11.その瞬間を
――幼い頃から、僕に勝てる奴なんて誰も居なかった。
まだ3歳くらいの頃、初めて握った木剣で父親を殴り倒した事を覚えてる。
その時までは、僕は父親の事を尊敬していたし、大好きだったけれど――殴り倒された後の僕を見た時のあいつの目を見た瞬間、そんなモノは消えて無くなった。
父親も母親も、それからは僕にへつらうようになった。
当たり前だ。僕はそれだけの才能をもって生まれたんだから。
何をしたって許されるし、どんな相手だって剣1つでブチのめす事ができる。
僕は――僕は、選ばれし存在だった。
当然のように僕は皆に尊敬され、崇拝すらされるオラクルになれるのだと思っていた。
だからパラディオンにもなったし――あくまでそれはオラクルになる為の踏み台でしかなかったけれど――養成所で仲間だって作った。
仲間だって言っても、あくまでも取り巻き程度のものだけれど。
それでもまあ、僕のおこぼれくらいはあげても良いかなと、そう思っていた。
それが変わったのは彼女――リンスリット=ローズクラウトと出会ってからだ。
僕は彼女を見て、ああ、良いなと思ったんだ。
可愛らしく、気も強く、芯もあって……僕に物怖じせずに物を言ってくる彼女を、本当に良いと、そう思っていたんだ。
彼女とパーティを組んでからは毎日が楽しかったし、実際それは嘘ではなかったんだと思う。
一緒にパラディオンになって、当然僕はリンスリットと一緒にパーティを組み。
彼女は既に手に入れたものだと、そう考えていた――の、に。
――なのに、リンスリットは。あの女は、僕を裏切った。
才能あふれる僕じゃなくて、ただの僕の取り巻きの一人とくっついた。
ああ、でもそれでもまだ……荒れはしたけれど、仕方がないと心に整理をつけようとした事もあったっけ。
当たり散らして、吐き散らして。普段僕からおこぼれを貰ってるんだから、それくらい受けてくれよって。
でも――それも、壊れた。
『――馬鹿言わないで、貴方みたいな自分勝手な人を好きになる訳ないでしょう!?』
――今でも、その言葉が耳に焼き付いて離れない。
僕の部屋に来た彼女に、諦めを付けるために求婚して……嫌悪をハッキリと顔に出した彼女の顔は、今でも僕の目に焼き付いたままだ。
だから、殺した。
殺して、殺して、殺して――そんな言葉を吐けなくなるように、バラバラにしてやった。
スーッとした気分だった。
彼女を失って絶望した取り巻きの一人を見れば、心の底から笑いがこみ上げてきた。
……だと、言うのに。
今でも目にも、耳にもリンスリットは焼き付いたままだ。
あの嫌悪の顔が、言葉が――そして、腕を切られた彼女の悲痛なその顔が、時折浮かび上がってしまう。
悪いことなんて、何もなかったはずだ。
だって僕は類稀なる才能を持った、オラクルとなる人間なんだから。
あんな……あんな物の価値も判らない女を殺すくらい、どうでも良いその他大勢を殺すくらい、許されて然るべきなんだ。
「――成る程、他に特徴は?」
「し……らない、それ以上……は」
――ああ、だというのに。
なのに、どうして僕は……僕が、こんな目に合わなきゃいけないのか。
こんなその他大勢に詰問されて、どうでも良いことを喋らされて。
挙句の果てに、見たくもない物を見せられて――……
「有難う、カイン。君のお陰で多少なりと方策が立てられそうだ」
「……そう、勝手に……勝手に、しなよ」
どうでもいい。
もうどうでもいい。
勝手にすればいい、あの怪物とやりあってこいつら全員が化物になったとしても、知ったことじゃない。
ああ、でも――そうなるとしたら、一つだけやることがある。
それだけはきっちりとやってから、この悪夢から出るとしよう。
/
カイン=アラベイルの証言を纏めると、僕らが倒すべき……駆除すべき害獣の、おおよその実態が明らかになってきた。
まず第一に、その姿。
巨大な鳥の頭に長いクチバシ、全身は黒い羽毛に覆われており、人と同じく二足歩行ではあるものの……その四肢は、鳥の足が逞しくなったかのような、人では無いもので。
大きさは2mあるかないか程度らしく、足音も殆ど立てずに移動しているらしい。
次に、その能力。
相手にその鳥類のような爪を突き刺す事で相手を変化させるらしく――それを目の当たりにしていたカインは思い出してしまったのか、ブルブルと震えていたけれど、それも仕方のない事だろう。
何しろ、自分の目の前で仲間が害獣へと変わり果てていく様を見せられてしまったのだ。
あそこまで憔悴しきってしまうのも、年老いたような風貌に成り果ててしまうのも、仕方ない気はする。
……兎も角、結論としては。
姿形もこの洞窟の中においては脅威だけれど、それ以上にその能力が最悪と言わざるを得なかった。
事実上、触れられるだけで死ぬと思って相違ない能力。
そんな能力を持った害獣がこの洞窟には潜んでおり、更には奇襲を仕掛けてくるというのだから堪らない。
「……しかし、遅いね。そこまで広大という訳ではないのだから、そろそろ戻ってきても良い筈、なんだけど」
そこまで認識を共有してから、小隊のリーダーである壮年の男性は口を開いた。
……そう言えば、まだ……この場には5班しか戻ってきておらず、時間が経てば戻ってくるかと思っていたけれど、残りの班はその気配さえなかった。
その場にいる全員に、嫌な想像が過る。
たった今共有した情報を考えるだけでも――もしかしたら、その残りの班は既に鳥頭の害獣に遭遇して――……
「――取越苦労だったみたいよ」
「え……ああ、良かった」
そんな事を考えていると、洞窟の奥の方……僕らが通ったのとは別のルートから、こちらへと向かってくる灯りが見えた。
程なくして、その灯りに照らされたパラディオン達の姿も確認できて、僕らはほっと息を漏らす。
「これから、どうするんですか? 外に出て完全にここを封鎖するのも1つの手段だと思いますけど」
「……そう、だね。それも悪くはないと思うけれど……この洞窟に他の出口が出来ない、とも限らない」
僕の言葉に、リーダーはそう言うと地図を広げ、灯りで照らし出した。
洞窟は幾つものルートが出来ており、一見出口は僕らが入ってきたルートだけのように見える、けれど……
「山崩れとかで新しい出口が出来る、って事もあるでしょう?」
「あ……そう、か」
他の班のリーダーに指摘されて、僕は思わず小さく唸ってしまった。
……そう言えばそうだった、この洞窟だっていつまでも地図通りのままであるとは限らない。
何らかの要因で別の場所が外に繋がる可能性を考えたら、今ある出口を封鎖するだけじゃ対応としては不完全だ。
「悪くはないと思うけれど……やはり、ここは元を断つのが一番かな」
「……となると、待ち伏せが一番かしらね?」
「そう、ですね。少なくとも、ここからは少数で行動するのは避けた方が良いと思います」
「だな。少数じゃあいつらの相手も骨だし――……おっ」
僕の言葉に相槌をうっていた男性が、視線を洞窟の奥の暗がりへと向けて、声を漏らした。
つられて視線を向ければ、暗闇の奥にはカンテラの灯り。
どうやら、最後の一班が戻ってきたらしい。
僕らはそれを見て、犠牲なく探索が終わったことに安堵の息を漏らし――……
/
洞窟は、暗くて寒くて、本当に嫌になる。
洞窟の奥まで行ったけれど、結局居たのは彼らだけで……私達は特に成果を上げることも出来なかった。
でも、仕方のないことなのかもしれない。だって、こんなに広い洞窟だ。
だから、そう簡単に元凶が見つかるわけも、なくて。
「カンナ……さむいよ……」
「大丈夫よ、リル。もう少しで着くからね」
道中、岩肌にでもぶつけたのだろう。
軽いキズを負ったリルは、おぶられながら小さく声を漏らしていた。
……傷だけじゃなくて、多分この仄暗い暗闇と、時折聞こえてくる彼らの声が彼女の心を苛んでいるに違いない。
私はリルに優しく声をかけながら――暗闇の奥。
私達が出発した場所に灯っている灯りを見れば、ほっと息を漏らした。
……うん、私も相当参っていたみたい。
今は人が多く居るその場所がとても、とても暖かく、有り難い物に見えて。
「ほら、もうついたわ。一度皆の所で休みましょう」
「……さむ、い……カンナ……さむ……縺」
「――リル?」
――何か、おかしい。
リルの声は震え、段々と判別が付きづらい物へと変わり――背負っていた仲間はその異変に気付いたのか、彼女に声をかけて。
「い……た、縺、蟇い、あ、ぁ――」
「リル、どうし――な、うぶっ」
「……う、そ」
その瞬間。
リルの体が、ぶくり、と膨れ上がったかと思えば――背負っていた仲間を飲み込むようにして、ぐちゃり、と地べたに……倒れ、て。
「り……リ、ル?」
「――カ……繝ウ繝……繧上◆縺励?√∈繧薙↑縺ョ」
「あ――あ、ぁ……っ!? う、うわ、あああぁァァァァ――ッ!!!!」
――彼女の顔が張り付いた、腐臭を放つ肉の塊が、声を上げる。
今まではそれが唯の異音だとしか思えていなかったけれど……そう、ではなくて。
判ってしまった。目の前の腐肉の塊が――リルが、何と言っているのか、判ってしまった。
リルが変貌したことに絶叫した仲間が、悲鳴をあげる。
ああ、そうだった……彼らは、そうだと知らなかったんだっけ。
「繧ォ繝ウ繝 縺溘☆縺代※」
「……リ、ル……」
リルが、私に救いを求めてる。
ああ……普段から気が弱くて、心優しい子だったから、きっと辛くて辛くて仕方がないのだろう。
可愛らしかった顔は苦痛に歪み、ブクブクと膨れ上がった体を揺らし、歪な手足を私へと……救いを求めるように、伸ばしてきて。
「……っ、ごめんね……リル」
でも、その手を取る訳には、触れるわけにはいかなかった。
彼女にせめてもの言葉を掛けながら、剣を引き抜いて――……
「――接敵したわ!誰か、手を貸して――!!」
……そして、私は悲痛そうな声を上げるリルへと、斬りかかっていった。
背後の灯りからは、先に戻ってきたであろうパラディオン達が増援としてやってくる。
問題なく……ええ、問題なく、私は彼女を、そして背負っていた彼を行動不能に出来るだろう。
そうするしかない……そう、するしか……リル達を、助ける方法は、なくて。
――絶対に許さない。
私の仲間を冒涜したここの害獣だけは、私の手で殺してやる――!!!




