13.何よりも恐ろしきモノ
――カンナさんが一人で洞窟を彷徨い始めてから、十数分。
僕らはかろうじて彼女を視認できる位置で、息を潜めてその様子を見守っていた。
当然、僕らは灯りを消して……周囲を常に警戒しつつ、件の鳥頭の害獣から奇襲を受けないようにして。
「……アルシエル、見えるか」
「ん……ま、だ」
幸いというべきか。アルシエルはこの暗闇でも昼間のごとく見通せるのもあって――僕らの班が彼女に襲いかかろうとするソレを判別することになり。
ミラはアルシエルに問いかけつつ……件の鳥頭が現れるのを、今か今かと待っていた。
……鳥頭の害獣が、カンナさんを襲う可能性はかなり高い。
カイン達の話やつい先程の事を見る限り、アレは恐らくは弱者を優先して狙っているのだろう。
例えば孤立したものとか、武器を持たないものとか――この環境に疲弊したものとか。
そういった相手取りやすく奇襲しやすい手合を選んで襲っている、そんな節が確かにあるのだ。
無論、こうして隠れている僕らを狙って……という事も有り得なくはないから、警戒を怠るわけにはいかないのだけれど。
「――縺溘☆縺代※縺ゥ縺薙↓縺?k縺ョ」
「蟇偵>縲∬協縺励>」
洞窟の奥から、彼らの声が木霊する。
……こうして待っているだけでも、気が滅入りそうだ。
僕は小さく息を吸い、吐いて……気持ちをなんとか落ち着かせようとして――……
「――っ、き……た」
「……どこだ、見えんぞ」
「アルシエルだから見えるんだってば」
そして、アルシエルの言葉に僕らは目を細め、暗闇に目を凝らした。
見えない。相変わらず、彼女の周囲は特に何かあるようには見えないし……そもそも、足音だって聞こえない。
でもアルシエルが居るというからには、確実にいるのだろう。
ギースの言葉にラビエリは苦笑しつつそう言いながら、僕は周囲に居る他の班たちに仄かな――本当に僅かな灯りで、合図を送った。
音も何もしなかったけれど、それを見た他の班も合図を返してくれて――よし、後は……
「……お願い、アルシエル」
「ん……ぜ……ったい、に……はず――さ、ない――」
僕の言葉にアルシエルは小さく頷けば、音が立たないように静かに、ゆっくりと弓を引き。
そして暗闇の中へと狙いを定めれば、僕らには見えないその場所へと、矢を放った。
洞窟に小さく、鋭い風切り音が鳴り響き――……
「――縺弱c縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゑシ?シ」
「……っ、カンナ!灯りを!!」
「ええ、解っているわ――!!」
……何かに突き刺さる音と共に、僕らは駆け出した。
カンナさんが灯りを灯せば、その瞬間彼女のすぐ近く、わずか1mの所にいた害獣の、その姿が顕になった。
それは、頭から爪先まで真っ黒な人型で――ただ、その全てが人とは違っていた。
カインの口にした通り、巨大な鳥の頭を持ち、鋭く牙の生えたクチバシを開きながら、腐肉の塊と化した彼らとはまた違う、洞窟に響き渡るような奇声をそこから放っており。
手足は長く、その先端は鳥のようでありながらも6本指、で。
全身を黒い羽毛で覆われているソレは、頭を抑えるようにしながらよろめいてた。
アルシエルの矢はそんな害獣の頭――それも、ちょうど目玉の部分に深々と突き刺さっており。
それを見たパラディオン達は一斉に矢を、魔法を放ちつつ間合いを詰めていく。
「縺薙?縲∝ー剰ウ「縺励>逵滉シシ繧」
「な……っ!?」
――だが、放たれた矢の尽くはその黒い羽毛に弾かれていった。
魔法も効果が薄いのか、炎に包まれながらも害獣が腕を振るえばそれだけでかき消えてしまい。
……不味い、この害獣……僕らの予想よりもずっと――!!
「カンナ!一旦距離を――」
「鬥ャ鮖ソ繧∫衍縺」縺ヲ縺?k縺」
「……っ!!」
鳥頭の害獣は、リーダーの声よりも早くその長い腕をカンナさんへと伸ばし――そして、突き刺す訳でもなく、腕を掴めば。
「……冗談だろう」
……ミラの言葉に、思わず頷きたくなってしまった。
先入観が有った。
害獣だから、それはきっと――そう、今まで僕らが相手にしてきたように、本能だけで生きる獣のような知能なのだろう、と。
事実、今まで確認されてきた中で知能の高い害獣は殆ど確認されておらず――……
「縺雁燕驕斐?縺薙≧縺吶l縺ー縺翫@縺セ縺?□繧阪≧」
ただ、目の前の害獣には明らかに知恵があった。
害獣はカンナさんの腕を掴めば羽交い締めにし、まるで僕らの攻撃への盾にするかのように、していて。
……それだけで、僕らは打つ手を失ってしまった。
攻撃は出来ない……だって、こんな事を考えつく害獣が何をするかなんて、決まってる……!!
「……っ、こ、の――」
「馬鹿やめろ!!」
それを虚仮威しと思ったパラディオンの一人が弓を引けば、それを仲間が咄嗟に止めたけれど、間に合わず。
風を切る音と共に放たれた矢は、鳥頭の害獣へと寸分違わず飛んで行って――
「鬥ャ鮖ソ繧」
「――っ、あ゛、あ゛あ゛あぁぁぁぁぁっ!!!」
「あ……そ、そんな」
――その矢を、害獣は彼女の身体で受け止めた。
彼女の肩には深々と矢が突き刺さり、洞窟に悲鳴が木霊していく。
矢を放ったパラディオンは顔面蒼白となっており……不味い、これは不味い。
まさか害獣が人質を取るなんて、そんな事……全く、考えもしていなかった。
考えろ、考えろ、考えろ……!!
このまま彼女を盾にして逃げつつ、逃げた所で彼女を作り変えるつもりなのは判りきってるんだ。
このままじゃ、カンナさんが完全な無駄死にになってしまうじゃないか――!!
「……っ、ぁ」
……そんな事を、考えていると。
不意にカンナさんは僕らを見て、申し訳なさそうに笑みを零した、ような。
そんな気が、して――
「――縺ェ縲√↓」
「馬鹿な……カンナ、何を!?」
「ごめんね、リーダー。最初っからこのつも繧、だっ縺溘°繧」
リーダーが、彼女の行動を見て叫んだ。
――彼女は、自分から害獣の爪に触れれば、手をそれに突き刺して。
その瞬間、彼女の身体はその手から、見る見る内に膨れ上がり――彼女の声も、瞬く間に彼らのような、判別の付きづらい物へと変わり、果てていった。
/
いたい。いたい、いたい、つめたい、さむい、いたい――くるしい、くるしい、くるしい……っ。
ああ、彼女は……リル、は、こんな苦痛の海の中で、ずっと助けを呼んでいたのか。
彼女に飲み込まれてしまった、仲間も……こんな、苦痛をあじわっていた、のか。
歪んでいく視界の中に、私に向かって叫ぶリーダーの姿が……同僚たちの姿が、見える。
ごめんなさい、みんな。
はじめから……囮を申し出た時から、ずっと、こうするつもりだったの。
だって、私は……私が、この害獣にどうあっても思い知らせてやらないと、きが、すまなかった、から。
いしきが、もうろうとす、る。
頭がぼやけて……むずかしいことが、かんがえられなく、なる。
わたしのからだ、は……どうなって、しまったんだろう。
いたい、いたい……いたくて、いたくて、つらくて、つらくて……だれか、たすけて、ほしい。
「――バカメ。ジブンカラソウナルトハナ」
――あ、あ。
でも……おぼ、えてる。
たすけて、ほしくて……つらくて、つら、くて……でも、それよりも、わたしの、奥で……もえあがっている、ものが、ある。
「ソラ、ナカマニタスケヲモトメルトイイ」
めの、まえで……さえずって、る……とり、あたま。
こいつ……こいつ、だけは……ころ、す。
「……ナニヲシテイル? ハヤクイキナヨ」
ころす……ころす、ころす、ころすころすころすころすころすころすころす――!!!!
「ころ、す……おまえ、だけは――!!!」
「ナ――バカナ、ヤメロ!ナゼ、ナカマデハナクワタシニ――!?」
おもうままに、てをのばす。
とり、あたまのからだに、てをふれて、むしり、つぶす。
ころ、す。ころす、ころす……っ、こいつ、だけは……ころす……!!!
「――ッ、ギャ、アアアアアァァァァ――ッ!? コノ、デキソコナイメ――!!!」
「ころす、ころす――あ」
……どす、って。からだ、に……なに、か……ささ、って。
ばちゅんっ、て――あ、あ。
さむ、い……つめた、い……。わ……た、し……リル……ごめ……。
/
――まるで、地獄絵図のようだった。
彼らのようになったカンナさんは、何故か――猛然と、鳥頭の害獣へと掴みかかり。
その羽毛を千切り取り、同時に腕を握りつぶして――それでもなお、襲いかかっていく彼女に鳥頭の害獣は絶叫しながら残った腕を突き刺した。
同時に、彼女の身体はばちゅん、と音を立てながら爆発して、腐臭を撒き散らしながら粉微塵に、なって。
「――鬥ャ鮖ソ縺ェ窶ヲ窶ヲ縺薙s縺ェ縲∽コ九′」
後に残ったのは、腕を片方潰されて、羽毛も半分以上ちぎり取られた……赤黒い血を垂れ流し、声を上げる鳥頭の害獣、だけで――……
「――総員、総攻撃!!カンナが作ったチャンスを無駄にするな――!!!」
「縺上?√◎窶ヲ窶ヲ縺上◎縲√¥縺昴¥縺昴¥縺昴?∬ェソ蟄舌↓縺ョ繧九?√↑」
――リーダーのその声に、我に返る。
そう、だ。呆然としている場合じゃ、ない。
「……っ、行くよ、皆!」
「あ、あ……いくぞ、ウィル!!」
「絶対に、コイツだけは生かしてはおけんからな――!!」
「ここで確実に仕留めましょう!!」
「アルシエル、アイツの脚を止めて!出来るだけ溜めたやつをぶっ放してやる――!!」
「ん……っ!!」
自分に熱を入れるように声をあげれば、僕らは猛然と……深いダメージを負い、よろめいている鳥頭の害獣へと、駆け出した。
逃さない……絶対に、逃さない!ここで、決着をつけてやる――!!