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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
序章:パラディオンになる前のお話
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6.一日目、終了

 キィィ、という耳障りな叫び声が鳴り響く。

 周囲に居た、恐らくは最後の一匹であろう害獣を剣で切り裂くと、僕は額の汗を拭った。

 先に仕掛ける事さえできれば、恐れる要素は殆ど無いと言って良いだろう。


 ミラの言う通り、周囲をしっかりと確認すれば辛うじてこの害獣の存在を察することは出来た。

 色とりどりの花が咲き乱れる風景の中で、少し目を離した間に「色が変わった」花がある事。それが、この害獣が居るというサインである。

 これだけの花が有ると、何も知らなければ見逃してしまうような変化だが――そうであると分かっていれば、話は別だ。


 事実、この数時間で僕とミラはかなりの数の害獣を駆除することが出来た。

 駆除した害獣の死体は、拠点へ持ち帰って掘った穴の中へ。燃やそうかという案も出たけれど、万が一何かあると……例えば煙が毒性、とか……困るから、安全策として深く掘った穴に埋める事にした。


 そうやって過ごして居ると、いつの間にか日は落ちて。森林の中という事もあり、拠点の灯り以外は何も見えない程に、周囲は暗く、暗くなっていく。

 流石にこうなってしまうと、これ以上の探索は難しい。僕とミラは交代で休む事にして、今日はテントで眠る事にした。


「……さてと、今日は静かにやらないと」


 ミラがテントに入っていったのを確認してから、予め荷物から取り出しておいた木剣を手にする。

 ……昨晩は移動中の馬車の中だったという事もあって、自主訓練ができなかったし。今夜はその分、しっかりやっておかないといけない。

 流石に弓は矢が勿体無いし、外れた時の回収が大変だから諦めるけれど、素振りくらいは大丈夫だろう。


 とはいえ、やるのは静かに。ミラは寝ているのだし、邪魔にならない程度に。

 木剣を同じ構え、同じ動きで振り下ろす。ただそれだけを、何回も、何回も繰り返す。


 ……これは、どちらかと言えば剣の腕というよりは、体作りの方の訓練だったりする。才能がそこまでではない以上、僕が出来るのはそっちの方しか無かったから。

 同年代の他の人と比べたら、基礎体力とかそういった部分だけはしっかりと鍛えていると自負している。

 最初は1時間もたずに疲れ果てていた自主訓練も、今ではしっかり、決めた回数を最後までこなす事が出来るようになっていた。


 木剣が風を切る音だけが、静かな森に規則正しく鳴り響く。

 こうしていると、ここが害獣の生息地だという事を忘れてしまいそうだった。いつもの雑木林の中で訓練してるんじゃないかと錯覚しそうになる。


 そう、不気味な程に静かだった。

 自分たちの他には誰も居ないんじゃないか、と少しだけ不安になるくらいに。


 そんな不安を抱きつつも気の迷いと振り払い、数百回目の素振りを終えた頃だった。


「……っ」


 不意に、拠点の灯りに照らされた木々の間に大きな影が見えた。

 大きさは、少なくとも僕より二倍以上。ミラと比べても二倍はあるかもしれないくらい。

 そんな巨体が、音を立てる事さえ無く、四本の足を動かしながらのそりのそりと森の奥へと向かっていく。


 僕はその巨体から視線を外さないようにしながら、慌ててテントで寝入っているだろうミラを起こしに向かった。

 悲鳴をあげそうになったが、あげたらあの巨体がこちらへと向かってくるかもしれない。

 静かに、毛布にくるまっているミラの肩を揺らし――


「……ん……何だ……?え……な……っ、き、貴様っ!何をして……んぐっ!?」

「しーっ!静かにして!!」


 ――何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にして怒鳴りかけたミラの口を慌てて抑え込む。

 そのままテントの外を指させば、ミラも勘違いだと分かったのだろう。テントの外を覗き込み、そして小さく息をのんだ。

 巨体は今もなお、不気味な事に足音一つ立てること無く、幸いな事に此方を一瞥する事さえなく、森の奥の闇へと消えていく。

 偶々視界に入ったのは、本当に幸運だった。何しろこうして目視してもなお、そこに本当にいるのか疑わしくなる程に森は静かで。背後から近寄られたとしたら、もしかしたら気づく事さえ出来ずに――


 最悪の想像に身震いする僕を見ながら、ミラは額に冷や汗を垂らしつつ小さく息を吐いた。


「……何だ、あれは」

「僕に聞かれても判らないよ……」


 ようやく姿が見えなくなった巨体に、互いに安堵の息を漏らす。ミラの言葉に返しながら、僕は地面にへたりこんでしまった。

 ……正直、油断していたんだと思う。昼間に出てきた小さな害獣を駆除できたから、もう大丈夫だと安心してしまっていた。

 そんな訳がないのだ。ここに生息してる害獣がたった一種類だなんて、先生方も誰も口にしていないのだから。


「全く……眠気も覚めてしまったな。少し早いと思うが交代しよう、ウィル」

「あ、うん」


 お互いに落ち着いたからか、ミラは槍を手に取るとそのままテントの外へ。

 まだ素振りの途中だったけれど、もうミラは交代する気満々みたいだから此処は休んでおく事にしよう。


 ……そういえば。


「ねえ、ミラ」

「どうした?睡眠はしっかり取るべきだと思うが」

「さっき、何か悪い事したかな?」


 何故、さっきミラは顔を真っ赤にして、怒鳴り散らそうとしたのだろう……?

 僕の言葉に少しの間、ミラはきょとんとした表情を見せていたが……その表情はあっという間に、何処か引きつった笑顔に変わって。


「……あいたっ」

「さっきの事は忘れろ。良いな?」


 ゴンッ、と、思い切り槍の柄の方で頭を殴られてしまった。

 何で、と問い返そうとしたけれど、有無を言わせないような笑顔にこくん、と頷いてしまえばそこまで。

 ミラはたき火の前に座り込めば、シッシッ、と虫でも払うかのように僕の方に手を振ってきて。いまいち釈然としないと思いつつも、僕はテントに入ると自分の毛布に包まった。


 ……取り敢えず、寝よう。何だかモヤモヤするけれど、それを気にしているような状況でもない。

 明日からは蜘蛛のような害獣だけじゃなくて、あの巨大な害獣にも注意しながら過ごさなければ。

 最悪、拠点を移す事も考えないといけないかもしれない。


 そんな事を考えながら、少しずつ意識が散漫としはじめる。少し運動した後の毛布は、思いの外気持ちよくて……僕は、1分もしない内に眠りについた。







「――はぁ」


 まだ少し熱く感じる頬に、嫌気がさす。つい感情的に手を出してしまったが、悪い事をしてしまった。

 何しろ、今回に関してはウィルは何一つ悪くない。眼前に迫った驚異を知らせてくれただけだと言うのに、私は……なんとも間抜けな勘違いをしてしまった。


 ……よもや、寝込みを襲われたと勘違いするなんて。

 そもそも、よく考えればウィル=オルブライトはそんな事をするような者では無いというのに。

 色恋沙汰よりも修練だとか、自分をどうにかして鍛える事しか頭にないような彼が、夜這いなんて有り得ないと言うのに――


「……っ」


 ゴン、と自分の頭を槍の柄で殴りつける。鈍い痛みと共に、まだ熱を帯びていた頭は少しだけマトモになってきた。

 ……取り敢えず、今後はこんな無様がないように気をつけよう。今回は、それでいい。


 今は、そんな瑣末事よりも目の前の……というよりは、先程まで見えていた……アレについて考える事の方が先決だろう。


 鬱蒼とした森林と花々の間を、音も立てずに動いていた四足の巨体。

 あれは、間違いなく今の私達が挑んではいけないモノだ。


 目測では3m程だったが、あれほど巨大なモノを相手にした経験などないし、これから先するのだとしても2人という少人数で挑むべきでは断じて無い。

 大きければ強い、という訳ではないだろうけれど――少なくとも、危険度は今日相手にした手のひら大程度の害獣と比べれば、比較にならないはずだ。


「となると……」


 ぽつりと言葉を口にしつつ、考えをまとめていく。

 まず、あの巨大な害獣には決して挑むべきではない。余りにもリスクが高すぎるからだ。

 という事は――必然的に、この拠点も場所を移したほうが良い、という事になる。何しろこの近くをあの巨大な害獣が通っているのだ。

 アレの縄張りという事もあり得るし、陽の光が出て視界が確保できたら早急に引き払うべきだろう。


 幸いだったのは、この演習が三日間だということだろうか。

 あと二日間、あの巨大な害獣に出くわさないようにするだけなら、そう難しい話ではないはずだ。安全な位置に拠点を作りつつ害獣を駆除すれば、それでこの演習は十分に成功したと見てもらえるだろう。


 出来ない事をするのは、明らかに無謀な戦いをする事は勇気でも何でもない。

 それは味方を害するだけの、ただの破滅願望に過ぎないのだから。







「ひぃ、ひぃっ、ひぃ――ッ!!!」


 一方、ミラ達の拠点から大分離れた位置にある、他の生徒の拠点。彼らは四人でグループを組み、実際の所それなり上手くやっていた。

 花蜘蛛にも多少噛まれはしたものの、火の魔法で焼き払うことで大事無く済ませ、この分なら演習も問題なく終えられるだろうと、つい先程までは楽しげに談笑していた。


「やだ、やだやだやだやだ……っ!!何よこれ、何で――」


 ――それも、先程までの話であって。

 四人の内三人は既に倒れ、残るのは魔法を使える少女ただ一人となっていたのだが。


 少女は歯をガタガタと震わせながら、目の前の巨大な何かを見る。

 音もなく突然現れたかと思えば、談笑していた他の三人を一瞬で丸呑みにした、その怪物を。


 それは、花で覆われていた。花蜘蛛とは違い、全身が色とりどりの花で覆い尽くされ、表皮どころか目や鼻、口さえもどこにあるのか判らなかった。


 それは、大きかった。大凡、少女の2倍強はあるだろうか?そんな巨大な生き物など、彼女の人生では出会ったことさえ無かった。


 否。大きささえ異なっていたものの、形だけならば少女は見たことがあった。

 それは、花園に来る時に少女たちを載せていたもの。四足で、首が長く、平原を疾く駆けるもの。


 それは――花で出来た、馬のようだった。


「……っ、燃えて!!燃えて、燃えてよぉ!!!」


 目尻から涙を零しながら、少女は再三、目の前の花の馬に向かって炎を放つ。パニックに陥る寸前だったものの、少女はまだ僅かに理性を保っていた。

 花蜘蛛は火を嫌っていた。事実、たき火をたいていた少女達の拠点には花蜘蛛は近づかず、安全に過ごす事が出来ていたのだ。

 同じ花で出来た害獣であるなら、きっと火には弱いはず。一縷の望みをかけて、少女は自らの精神力が尽き果てる寸前まで、魔法を乱射する。


 花の馬の花々に、程なくして火が付いた。

 少女はやった、と安堵と歓びに表情を緩める。このまま火が燃え広がれば、如何に巨大な害獣とはいえ、きっと死ぬ。死ななければおかしい。だって、丸焼きにされて生きてるなんて、有り得ない。

 花の馬に飲み込まれた仲間たちなんて知らない。こうしなければ、自分が死んでいたんだから、きっと許してもらえるはずだ。


 少女は自らの勝利を、生存を確信し――


「……あ、は」


 ――その歓びの表情は、一瞬で乾いた笑いへと変貌した。




 少女たちが教師に救出されたのは、その数分後。

 

 4人共無事に救助され、丸呑みにされた三人は何が起きたのかさえ解っていない様子だったが――少女は恐怖に表情を引きつらせたまま、まともに言葉さえも発する事が出来なくなっていた。


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