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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
6章:永劫の生命を与えるモノのお話
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2.カイン=アラベイルという男

 カイン=アラベイルが本部に来てから一週間程の時間が流れた。

 彼の素行の悪さは、直接関わらずとも否応無しに耳に入ってきて。同時に多くのパラディオン達が彼を相手にしていない事も、また耳に入ってきた。


 まあ、僕らはもうパラディオンになって1年近く経つわけだけれども。

 今まで色んな先輩達と接してきて、あんな安い挑発に乗るような人たちではない事は、良く良く解っていたし。

 先輩達も、仲間が傷つけられる事でもなければカインといざこざを起こすような事は無いのだろう、多分。


 結局、最初は少しだけ不穏な雰囲気だった本部も、特に荒れると言ったことはなく。

 一週間も経てば何時も通り――とまでは行かないものの、それに近いような状態に戻っていた。


 僕らも僕らで、次の任務を受けるまでの間、カインには関わらないという事を徹底しつつ過ごしていたのだけれど……


「ウィル、少し時間を頂いても構いませんか?」

「ん、どうしたのリズ?」


 そんなある日の事。

 ミラのリハビリ……という名目の手合わせを終えた僕の元に、リズがやってきた。

 リズはミラも居るのをみれば、丁度良いと言った様子で小さく頷いて。


「――アレが本部に来た理由が判りました」

「アレって……」

「……アレか」


 アレ。つまりは、カイン=アラベイル。

 僕らは意図的に彼の名前を口にするのを避けつつ、その顔を思い浮かべるだけで少し黒い感情が湧くのを感じながら。

 しかし――僕自身、彼が何故ここに来たのかは気になっていたものあって。


「じゃあ、僕の部屋で良いかな? 立ち話するような内容でも無さそうだし」

「そう、だな。ギース達も暇そうであれば呼んでこよう」

「ええ、では……そうですね、1時間程後で伺います」


 折角だからギース達も一緒に、と決めれば。

 僕らは一旦別れて、各々の準備を済ませる事にして……僕は自分の部屋を片付けてから、ギース達を呼びにいった。

 幸い、ギース達も外せない程の用事はなかったのか。

 ギースは酒を持っていくと笑いながら(のたま)い、ラビエリ達も以前のことが有ったからか、露骨に顔を顰めながらも頷いて。


 そうして部屋に集まった僕らは、小さなテーブルを囲みながら。

 お茶やお酒を口にしつつ、リズの方へと視線を向けると……彼女は何やら紙束のようなものを取り出して、コホン、と小さく咳払いをした。

……もしかして、本部の中で聞き込みでもしたんだろうか。

数ヶ月リズと過ごして解ったのだけれど、彼女はどうやら合理的である異常に几帳面で生真面目なようで。

 どんな事をするにもきっちりと、徹底的にやるのが心情らしく……リズらしいな、と思いながら思わず苦笑してしまった。

 ギースも同じ所感だったのか、酒を口にしつつも少し可笑しそうに笑っていて。リズはそんな僕らを少し不思議そうに眺めながら、首を傾げつつも手元の紙束に視線を落とした。


「……まあ良いでしょう。では、私が調べた結果なのですが――カイン=アラベイルはどうやら西方のパラディオン支部から厄介払い(・・・・)されてきたようです」

「厄介払い……って」

「文字通りですね。パラディオンになった以後も見ての通りの素行ですから」


 リズの言葉に、僕らは揃って頷いてしまう。

 ……あんな素行なのだし、そりゃあ厄介払いされたって仕方がない。

 どんなに実力が有ったって、協調性の欠片もない性格じゃあ誰にも慕われないし、協力しようとも思われない。

 無論、パラディオンとしての実力は才能が前提ではあるのだけれど……それ以外の部分が腐り果てているのであれば、疎まれても仕方がないだろう。


「……でも、厄介払いって変じゃない? 普通解雇(クビ)とかじゃないの?」


 僕らが各々納得しているそんな中、ラビエリは唇を尖らせながらそう呟いた。

 リズはその言葉に頷きつつ……しかし、小さく溜め息を吐き出すと、口に出すのも嫌といった様子を見せながら――……


「そう、ですね。普通ならば解雇が妥当でしょう。何しろ、アレは西方の支部でパラディオンを一人殺して(・・・)いますから」

「な――っ」

「は、はぁっ!? ころ、殺した!?」

「……じょ……う、だ……ん……だ、よ……ね?」


 ……そんな、信じられない事実を口にした。

 殺した? 同僚である、仲間である筈のパラディオンを?

 リズの言葉を信じられず――信じたくなくて、僕らは絶句しつつもリズに問い返す……が、帰ってきたのは肯定を示すような、リズの頷きだけで。


「――事実です、確認も取れました。被害者はカイン=アラベイルの同期であるパラディオン、リンスリット=ローズクラウト。西方では地位のある貴族の令嬢です」

「いや、いやいや、それなら尚更だよ!なんでアイツまだのうのうとパラディオンやってんのさ!?」


 ラビエリはそんなリズの言葉に立ち上がりながら、声を荒げた。

 ……無理もない話だ。今までは唯の素行不良な問題児程度の認識だったというのに、それが一気に別のものへと変わってしまったんだから。

 同僚殺し、なんていうのは冗談抜きで最低最悪の行為だ。

 許されるべきではないし、その状況次第では然るべき所で裁かれた後に死罪になったっておかしくない。


「……彼の、才能ですよ。彼の剣の才能は事実、西方では比肩するものが居ない程の物でしたから」

「だからって……ああ、いや、そうか。だから、厄介払いなんだね」


 ――カインの剣の才能だけは、本物で。将来的にはオラクルに成り得る程の……姉さんに比肩しうるものであるとするのならば。

 例えそれがどんなに最悪な、性格の腐った手合だったとしてもクビには出来ないだろう。

 何しろ、パラディオンは常に人材に逼迫しているような状態だ。害獣の驚異は無くなる事はないし、怪我で辞めていくパラディオンだって決して少なくない。

 そんな中で、それだけの才能を持った者をどうしてクビに出来ようか。


 ……だから、厄介払いしたのだろう。

 自分の所ではダメでも、他の支部であったなら上手くやっていけるかもしれない、そんな薄い希望に縋ったような処分。


 確かに、そうするのも判らなくはない……判らなくはないの、だけれど。


「溜まったものではない、な」

「……ええ、まあ本当に、私もそう思います」


 ミラの言葉に、リズは心底同意するように項垂れた。

 本当に、冗談ではない。同僚でも殺してしまうような輩がこの本部に居ると思うだけでも、ぞっとする。


「なあ、リズ。因みにそうなった原因はなんだったんだ?」

「……聞きますか? 更に気持ちが暗澹とすること請け合いですが」


 ギースの言葉に、リズは小さく笑いながら紙束を捲る。

 ……どうやら、そこまできっちりと調べていたらしく。ここまでくるとどうやって調べたんだろうと、聞きたくもなるけれど……今は、止めておこう。

 ギースがしばらく悩んだ後で頷けば、リズは溜め息を漏らしつつも紙束に視線を落とし――そして、眉をひそめた。


「――痴情のもつれ、です」

「え」

「……すまん、よく聞こえんかった。なんだと?」

「痴情のもつれです、痴情のもつれ!何度も言わせないで下さい、全く」

「す、すまん、流石に信じ難くてな……」


 リズの言葉が信じられなかったのか、ギースは問い返し……リズはとうとう限界になったのか、紙束をテーブルに置くと吐き捨てるようにそう口にして。

 そんなリズの様子に、ギースは申し訳なさそうにしながら。何故か持ってきていたのか、葡萄酒をグラスに注ぐとリズに手渡した。


 ……痴情の、もつれ。

 正直、ギースじゃなくても聞き返したくなるような理由だった。

 リズが置いた紙束を見れば、事の詳細が記されており……成る程、眉をひそめる筈だと納得してしまう。


 そこに記されていたのは、カイン=アラベイルがリンスリット=ローズクラウトを殺害するまでの経緯だった。


 カインとリンスリットは同じ養成所で過ごした同期であり、それなりに仲は良かったらしく、パラディオンとなった後も同じパーティーを組んでいた。

 カインもその頃はまだ、素行が悪いとは言えど……パラディオンになったという事も有るのだろう、それまでと比較すれば幾分かまともになっていたらしい。

 だが、パーティーを組んでからしばらくが過ぎた頃、問題が起きた。

 リンスリットは同じパーティーの――カインではない男と恋仲になり、その日からカインの素行は日を追う毎に悪化していったのだ。

 因縁をつけて喧嘩をする、正当防衛を装って相手を斬りつける、と言った以前よりも更に素行が悪くなったカインを問題視したリンスリットは、カインと話し合うと言って彼の部屋へ向かい。

 ――そうして、その翌日。

 カインの部屋で、五体が文字通り泣き別れたリンスリットの遺体と、血に塗れながら笑っているカインの姿が見つかって――……


「……うん、ごめんリズ。これは言わせるようなものじゃないや」

「解ってもらえて幸いです……私も、調べていて気分が酷く悪くなりました」


 そこまで読んで、僕は酷くげんなりとした気分になりながら紙束を置いた。

 リズが気分を悪くするのも無理はない。これは……余りにも、何というか、頭が痛い。

 こんな理由で仲間を殺害するなんていうのも理解出来ないし、こんな事をした奴がパラディオンだという事も理解したくない。


 ……兎も角、解ったのはカイン=アラベイルという男がどれだけ危険な、厄介な――そして、愚かな男なのか、という事だけ。

 ただ、前よりもより危険物だという認識が共有できたから……こうして集まって話したのは、本当に良かったと思う。

 ミラは本当に喧嘩っ早いというか、直情的な所があるし――万が一彼女が傷つけられたなら、僕だって理性が効きそうにない。


「……どうかしたのか、ウィル?」

「あ、いや、うん。何でもない」


 勿論、ミラ本人にそんな事は言わないけれど。

 そんな事を口にしよう物なら、拗ねたり怒ったりで大変だろうから。


「――まあ、総括するとだ。アレにゃあ近寄らず、関わらずって事で良いんだよな?」

「それで良いかと。危うきに近寄らず、時間が経てばまた何処かへ厄介払いされるかもしれまえんから」


 ギースの言葉にリズが小さく頷けば、僕らはただ話を聞いただけだというのに、どっと疲れたような気分になってしまった。

 こんな事を調べてくれたリズには感謝しつつ、僕は明日からもうちょっとカインという男に気をつけたほうが良いな、と気持ちを改めて。


「……よし、今日はこのまま飲むか!」

「そうですね、私も少し疲れましたし……ウィル、構いませんか?」

「あー、うん。僕もちょっとそうしたい気分だから、そうしよっか」


 ……そうして、その日は僕の部屋で皆で軽く飲み、静かに騒いで。

 直に来るであろう次の任務に、早く行かせて欲しいな、と少しだけ思いながら夜を過ごした。







 ――カイン=アラベイルは酷く苛立っていた。

 本部に来てからというもの、相手に喧嘩を買わせようとしても買うものは誰も居らず。

 仮初めとは言えどパーティーは組んでいるものの、その仲間はカインを恐れて碌に会話もする事はなかった。


 当然といえば当然である。

 今までカインがしてきたことを考えれば、そうなってしまうのは当然の帰結であって、なんら不思議な事ではない。

 だが、カインにとってはそうではなく――


「……っ、クソっ、クソッ、クソ!僕を蔑ろにしやがって!僕はオラクルになる男だぞ!?」


 誰も居ない廊下で、壁を蹴りながら叫び、そして苛立ったような視線で壁を見た。

 当然そこには何もない。

 カインは呼吸を荒くしながら、壁に拳を叩きつけて……そして、額を打ち付けた。


「見返してやる……どいつも、こいつも……!!お前も……リンスリットも、全員見返して、やる……ッ!!」


 ……彼には、一体何が見えているのか。

 誰も居ない、何も映っていない白壁に叫ぶようにそう言いながら、彼は苛立ちを隠しもせずに受付へと向かい。


 ――その数時間後。

 彼は、適当な依頼を選べば仲間を強引に連れて、本部を後にした。


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