3.穏やかな日々
「……ん?」
「何か、騒がしいね」
あれから幾度目かの依頼をこなして本部へと戻ってくると、何やら本部の様子が普段と違っていた。
これは、そう――まるで以前、ミラが行方不明にでもなった時の、ような。
あの時の感覚を思い出して、思わず胸を抑えつつ……しかし、隣にミラが居るのを見れば、小さく息を吐き出して。
「どうかしたのか、ウィル?」
「ううん、ただ……もしかしたら、誰か居なくなったのかも、ね」
「……ああ、どうやらそれっぽいな。またぞろ厄介な奴でも現れたか」
ギースは人だかりを見れば、ちょっと見てくると向かっていって……僕はその間に、報告書を提出してくる事にした。
昔は便箋で郵送できる程度の内容しか送ってなかったけれど、最近はリズが入った事もあって仔細な書類が作れるようになったし、こうして直接手渡す事も増えた気がする。
まあその分仕事が増えたと言えなくもないし――ミラとギースは割と心の底から嫌がってるような気はするけれど、こういう事の積み重ねが他のパラディオン達の命に繋がる訳だし、悪い事ではないと思う。
「今回の報告書です、確認をお願いします」
「いつもご苦労さまです、ウィルさん」
受付の人に渡せば、内容を審査され……誤字や脱字、一目で分かる妙な部分がないかを確認されてから、彼女はトントン、と紙束を揃えて。
何時ものように内容に問題がないのを確認すれば、笑顔とともにそれを受理してくれた。
……くれたのだが、何故だかどうもその顔色は宜しくない、ような気がする。
少し疲労が溜まっているというか、何というか。
「……何か、有ったんですか?」
「あ……そうですね、少し。ウィルさん達は戻ったばかりでしたね」
彼女はそう口にしつつ、何時ものように笑顔を見せる。
そして、視線を人だかりの方に向ければ――それで、おおよそ察しがついてしまった。
「敗走したパーティが出たんですね」
「……ええ、一人残らず。決して、難しい依頼ではなかったはずなのですが」
「――成る程、それは」
――実の所を言えば、パラディオンのパーティが敗走する事はそこまで珍しい話ではない。
害獣の駆除というのはそれだけ大変なことだし、不慮の事故で撤退を余儀なくされる事だって良くあることだ。
無理を続けて全滅するよりは、一度撤退して他のパラディオンに引き継ぎをした方が良い事だって、多い。
そういう常識があるからこそ、パーティが全滅する、というのは本当に珍しい事だった。
普通ならばその前に撤退するか、一人でも逃れてその驚異を伝えようとするものなのだけれど、今回はそうではなかったらしい。
未だ大丈夫、と無理をしたのか。
それとも一人も逃れる事が出来ないような、恐ろしい何かが現れたのか。
何れにせよ、それが良いことではないのは明白だった。
「一体何の駆除に向かっていたんです?」
「継接人ですね。彼らからしてみれば、然程問題のある相手ではなかった筈――」
彼女はそう口にしてから、はっとした様子で僕の後ろを見て。
それに釣られるように視線を後ろに向ければ、何人か僕の後ろに並んでいて――
「ご、ごめんなさい、直ぐに退きますっ!」
「ったく、お前にゃもう彼女が居るんだろうが。浮気は良くないぜ、ウィル」
「ちがっ!? な、何言ってるんですか、もう!!」
先輩にかわかわれながら、僕は受付の人に頭を軽く下げるとその場を後にした。
……うう、恥ずかしい。僕とミラがそういう関係になっているという事は、もうある程度知れ渡ってしまっているようで。
それを悪いとは思わないし、寧ろ嬉しい事でもあるのだけれど――やっぱり揶揄されてしまうのは、ちょっと恥ずかしかった。
ミラ達の元へと戻れば、既にギースが戻ってきており。
掲示されていた物を見てきたのか、先程受付の人と話したことを僕にも教えてくれた。
要約すると、継接人の駆除に向かったパラディオンのパーティが一人残らず全滅したので、再度受けるパーティは他の害獣の存在を踏まえて任務に当たること。
また、任務を受けた際には全滅した彼らの捜索も同時に行うこと――と、あったらしく。
「どうする、受ける?」
「そう……だね」
ラビエリの言葉に、僕は少しだけ考えた。
……正直な話、受けたいとは思っている。このまま任務を放置するのは良くない、というのもあるけれど……何より、全滅してしまった人たちを探してあげたい、と思ってしまう。
以前ミラが居なくなった時のあの気持ちは、今だって忘れる事はできない。
それを、他の誰かがしているかもしれないのだから――それを、どんな形であれ埋めてあげたいと、そう思って――……
「――おいおい、こんな雑魚相手に全滅とか!ほんっとに雑魚ばっかだなぁ、ここは!」
そんな事を考えていると。
不意に、あまり聞きたくはない軽薄そうな声が聞こえてきた。
視線を向ければ、そこに居たのはカイン=アラベイルで……周りには、心底申し訳なさそうに頭を下げている、彼の仲間が居た。
貼り出されたものを、カインは心底つまらなさそうに見つめつつも引っ剥がせば、鼻で笑って。
「ま、折角だし僕が受けといてあげるよ。こんな雑魚害獣、僕の敵じゃないしね」
そして、そのまま受付に行けば依頼を取り付けるつもりなのか。
……心底嫌そうな顔を一瞬だけ見せた受付の人も、次の瞬間には貼り付けたような笑顔を浮かべており。
彼女のプロ根性を垣間見たような気分になりながら、僕は――仕方ないか、と。そう考えると、立ち上がった。
「良いの? アイツなんかに任せちゃって」
「ん、あれでも最近はちゃんと任務にあたってるみたいだし、大丈夫だと思う」
――そう、カイン=アラベイルは相も変わらず素行不良ではあったものの、任務自体はしっかりとこなしているようで。
元より、比肩する者が殆ど居ないほどの才能を持っているのもあるのだろう。
ワンマンパーティだという話は聞くものの、それでも彼の任務をこなすスピードはとても速く、その実力自体は多くのパラディオン達が認めていた。
ラビエリは最初の事が有ったからだろう、まだ納得はしていないようだったけれど。
流石に任務を横取り、なんていうのは余りにも良くないし、何よりカインと絡んで余計な火種を作ってしまうのは尚の事宜しくない。
僕らはその場で解散すれば、何時ものように各々の時間を過ごし――……
その日の晩。
僕はミラに誘われて、彼女の部屋で軽く飲んでいた。
お互いに酒は控えめに、他愛のない話を交わしながら……やがて、話は今日戻ってきた時の事へと移り。
「……その、ウィル。私が居なくなった時も、あんな感じだったのか?」
「あんな……ん、まあ、ね。結構騒ぎになってたよ」
「そうか……うう、恥ずかしいな」
ミラはそんな事を言いながら酒を煽ると、酔いか、或いは恥ずかしさからか、仄かに赤く染まった顔で小さく息を吐いた。
……実の所を言えば、僕はミラが居なくなったのを見た時からしばらく、あまり細かなことは覚えていないのだけれど。
それでも、その時は結構な騒ぎだったって事くらいは、朧気ながら覚えている。
あの時は北限遠征に行った新人パーティ、という事で目立っていたのも有ったのだろう。
全滅ではなく敗走であっても、皆かなり動揺しているようだった。
「は、ぁ……しかし、今度もあれ、なのだろうか」
「あれって?」
「……『新種』だよ。今回全滅したパーティ、ちゃんと経験を積んだ所だぞ? 今更継接人にやられるとは思えん」
ミラの言葉に、少し考える。
彼女の言う『新種』は、以前彼女が襲われた貪食の事ではなく、新たな……未知の害獣、という事だろう。
……可能性としては、有り得ない話じゃあない。
ミラの言う通り、今回全滅したのは新人という訳ではなく、同時に駆除の対象である継接人は新人でも駆除が容易い害獣だ。
だから、彼らが全滅したということは何かしらの偶発的遭遇があったと見て、間違いはないだろう。
ただ、それが『新種』かどうかと言われると、どうだろうか。
「どう、だろうね。変異種って事もあると思うよ?」
「む……そういえば、そうか。継接人の変異種は、なんだったか」
「ええっと、確か……継接竜、だったかな」
以前見た教本の内容を思い出しつつ、お酒を口にする。
継接竜、というのは継接人の変異種であり……単純に言ってしまえば、際限なく自らの身体を継接にして拡大した継接人のようなもの。
その体は巨大で、最大で4m近くにもなるのもあって非常に危険な存在であり、幾らダメージを与えても人間を継接にして再生しようとする、恐ろしい相手だ。
僕らはまだ相手にはした事がないものの、そういうのと不意に遭遇してしまったなら――全滅することも、有り得ない話ではない。
「私としては、相手するのは遠慮したいな」
「あはは、害獣なんてどれもそんなものだよ」
「今思えば、花蜘蛛は本当に愛らしいものだったな――ああ、懐かしい」
昔を懐かしむようにするミラに笑みを零しながら……僕は、養成所自体の事を思い返す。
決して楽しい思い出ばかりではなかったものの、ミラと組んで……友人になって以降は、毎日が楽しかった。
養成所を卒業する時の手合わせも、ギリギリで勝つ事ができて嬉しかったし――何より、最後は僕を嫌っていたようだった同期生達とも、笑顔で別れる事が出来た。
「……みんな、元気にしてるかな」
「してるさ、きっとな」
僕とミラはそう言いながら――また、取り留めのない会話をし始めて。
酔いが回ってくれば、ミラは泊まっていけとは言ってくれたので、言葉に甘えて長椅子の上で眠る事にした。
……僕が長椅子の上で寝る、と言ったらミラは何故か残念そうにしていた気がしたけれど。
もしかして、ミラは長椅子で寝る方が好きなのかな……とか。
そんな事を考えつつ、僕はゆっくり、ゆっくりと、心地よい微睡みに身を委ねていった。




