口を付けて。
「ウィルとはもうデートはしたのですか?」
「……ぶふっ!?」
――続くリズの言葉に、私は飲んでいたものを全て、思い切り吹き出してしまった。
今リズは何と言ったのか。私の聞き間違いでなければ、デートとか何とか言っていたような気がする、が――……
「げほっ、ごほ……っ!!」
「……はぁ。その様子では、どうやらまだのようですね」
「あ、当たり前だろう!? 何を、いきなり……っ」
思い切りむせながら、私は少し涙目になってリズのの顔を改めて見る。
一体どんな顔をしてそんな事を言ったのかと、そう思って彼女の顔を見れば――彼女はどこか呆れたような表情を、私に向けていた。
いや、待って欲しい。
呆れたいのはこちらだし、呆れられるような事など無かったはずなのだけれど。
どうして私が、そんな表情をリズから向けられなければならないのだろうか――?
「……ど……う、した……の?」
「ああ、アルシエル。いえ、実は」
何やら私の前で2人が内緒話をし始めた。
……いや、本当に待って欲しい。
私が一体何をしたというのだろうか? 突然変なことを言い出したのは、間違いなくリズの方だと言うのに。
でも。
「……それ……は……よく、な……い、よ……ね」
「アルシエルもそう思うでしょう?」
何故か、アルシエルはリズの言葉に同意すれば、私の方を見て。
頭からつま先までを、まるで値踏みするかのように視線を這わせていくと、小さく息を漏らし。
「……これ……じゃ……だ、め」
「そうですね。折角買い物に来たのですし、見繕ってしまいましょうか」
「い、いや待て。訳がわからないぞ二人共、一体何を――!?」
二人は私の体をぐいぐいと押していくと、先程アルシエルが服を買っていた店へと押し込んでいって。
い、いや本当に訳がわからない!一体何をしたいのだ、リズもアルシエルも――!?
そうして、服飾店に押し込まれた私はあれじゃないこれじゃないと、2人から服を見繕われては試着室に押し込まれていって。
「……い、一体どうしたんだ、二人共。本当に訳が判らんぞ……?」
……最終的に、普段はまず穿かない……ロング丈とは言えどスカートを穿かされ、若干ゆったりとした上着を着せられてしまえば、私は普段着ないような女性らしい服に顔を赤らめながら、2人に尋ねた。
2人は私に呆れたような視線を向けると、小さくため息を漏らすと……アルシエルはリズにお願い、といった視線を向けて。
リズは頷けば、私の眼前に立つと下から覗き込むようにしつつ、私に向けて人差し指を立てた。
「――良いですか。今は休暇中です」
「あ、ああ」
それは、解っている。
だからこうして普段はできないような買い物を、仲間であり友人でもあるリズ達と楽しんでいる訳で。
「私達パラディオンにとって、こういった休暇は非常に貴重なものです。それも判りますね?」
「当たり前だ、私だってもうパラディオンとして過ごしてそこそこ長いんだぞ」
「――ではどうして、ウィルを誘わないのですか」
「……?」
……何故、そこでウィルが出て来るのか。
私が首を傾げれば、リズは大きくため息を吐き出しつつ指先で私の鼻先を軽く押した。
「ん、ぐ」
「恋愛経験値が幼女並ですか貴女は!? 私達パラディオンは危険と隣り合わせで、こういった日々はとても貴重だと言うのに――!!」
「……こう、いう……時、こそ……デー……と、する、べき」
「え……あ、え」
……リズの言葉と、そしてアルシエルの言葉に声を失ってしまう。
デート。ウィルと、デート。
よく考えてみれば、そんな事は一度も考えたことは無かった。
任務を終えた後や、他愛のない時間にウィルと共に居られれば私は満足だったし、彼からも特に、そういった話は無かったし――……
「……い、いや、だが……ウィルには、誘われていない、し」
「だから貴女が誘うのでしょう。ミラ、良いですか? こういった物は押したもの勝ちなんです。ウィルは押しに弱いタイプと私は見ていますから」
リズだって特に彼氏がいるという話も聞かないのに、何故こうも自信満々なのか。
私は問い返そうかとも思ったけれど、彼女のまくしたてるような言葉に何も返す事が出来ず。
「――ですから、今からウィルを誘いなさい。その格好ならば、ウィルもイチコロでしょう」
「……って、こ、この格好で!? じょ、冗談だろう!?」
「んー……ん、ほん……き、だよ?」
アルシエルまでそう言うと、私の方を見ながら笑みを零す。
ああ、アルシエル。お前まで私にそんな事をしろというのか……!
「……だ……って。いき……て、る……内に……やり、たい……こと、やら……な、きゃ」
「う……」
……ただ、アルシエルの言葉は私の胸に深々と突き刺さった。
元々ウィルに告白をしたのだってそれが理由なのだから、それを言われてしまえば私はもう何も言えなくて。
ウィルと、デート。
デートと言っても、具体的にどういう物なのかはまるで浮かばないけれど――でも、それが出来たなら……そう思うだけで、顔は熱くなって、しまって。
「……ほら、行ってきなさいミラ。私達はこのまま買い物をしていますから、遠慮なく」
「だ……だが」
「いい……から。お……かね、も……たて、かえ……るから」
顔を赤くしている私を、2人は店から追い出すように背中を押して。
そうして、2人は店の中から私を見送るように手を振れば、視線で『行け』とはっきりと告げており――私は、覚悟を決めた。
元より、ウィルからのアプローチが少ないとは多少は感じていたのだ。
こうなってしまえばやけくそだ、ウィルにデートを申し込んで当たって砕けてやろうじゃないか。
「……と、とりあえずこの格好だけは変えておこう、うん」
……とは言え、流石にこんなスカート姿を見せるのは恥ずかしいし。
一先ず部屋に戻って着替えてからにしようと、私は本部へ向かって歩き出して――……
「――ミラ?」
「え」
そうして歩き出して、数分もしない内に。
私が着替える間もなく、正面から……私がこれから誘おうと思っていた、小さな少年のような男性が。
ウィルが、正面から歩いてきた。
――ああ、女神様。
私は初めて貴女を、心の底から恨むかも知れません。




