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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
6章:永劫の生命を与えるモノのお話
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15.僕と、そして私の

 ――洞窟から帰還して、数日が過ぎた。

 報告によって今回の相手が災害指定クラスに指定された事もあり、私達は半月ほどの休暇を貰い、思い思いの休日を過ごしていた……の、だが。


「……おう、ウィルの様子はどうだ?」

「ギース……」


 訓練場の前でウィルの様子を見ていた私に、ギースは努めて軽い様子で声をかけてきて。

 私はそれに、明るく返そうと……そう思ったのだけれど、頭を振った。


 ――訓練場の中に居るウィルは、一心不乱に剣を振るっていて。

 一体どれほどの間そうしているのか、私には判らなかったけれど……その姿は、まるで養成所時代(・・・・・)の頃の彼に逆戻りしてしまったかのような。

 そんな印象を、受けてしまって――……






 ……カインの凶行はあの一件の後、直ぐ様全パラディオン支部へと通達された。

 私達の目の前でリーダーへと斬りかかり、ウィルさえも斬り殺そうとしていたあの様は今でも忘れられない。

 突然の事に、カインを取り押さえようとした私達をリーダーは制してくれたけれど、恐らくはそれは正しい判断だったのだと、今は思う。


 何しろリーダーの負った傷は深く、鋭く。

 カインの剣を受けようとした剣は真っ二つに断ち切られ、害獣の攻撃もある程度は受けられる筈の防具さえも布地のように裂かれており。

 万が一、あの時私達がカインを止めようとしていたのならば――きっと、私達もその防具や剣のようになっていただろうから。


 ウィルの様子が一変してしまったのは、その直後からだった。

 まるで養成所に居た頃のように私達と接触するのを避けて、一人で延々と訓練をこなし続けていて――無論、声をかければ笑顔で返してくれるものの……どこか、余所余所しさを感じてしまい。


 ……それが、私には辛かった。

 きっとカインとの間に何かがあったのだろうとは思うのだけれど、私には判らず……それが、悔しかった。


「ふぅむ……しかし、良くもまあ休み無く出来るもんだ。鬼気迫る、って感じだが」

「……昔のウィルは、あんな感じだったよ」

「しかしありゃあ、どう見てもやりすぎだろう。どれ、俺が止めてくるか」

「あ……っ」


 躊躇している私の前で、ギースは軽い調子で笑うとウィルの元へと向かっていく。

 ……少しだけ、彼の思い切りの良さが羨ましい。

 私だって無鉄砲な所はあるが、ギースはそれが難しい事だと解った上で、それが救いになるのなら進んでいくような、そんな節がある。

 能天気とか、楽天的と言われる事もあるけれど、その人柄はやはり善いものだという事は皆も解っているのだろう。だから、彼をからかう事はあれど、馬鹿にする事は誰もしなかった。


 ギースに声をかけられれば、ウィルは顔を上げながら彼に笑顔を見せる。

 会話の内容は聞こえないが、ギースはどうやら何かに誘っているようで――それにウィルは苦笑しながら頭を振れば、ギースは少し困った様子を見せて。

 そうして少しの間、彼らは話し合った後――ギースだけが戻ってきた。


「どう、だった?」

「……済まん、酒に誘ったんだがナシのつぶてでな。取り敢えず程々にして切り上げろ、とは言っておいた」

「ん……そうか、有難う」


 ……どうやらギースでも駄目だったらしく、私は小さく息を漏らしながらも彼に笑みを向けた。

 実のところを言えば、こうしてウィルに言葉をかけてくれたのは、ギースだけではなく。

 ラビエリも、リズも……そして、喋るのが苦手なアルシエルも、皆がウィルの事を気にかけて、言葉をかけてくれていて。


 ただ、その結果は見ての通り。

 ウィルは皆に笑顔で、何時ものように――しかし何処か余所余所しく、返すばかりで。


「やはり、お前さんの言葉が一番いいんじゃないか?」

「……私、か」


 ギースの言葉に、私は小さく声を漏らす。

 ……そう、後は私だけ。私だけが、ウィルに言葉をかけられずにいた。

 本当ならば一番最初に声を掛けるべきだったのに。

 ウィルの一番古い友人だというのに――私は、僅かに胸をよぎる不安に、それが出来ずにいて。


「――そう、だな。もう少ししたら、声をかけるよ」

「おう。お前さんも、根を詰めすぎんようにな」


 ギースに軽く撫でられれば、私は小さく笑みを零しながら……改めて、一心不乱に剣を振るうウィルを見る。


 ――私は、怖いのだ。

 声をかけて、もし――万に一つも有り得ないけれど、ウィルに邪険にされてしまったらと思うと、それだけで脚が床に張り付いたまま、離れなくなって。


 でも……それでも、声をかけない訳には、いかない。

 ウィルを今のままにはしておけない。

 ……他の皆が話しかけた後で覚悟が決まるなど、本当に情けない話では有るけれど。

 私は大きく息を吸い、吐いて……深呼吸をすれば、訓練場へと脚を踏み入れた。






 ――訓練所に、鋭い素振りの音が響く。

 彼のやる事は変わらず、それだけだった。

 養成所の頃からずっとそう。彼は一心不乱に剣を振るい、まるで自分を叱咤するかのように、訓練し続けていて。


 ……本当にあの日の夜にでも戻ってしまったようだな、なんて思ってしまう。

 まだパラディオンがどういうものなのかはっきり解って無くて、私もウィルに対して少なからず偏見のような物を抱いていた、あの頃。

 思えば、あの頃のウィルは確かに周囲から排斥されていたけれど――それ以上に、彼自身が壁を作っていたような、気がする。

 

 私はウィル本人じゃないから、彼の心を想像してあげる事しか出来ないけれど。

 ……でも、少しだけ。

 本当に少しだけ、今のウィルの気持ちは何となくだけれど、察する事が出来てしまった。


 きっと、怖いのだ。

 カインに何を言われたのかは判らないけれど、今回の凶刃が自分に――或いは、私達に向いてしまうのが、怖くてたまらないのだ。

 前々から、ウィルは自分自身よりも私達を気にかけている様子が有ったし、きっと後者が正しいのだろうとは思うのだけれど――……


「……ウィル、少し良いか?」

「ん……どうかしたの、ミラ?」


 私が声をかければ、ウィルは剣を振るのを止めてこちらへと視線を向けた。

 その表情は何時ものように柔らかく――しかし、何処か張り詰めているような、そんな気がして。


「頑張るのは良いと思うが、少しやりすぎだ。休まないと体を壊すぞ?」

「……ごめん、心配かけちゃったかな」


 そう言って苦笑するウィルの様子に、少しだけ……本当に少しだけ、ホッとする。

 もしかしたら、私の心配は取り越し苦労で、ウィルはもう立ち直ろうとしてるんじゃないかって、そう思って――


「大丈夫だよ、ちゃんと自分の事は自分でできるから、さ」

「――っ」


 ――続くウィルの言葉に、私は唇を噛んでしまった。

 立ち直ってなんか居ない。寧ろ、本当に逆戻りしている。

 パラディオンになってからのウィルじゃなくて、養成所に居た頃のような――自分だけでどうにかしようとしている、そんな彼に。


「だから心配しないで良いって、皆にも――」


 ……何が、心配しないで良い、だ。

 何が自分の事は自分でできる、だ。

 それが出来なかったことは、それじゃ駄目なことは、実地演習で学んだことじゃないか。


「――っ、ウィル」

「……え、あ……ミラ?」


 まだ剣を持っているウィルの腕を掴む。

 そうしてみれば、マッサージの心得が有るわけでも無い私ですら分かる程に、彼の腕はパンパンで――ああ、もう、全然自己管理なんて出来てないじゃないか――!!


「来い」

「え、え?」

「良いから来い!」


 思わず大声を上げながら、私はウィルの腕を引くとそのまま訓練場から連れ出した。

 元々体格の差だってあるし――単純な力ならウィルのが強いだろうけれど、こうして引っ張ってしまえば私のほうが上だ。

 戸惑ってる内にこのウィル(バカ)をさっさと連れて行ってしまおう。


「ちょ、ちょっとミラ!? 一体どうしたの――」

「どうしたもこうしたもあるか!この馬鹿め……っ!」


 ウィルの言葉に感情的になって、そう返してしまう。

 ……ああ、ダメだ。冷静でいられない。

 以前子供に、無力にされてしまった時の後遺症なんて、とっくの昔に治ってる筈なのに……感情が、まるで抑えきれない。


 私はそのまま自分の部屋にウィルを連れ込めば、鍵をかけて。


「――っ、どうしたのさ、ミラ。今日のミラ、ちょっとおかしいよ」

「おかしい? ああ、そうだな。おかしくもなるさ」


 戸惑っている様子のウィルをみれば、心を落ち着けられる筈もない。

 ……良くもこんな事が言えたものだ。おかしくした張本人が、よりにもよってそんな事を言うのか。

 ああ、もう我慢できない――こんな馬鹿を放ってなんて、おけるものか――!!


「……え」

「――馬鹿。馬鹿、馬鹿、大馬鹿……っ。何で一人で抱え込むんだ、お前は……!!」


 ――強く、強く。

 小さなウィルの体を、私は加減する事無く抱きしめた。

 ……こうして、私から抱きしめるのは……縋り付いたのを除けば、初めてだったかも知れない。

 いつもウィルには頼ってばかりで、縋ってばかりで――でも。


「私達は仲間だろう、私は友だろう!? 辛ければ相談しろ、話せ、どんな事だって――っ」

「それ、は……でも」

「……っ、私の事を特別と言ってくれたのは、嘘だったのか?」


 抱きしめていたウィルの小さな体が、震えたのを感じる。

 ……こんな言い方は卑怯なのは判ってる。

 でも、それでも――私は、ウィルにこのままで居られるよりはずっと良い、と。

 そう思いながら、ウィルを抱いている腕に、力を込める。

 彼の頭を胸元に埋めさせて、逃げられなくして――逃したく、なくて。


「ち、違うよ、ミラは僕にとって大切な……だから」

「だったら、頼む……私達を、遠ざけないでくれ。不安があるなら話してくれ、頼ってくれ。そうでなければ、私は……どうやって、お前に返せば良い?」


 私の言葉に、ウィルの強張っていた体が少し、緩んだのを感じた。

 ……少しだけ、安心する。

 正直な話をすれば、嫌われるかも、という不安だって大きかったのだ。

 ただその不安を、激情が上回ったというだけで……ウィルが、私の事をそう言ってくれた事は、素直に嬉しくて。


 だからこそ、返させてほしかった。

 ウィルから受けた沢山の恩を、喜びを――私だって、ウィルに与えたくて。


「……ごめん、ミラ。僕が、悪かった」

「ウィル……?」

「何が、あったのか……全部話すよ。だ……だから、その……は、離して、貰えると……」


 ……そして、ウィルのその言葉に安堵すれば。

 私は自分がしている事を自覚してしまい――顔を熱くしながらウィルを離した。

 恐らく苦しかったのだろう、ウィルは顔を真っ赤に染めていて……私は申し訳なく思いつつも、ウィルと並んでベッドの縁に腰掛けた。






 ――ウィルの口にした内容に、私は激昂しそうになった。

 カインの凶行、そしてウィルに囁いた言葉、その全てが許せない。

 何しろ、カインの凶行には理由がなく――どうしてウィルを付け狙う事にしたのかだって、判らない。

 間違いなく理不尽な、自分勝手な理由なのだろうけれど――……


「それで、ウィルの近くに居たら私達までカインに狙われると、思ったのだな?」

「う、ん。だから――」

「全く……馬鹿だな、ウィルは。まあ、お前はそういう事には疎いだろうから仕方ないが」

「……?」


 ウィルがそういった理由で私達を遠ざけようとしていたことに安堵しつつも、苦笑する。

 ……恐らくはそれは逆効果だ。

 カインの言葉を考えるのであれば、狙うのは恐らく――ウィルを狙うのは最後(・・)になるだろう。

 カインはウィルを絶望の淵に立たせると、そう口にしたのだ。

 であるなら、狙うのは間違いなく――そう、ウィルがこんなにも大切に思ってくれている、私達の方で。


「兎も角、本部にいる間は奴もそう手出しは出来ないだろう。エミリアさんと違って身体能力が高い、という訳でもないしな」

「……ミラ?」


 ウィルを安心させるように、かつてウィルがそうしてくれたように……私は彼の体を軽く抱き寄せる。

 ……ふざけた宣戦布告をしてくれたものだ、カイン=アラベイル。

 よりにもよって、ウィルを必ず絶望させるだと? そんな事、誰がさせるものか。


「――皆で返り討ちにするぞ。私の大事な(・・・・・)ウィルを不幸になど、させはしない」

「……っ」


 ――ん? あれ、今なにか、変なことを口走っただろうか。

 ウィルの顔が、見る見る内に赤くなって……私の事を見ながら、口をぱくぱくと、させて。


「僕も……っ、皆の事を、ミラの事を、守るよ。どうあっても、絶対に」

「もう一人で何とかなんて、考えるんじゃないぞ……私達なら大丈夫さ、きっと、な」


 ……私が口にした言葉が、ちょっと思い出せない。

 何かちょっと、妙なことを口にしてしまったような気がするけれど、それ以上に……ウィルの嫌な雰囲気が、空気が無くなったことが嬉しくて。

 だから、まあ良いかと思いながら――……






 ……私は後で、自分が口にしたことを思い出すとベッドの上で悶絶した。

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