8.仄暗い闇の中で
――洞窟を手分けして探索する事になってから、少しの時間が過ぎた。
私は……リーダーから言われたことを思い返しつつ、胸からこみ上げてくる吐き気を既の所で抑えながら、洞窟に潜んでいるであろう悍ましい何かを探して。
「……カンナ、大丈夫? 顔色が悪いよ……?」
「大丈夫……有難うね、リル」
気遣ってくれた仲間……リトルの女性であるリルに感謝しつつ、私は先頭に立って先へと進む。
……この洞窟で亡くなった人間は、どれくらいの数居るのだろう?
その全てがあの腐肉の塊に成り果てたとは思いたくないけれど……少なくとも、相当な数のアレが存在していると思ったほうがいいのは、確かで。
(出来る事なら、戦闘は避けたいわね)
口にすることはせずに、私は小さく溜め息を漏らした。
あの腐肉の塊が全て、元人間なのだとしたら……彼らは今、何を考えているのだろう。
もしかしたら私達に助けを求めていたのだろうか?
ああやって伸ばした手は、私達を殺したい訳ではなくて、救いを求めて手を伸ばしただけなのではないだろうか。
……ああ、ダメだ。
考えれば考える程に気が滅入る。
「――カンナ、前方に敵影2……こちらには気付いてない様子だがどうする?」
「戦闘は出来る限り避けましょう。現状、あれを駆除する手段が無いのだから戦闘するだけ無駄だもの」
視線の先には、また腐肉の塊たち。
私は努めて冷静に……冷静を装ってそう言葉を口にすれば、彼らとの交戦を避けつつ先へ、先へと進んでいく。
……彼らの姿は、千差万別といっても良かった。
最初に交戦した彼らの姿は肉団子に短い足と長い腕がついたような、そんな姿だったけれど――……
「……っ、気持ち、悪い……」
「ここまで醜悪なのも、珍しいな……」
……仲間の言う通り、今視界の隅に居る彼らはそれよりも遥かに醜悪で。
腐肉の山のようなものから腕や足が無造作に、見ているだけでも10本以上は生えていて。
その腕をまるで……そう、ちょうど虫のように動かしながら、体を引きずって動いていた。
「隱ー縺 隱ー縺句勧縺代※」
「繧ォ繧、繝ウ縺輔s縺ゥ縺難シ溘←縺薙↑縺ョ」
「逞帙>繧亥ッ偵>繧郁協縺励>繧亥勧縺代※繧」
「ありゃあ……顔が三つある、のか」
「……っ」
――思わず、胃液が逆流しそうになった。
何だ、それは。つまり彼らは――害獣に変えられた挙げ句、ぐちゃぐちゃに繋ぎ、合わされて――……っ。
そんな、そんなの余りにも、あんまり過ぎる。
人らしい死さえ奪われて、その挙げ句にこんな――ッ!!
「……先を、急ぎましょう。元凶を叩き潰さないと」
「う、うん」
私は努めて、その激情を表に出さないようにしながら……変わり果てた姿になった彼らにせめて理性が残っていない事を祈りつつ、洞窟の奥へと向かっていった。
/
――パラディオン達が先へと進んだ後。
遺体を持ち運ぶ訳にも行かず、隅に安置されるように布を被せられた彼らの元に、ひたり、ひたりと近寄る者があった。
それは、おおよそ人ではなかった。
人のように直立し、一対の手足がある部分だけは似通っていたが……その頭はまるで鳥のようで。
黒い羽毛と無感情な瞳、そして……その頭からすれば、巨大とも言えるクチバシを、カパァ、と開けば……徐に、被せられていた布を剥ぎ取った。
「譚先侭縺後◆縺上&繧薙≠縺」縺ヲ縺ゅj縺後◆縺」
どこか嬉しそうな響きを感じさせるような、しかし人には不快な響きしか感じさせない音を鳴らしつつ。
鳥のようで、しかし6本の指が生えたその両手で遺体を包み込めばぐちゃり、と。
既に息絶えている彼らに爪を突き刺せば、何かを注ぎ込み――その瞬間、遺体がぶくり、と膨れ上がった。
ごぽ、ぼこんっ、と音を立てながら、遺体は膨れ、歪み、隣り合ったモノとくっつきあって――……
「繧医@縺ァ縺阪◆」
そして、出来上がったものを見れば。
その鳥のような、人間のような――どちらでもない怪物は、満足げに声をあげた。
ソレの前に居るのは、腐肉の塊だった。
数人の遺体を溶け合わせたようなそれは、潰れた顔を、潰れていない顔をギョロギョロと動かして。
「菴輔〒菫コ逕溘″縺ヲ」
「蟇偵>蟇偵>蟇偵>蟇偵>」
「菴輔↑縺ョ菴輔〒菴輔〒菴輔〒」
――そして、遺体だった筈のそれは、粘着質で不快な音を、声をそれぞれの顔から鳴らし始めた。
そのまま、彼らは這いずるように移動を始めると……それを、怪物は見送るようにして。
ばさ、と両腕を広げれば、黒い黒い体は暗闇に紛れていき、洞窟の何処かへと消えていった。
/
「――ウィル、大丈夫か?」
――洞窟の奥へと進んでいくと、不意にミラに声をかけられた。
彼女は、何故か心配そうな顔をしていて……どうやら感情が顔に少し出てしまっていたらしい。
僕は小さく息を吸って、吐いて。何とか心を落ち着かせて――……
「ん、大丈夫。問題ないよ」
何とか、気持ちを落ち着ければ。僕はミラに笑顔で返しながら、再び視線を洞窟の奥へと向けた。
視線の先に居るのは、彼ら――腐肉の塊達、で。
僕らは消耗を避ける為にも、出来る限り彼らとの交戦を避けつつ進んでいた。
幸いというべきか、アルシエルの目が僕らのパーティには有ったから、交戦を避けるのはそんなに難しい事でもなく。
「――蜉ゥ縺代※ 蜉ゥ縺代※繧医♂」
「……っ」
――ただ、その声だけは。
人のものではなく、聞いているだけで背筋が震えそうな悍ましいその音だけは、どうしようもなく。
アルシエルはびくっと震えつつ、ラビエリにしがみついて。ラビエリは苦笑しながら、よしよしとアルシエルの頭を撫でていた。
僕も、正直な所を言えば誰かに縋ってしまいたかった。
悍ましくて、気持ち悪くて――でも、それ以上に恐ろしくて。
僕だけならまだしも、もし仲間が――ミラ達がこうなってしまったらと思うと、怖くて怖くて、仕方がなくて。
「ウィル」
「どうかしたの、ミラ?」
……いけない、また顔に出てたのか。
僕はリーダーなんだから、しっかりしなければ――……
「――無理をするな、馬鹿」
「……え、あ」
――そんな事を考えていると、不意に、暖かな物に包まれた。
軽くミラに後ろから抱かれて……装備越しでは有ったけれど、今の僕にはミラの抱擁はとても、とてもあたたかくて。
「戻ってきた時から様子がおかしいとは思っていた。何か、あったな?」
「……そ、れは」
「――一人で抱え込まないでくれ、ウィル」
ミラの言葉は、少し悲しそうで……思わず、僕は胸を締め付けられた。
……ああ、僕は馬鹿だ。
心配をかけまい、負担をかけまいと思っていたのに。そう思ってやった事で、僕は彼女に逆に負担をかけていた、のか。
でも――それでも、今回の事は、本当のことを口にするのは余りにも重すぎて。
もし口にしてしまえば、戦えなくなってしまう人もいるんじゃあないか、と……思ってしまっていて。だから、口にする事も出来ず。
「……ウィル、話しましょう」
「リ、ズ」
「貴方一人で抱え込んでも仕方のない事でしょう、これは。どの道、何れは知ってしまう事ですし」
「……何だ、リズ。お前さんはウィルの様子がおかしい原因を知っとるのか?」
「ええ、大凡は――とはいっても、推察程度では有りますが」
……リズもやはり、彼らがどういう物なのかは薄々察していたんだろう。
もしかしたら、僕の態度で確信を持ったのかも知れないけれど……彼女の言葉にギースも、アルシエルも、それにラビエリも。
「――話してくれ、ウィル。頼む」
――そして、ミラも。僕に視線を向ければ……これ以上は、無理だった。
僕は小さく頷くと、安全な場所を確保してから腰を落ち着けて、話し始めた。
腐肉の塊の正体を。そして――ここに居る、今探しているそれが、人間をそうしてしまう……害獣に変えてしまう、悍ましい物なのだという事を。
アルシエルは顔を青くし、リズはやはりと言った表情で。
ラビエリも、ギースも眉を顰めながら……そしてミラは小さく息を漏らすと、軽く僕の頭を撫でた。
「……黙っていた理由は、まあ解った。戦えなくなるとでも思ったんだろう」
「う……ん」
「アルシエル、どう? 戦えそう?」
「……わ……わ、たし、は……」
ラビエリの言葉に、アルシエルは青褪めた表情のままふるふると震えていて――やはり、心優しいタイプのアルシエルには難しいのだろう。
仕方のない事だ、と僕は思いながら――……
「……や、る。やれ……る、よ……っ。だって……だ、って……っ、か、わい……そう、だ……もん……っ!」
「だあな、尚更……引導を渡してやらにゃあならん。あんな姿にされちまって、仲間殺しをさせられるなんざ向こうも御免だろう」
――僕は、自分の浅慮を恥じた。
ああ、そうか……僕の仲間は、そうだった。
皆、皆すごい人で、僕には余りにも恵まれすぎている、頼りになる人達で。
……そんな皆が、これで折れてしまう程心が弱い筈なんて、無かったのに。
僕が余りにもショックを受けたから、皆もそうなんだろうなんて考えてしまって――僕は、馬鹿だ。
「……彼女が奮起するのは、予想外でしたが。私達の心は、そこまで弱くは有りませんよ」
「ああ、その通りだ。全く――だが、有難う。優しいな、ウィルは」
「ん……っ」
リズも少し意外そうな顔をしつつ、アルシエルを見ていたけれど、はっきりとそう口にすれば、微笑んで。
ミラに軽く頭を撫でられれば、目を細めながら……僕は、小さく息を吸い、吐き出して、気持ちを整えて。そして、皆に頭を下げた。
「――ありがとう、皆」
「おう、気にすんな」
「ま、リーダーだからって抱え込み過ぎないで良いんだよ、ほんと」
「……んっ。わ……たし、も……がん、ばる……からっ」
「よし、では――そろそろ行こうか。彼らを、救わないといけないからな」
「出来る限り交戦は避けつつ。避けられない時は――そうですね、ギース。貴方の落とし穴で落としてしまいましょう」
――頼れる仲間とともに、立ち上がる。
僕は胸に渦巻いていた気持ち悪さと恐怖が幾分か和らいだのを感じながら、洞窟の先へと視線を向けた。
……この先に居るかは判らない、けれど。
この仲間たちと一緒であれば、どんなに悍ましい、恐ろしい相手であっても立ち向かえると、そう思いながら。




