16.世界の裏側で
――人類を守るために活動する機関がパラディオンである。
超少数精鋭のオラクルでは手の届かない人々を、場所を守るための機関。
当然パラディオンという機関は尊敬され、同時に希望としても見られていて――だが、当然だけれど、それが全てではなかった。
この世界、イストリアは才能こそが全てだ、という考えが殆どである。
事実、害獣と相対さない……つまり人間同士の間での事であれば、それは事実と言えた。
高い才能を持つものには、そうでない才能のものは決して敵わない。
その事実があるが故に、パラディオンそのモノを軽んじる者も少なからず居た。
曰く、凡人の寄せ集めだとか。
曰く、オラクルの権威を傘に着た無能共の集団だとか。
そんな意見が表に出る事は中々無いが、害獣とは無縁の生活を送っている者ほどそういった偏見を持っている者は多く。
そういった者が寄り集まって、カルト団体を作り上げる事もあり――閑話休題。
兎も角、オラクルが生まれ、パラディオンが創設された当初と比べれば人類は一枚岩ではなくなってしまっていた。
皮肉な話ではあるが、オラクルとパラディオンが努力した結果生まれた安寧が、逆に彼らの――特にパラディオンの存在を疑問視させていたのだ。
……そして。
そういった集団の中には取り分け危険な存在が居た。
「――この日を待ちわびておりました、カイン様」
パラディオンの支部から遠く離れた町の一角。
寂れた宿で寝泊まりしていたカインを前にして跪く、一人の女性がいた。
フードを深く被った彼女を前にしながら、カインは憔悴した様子もなければ驚いた様子もなく、そんな彼女を見ながら笑みを零して。
「……今を思えば、最初から君らの誘いに乗っておくべきだったよ。パラディオンなんて入るんじゃなかったと――ああいや、そういう訳でもないけどさ」
「間違いはこれから取り戻せます。我々と共に参りましょう」
――パラディオンになった事自体が間違いだと断ずる女性は、そんなカインへと手を差し出した。
カインは躊躇いもなくその手を取ると、ベッドから立ち上がって。
「で――君は一体何が出来るんだい?」
「そうですね、カイン様と比べれば劣るかと思いますが――道すがら、お見せしましょうか」
カインの言葉に笑みを零しながら、女性は安宿の窓を開けると縁にてをかけて――そして、飛んだ。
跳躍ではなく、飛翔。
風の衣を身に纏った彼女はカインごと空へと飛び上がり。
さすがのカインもそれには素直に驚いたのか、おお、と声をあげた。
「凄いじゃないか!君らの所は君ぐらいの奴らばっかりなのかい?」
「そう――と言えれば良かったのですが。改めて、自己紹介をさせていただきます」
その言葉とともに、彼女は深く被っていたフードを取り――その切れ長の耳と濃紺の髪、そして何処か妖艶さを感じさせる美貌を晒した。
女性はカインと同じ妖精族であり、しかし種族以上の美しさを持っていて……その姿に、カインは軽く息を漏らす。
「――私は、才能至上団体の幹部。オクタヴィア=コーディと申します」
カインの様子に淡く笑みを零しながら、女性は空中を舞うようにカインと共に飛びつつ、頭を下げた。
タルタロス。
優れた才能こそが真に世界を救うという思考の元、在野から――或いはパラディオンから引き抜かれた、高い才能を持つ者たちで構成された、カルト集団。
その中でも更に上位の実力を持つ幹部である、と口にした彼女にカインはなるほどね、と笑った。
「僕については言うまでも無いかな? わざわざ誘いに来た位だもんねぇ」
「ええ、無論ですカイン様。貴方ならば即座に幹部――いえ、指導者にさえなれるでしょう」
「指導者か、あははっ!いい響きだ、けど――」
オクタヴィアの言葉に笑いながら、カインは歪に口元を歪め、胸元を抑える。
以前のカインならば気を良くしていただろう。喜んでいただろう。
だが、彼は気をよくもしなければ、特に喜んだ様子もなく――……
「――興味ないね。僕はただ、便利な駒が、そして力が欲しいだけさ」
「貴方が望むのであれば、そのどちらも。才能はこの世の全てに優先する物……貴方の意志は、必ず通るでしょう」
カインの言葉に笑顔で答えるオクタヴィアに、一切の嘘は無かった。
……タルタロスとは、その名の通りの団体である。
才能が全てに優先し、そこには個人の意志さえも関係なく――ただ、才能の有るものだけの意志が存在する。そんな団体で。
オクタヴィアの嘘偽りのない言葉に、カインは何処か満足げに嘲笑いながら、しばらく空の旅を楽しんだ後に……人里から遠く離れた山中に舞い降りた。
人の姿など無い、人類の生存圏の境に程なく近い場所にあるその山中。
そこには、本来あるはずのない、存在しない筈の施設があり……女性が扉の前に立てば、彼女は触れる事無くそれを開き、カインをその内側へと招き入れた。
施設の中は小奇麗にされており、カインとオクタヴィアを見れば何やら作業を行っていた人々は恭しく、まるで主人に仕える召使いの如く頭を下げた。
中にはカインやオクタヴィアよりも遥かに年上の者まで居て……それを見れば、カインは洞窟の中で切り捨てたベテランのパラディオンを思い出したのか、くは、と愉快そうに笑い。
そうして奥へと進んでいく内に――カインは、思わず足を止めてしまった。
カインの様子にオクタヴィアはきょとんとしていたが、ああ、と小さく声を漏らすと彼の隣に並んで。
「――パラディオンは手緩い集団です。害獣の駆除、まあそれは良いでしょう」
オクタヴィアの言葉に息を飲みつつ――カインはただ、目の前に有るものに、目の前で行われている事に視線を奪われていた。
そこで行われていた事は、パラディオンの内部では決して行われていない事。
「ですが――害獣を利用するという事に考えが至らない、その時点で凡愚の集団と断じざるを得ません。優れたものであるならば利用する、当然の摂理でしょうに」
――そう。そこに居たのは害獣達だった。
害獣たちは生きながらにして腑分けされ、実験され、加工され――カインがその中で、特に目を奪われたのはその一角で行われている凶行。
「ああ、流石カイン様はお目が高い。アレは最近ようやく確立の目処が立った方法ですね」
そこでは――腑分けにされた害獣の一部が、泣き叫ぶ人間に文字通り移植されていた。
害獣の皮膚、害獣の腕、害獣の触手――そういった物を移植した人間が、その区画の片隅にある檻に閉じ込められており。
息絶えている者、苦しみながら害獣を移植された部分をかきむしる者、害獣に成り果てかけている者――そして、移植された部分を抱えながら泣いている者。
そんな哀れな犠牲者達を眺めながらも、カインの心に浮かんだのは同情では断じて無く――……
「害獣が優れているというのであれば、それを取り込むのは当然です。才無き者達も、我々の新たな力の礎になれてさぞ喜んでいることでしょう」
「は……ははっ、あっはははははっ」
カインはそんな悍ましい――害獣が行ってきた凶行よりも悍ましく映るそれを見て、心底嬉しそうに、愉しそうに笑った。
素晴らしい。喜ばしい。
そして、これこそが相応しいと。
「はははっ、はは……っ!ああ、最高だ!最高だよオクタヴィア……!!こういうのだ、こういうのを求めてたんだよ、僕はぁっ!!」
「喜んでいただけたようで、何よりです」
狂ったように笑うカインに、オクタヴィアは柔らかく微笑んだ。
カインは笑い終えれば、荒く息を吐きながら……再び歩き出したオクタヴィアと共に、施設の奥へと進んでいく。
害獣さえも己の力とし、そして人間さえも害する集団、タルタロス。
それは最早人類を守る、といった名目さえも失った狂人達の集まりであり――……
「あはっ、はは……っ、ひひっ、あはは……っ!ああ……あの技術、確立したら教えてくれよオクタヴィア!是非とも見せてやりたい奴がいるからね!」
「ええ、勿論。カイン様の願いとあれば」
――その中に今日、一人の狂人が加わった。
6章、おしまい。
次回から7章ですが、7章は少々軽めです。




