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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
6章:永劫の生命を与えるモノのお話
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5.悪夢の始まり

 その日、本部はにわかに慌ただしかった。

 それも仕方のない事だろう、何しろパラディオン達のパーティが二度も続けて壊滅したのだから。

 一度目は偶然、不運にもという可能性が有ったかもしれないが、二度目はそうは行かない。

 何度もそれが起こるというのであれば、それは最早何らかの異変がその地域に起こっていると見て間違い無いだろう。


 以前貪食が現れた時のような場所も存在も不確定な驚異ではなく、確かにそこに存在している驚異。

 ともなれば、本部も出し惜しみをする筈も無く――本部でも腕利きのパラディオン達を集めて小隊を編成し、この驚異を駆除する事になった。


 僕たちもその小隊に参加するように要請され、僕はそれを快諾し……こうして、任務から戻ったばかりの体に鞭を打って準備を始めたのだけれど。


「――しかし、意外だったな。まさかアイツが居なくなっちまうとは」


 準備をおおよそ終えたのだろう、最後に詰めるつもりらしい酒を口にしつつギースは小さく息を漏らした。

 アイツ、というのは言うまでもない。カイン=アラベイルの事だろう。

 ……確かに、彼まで帰らぬ人となったのは少しだけ意外だった。

 聞いた話によるものだから実際に目にしたわけではないが、彼は最近までワンマンパーティで害獣の駆除にあたり、その実一人だけで多くの害獣を屠っていたのだ。

 一人だけで害獣の駆除を何度も成した、その時点で常軌を逸した実力があると見て間違いは無いだろう。

 少なくとも僕らの内の誰もが……そもそも、やろうとも思わないのだけれど、ただ一人でそれを成す事は出来ないのだから。


 ……だが、その彼も今回は帰らぬ人となってしまった。


「大方、油断か慢心でもしてたんじゃないの? そういう事しそうだし、アイツ」

「ん……それ、だけ……あぶ……な、いの、でた……の、かも」

「……まあ、それもあるだろうけどさ」


 おそらくはまだカインのことを許しては居ないのだろう、少し棘のある言葉を吐きながらラビエリは立ち上がり、小さく息を吐き出した。

 準備が終わったのだろう、椅子に腰掛けながら彼の事を鼻で笑い。

 同じく準備を終えたアルシエルは、少し不安げな表情を見せながら小さく呟いて……ラビエリはその言葉に、頬を掻いて。


「油断云々よりは、恐らくはアルシエルの言のが正しいのだろうな。実力だけではどうにもならない事もあるさ」

「……う」

「そう、だね。多分だけど、彼でも対処できない何かが有ったんだと思う」


 何処か実感の籠もったようなミラの言葉に、ラビエリは以前のことを……貪食のことを思い出したのか、少し言葉をつまらせれば――僕は苦笑しつつ、そう口にした。

 ……そう、如何に剣の腕が優れていても、魔法の腕が優れていても、どうしようも無い事態は確実に存在する。

 人間対人間であるならば、才能は絶対の指標だし揺るぐことのない差だけれど、対害獣となると変わってくるのは、パラディオンとして活動してきた僕らは痛い程に理解していた。


 例えば、如何にカインが凄かろうと柔肉の沼の駆除は恐らく出来ないだろうし――そういった、どうしようもない相性といった物は確実に存在する訳で。

 恐らく彼が出会ってしまったのも、そういったどうしようもない相手だったのだろうとは、予想はついていた。


 ……その相性を埋める為のパーティなのだけれど、結局彼は理解していなかったのだろう。

 彼のことは今でも好きにはなれないし、どちらかと言えば嫌いだけれど――それでも、勿体無いな、と思ってしまった。

 僕では決して届かない高みに届き得る才能だったというのに、こんな事で失うなんて――……


「……っ、違う違う」

「ん、どうかしたのか?」

「ううん、何でもないよ」


 胸の内に湧き上がった妬みにも似た仄暗い感情を、頭を振って振り払う。

 生まれ持った才能はどうしようもないものなのだから、そんな事を考えても仕方がない。

 僕は取り敢えず、現地が洞窟なのは解っているのでそこで役立ちそうな物を荷物に詰め込みつつ。


「さてと、準備は終わった?」

「ええ、大凡ではありますが」

「こっちはもう終わってるぞ。後は酒を詰めるだけだ」

「僕も大丈夫、アルシエルは?」

「も……ちょ、っと……っ、ん……お、わった……よ」

「私も大丈夫だ」


 僕らはそれぞれ確認を終えてから、小さく頷けば――明日に備えて、各々の部屋で休む事にした。

 出発は明日の朝。今日戻ってきたのに早速出発するというのは、思う所が無いわけではないけれど……パラディオンとしては、割とありふれたことではあるし。

 ギースは酒場に行きたかったなぁ、と冗談めかしてぼやいてはいたけれど、まあうん。

 この任務から戻ったら、本部も多少は融通を聞かせてくれるだろうから……その時は、酒場で宴を開くことにしよう――……




 /




「――っ、はぁ、はぁ……っ」


 薄暗い洞窟の中をどれほど走り回ったのか。

 カイン=アラベイルは吐息を荒くしながら、洞窟の壁を背にして腰を降ろした。

 飄々とした、軽薄そうな容貌は見る影もなく憔悴し、10年は歳をとったのではないかと思える程にその風貌は様変わりしていたものの――まだ、彼は生きていた。


「くそ……っ、クソ、クソクソクソ……っ!!何なんだよアレは……あんなの、聞いてない……あんな、あんな……っ!!」


 リトルの女性の最期を見たのだろう。

 カインはそれが瞼に焼き付いて離れず、髪を掻きむしるようにしながら独りごちる。

 彼の周りには、もう誰も居なかった。彼が力づくで従えた仲間達は皆、黒い鳥のような頭をした何かに襲われて――……


「……っ、う、ぶえぇ……っ」


 ……そして、それをカインは手にかけた。

 いや、正確に言えば傷つけた(・・・・)というのが正しいのだろう。

 カインは胃の中身が無くなる程に何度も嘔吐し、胃液には血さえ混じっていたが……それに構える程の余裕は、彼にはなかった。


「僕は……僕は、絶対にああはならないぞ……なってやる、ものか……!」


 口元を拭いながら立ち上がり、再びカインは歩き出す。

 荷物は自分の分以外は全てあの場に置き去りにしてしまったため、地図も無ければ明かりも心許ないが……あの場に戻る、という選択肢だけは彼は取りたくなかった。

 あの場に戻れば、彼女たち(・・・・)にまた出会うかもしれない。

 それは、彼にとっては死ぬほど悍ましく、恐ろしく――……


「――繧ォ繧、繝ウ縺輔s」

「ひ、ぃっ!?」


 ……そんな彼の想像を具現化するかのように、暗闇から声が響いてきた。

 みっともなく悲鳴をあげたカインを、誰が責める事ができようか。

 何しろその声は、おおよそ人があげていい物ではない不快でおぞましい物では有ったけれど――彼には、聞き覚えのある物でもあり。


「蜉ゥ縺代※縺上□縺輔> 逞帙>繧薙〒縺」

「あ……あ、あぁぁ……っ」


 べちゃ、べちゃ、と。

 湿ったものを叩きつけるような音と共に、小さな影が暗がりから現れる。

 それは、ブクブクに膨れ上がった、小さな手足のついた腐肉の塊で――……


「蜉ゥ縺代※繧ォ繧、繝ウ縺輔s」

「う、あ――あ、ああああぁぁぁぁっ!!!!」


 その、腹なのか胸なのかもわからない所にある顔を見れば。

 今もなお、不快でおぞましい音を鳴らし続けるその部分を見れば――カインは、半狂乱になって剣を振るった。

 それが何なのかはもう、カインには理解できていた。出来てしまっていた。

 いっそ、ただの化物だと思えていたのならカインも幸福だったろうに、その姿がそれを決して許さなかった。


 半狂乱になっても剣の冴えは変わらず、その腐肉の塊を細切れにすればカインは再び駆け出した。

 兎に角、ここではない何処かへ。

 出口へと走っているのか、それとも洞窟のさらに奥へと走っているのか、それさえもわからないまま。


「縺ェ繧薙〒縺薙s縺ェ縺薙→繧」

「繧上◆縺励◆縺。莉イ髢薙↑縺ョ縺ォ」

「繝偵ラ繧、繝偵ラ繧、繝偵ラ繧、」

「縺ゅs縺ェ縺ォ蜿ッ諢帙′縺」縺ヲ縺上l縺溘?縺ォ」


「くそ……っ、くそっ、くそっ、くそぉ……っ、何でだよ、何でだよぉ!!僕は、僕はオラクルになる筈なんだ!なって、全部を手に入れる筈なのに……!!!」


 暗闇の奥から聞こえてくる悍ましく不快なその声に、カインは耳を塞ぎながら――どうか、どうか。

 これが夢であるのなら覚めてくれ、と心の底から願いながら、暗闇の中を走り続けた。

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