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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
6章:永劫の生命を与えるモノのお話
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1.嫌な奴と、一抹の不安

「……よし、こんな所か」

「そうですね、この辺りの害獣の駆除はおおよそ終わりと言えるでしょう」


 数十分の探索の後に見つけた害獣を駆除し終え、ミラは軽く槍を振るって血を払いながら息を吐いた。

 リズはどうやら駆除してきた害獣の数をしっかりとカウントしているらしく、今駆除された分を合わせて判断したのか、小さく頷いて。


「それじゃあ撤収しようか。くれぐれも、未知の害獣には気をつけて」

「ああ、解っているさ」


 彼女の言葉に同意するように、僕がそう言葉にすれば――ミラは、少し可笑しそうにしながら笑みを零した。


 ――あれから、数ヶ月もの月日が流れた。

 僕とミラは16歳になり、ミラは少し背が伸びて……僕は、余り変わらなかったけれど。

 数ヶ月の特訓とリハビリのお陰で、彼女はすっかり以前のように――否、以前よりも強くなった、気がする。

 僕の方はと言えば、多少は体力もついた……とは、思うのだけれど。やはりそろそろ伸びしろ自体が無くなってきているのだろう、見違える程の変化はなく。

 後は魔法をより上手に扱えるようになる、といった程度くらいが僕の余地なのかな、と思いながらも……不思議と、焦りはなかった。


「よし、さっさと帰って酒場に行くぞ!」

「ギース。あなたにも報告書、手伝ってもらいますよ」

「……冗談だろ?」


 いつものように酒場を楽しみにしていたギースに、リズが冷水をぶっかけるような事を言えば、彼は硬直してしまって。

 そんな二人の様子におかしくなってしまい、僕は小さく笑みを零しながら荷物を纏めていく。


「全く、ギースにも少しは頭を使ってもらわないとな?」

「うぐ……ま、まあ、いつまでも任せっきりという訳にはいかんだろうが……」

「何を言っているんですか、ミラ。あなたもやるんですよ」

「……冗談だろう?」

「うちの脳筋トップツーだもんね、二人共。ま、たまにはウィル達の苦労も知ったほうが良いさ」

「ん……が……んば、って」


 数ヶ月も共に居れば、リズもすっかり僕らの班に溶け込んでおり。

 表情を引きつらせる2人に臆面もなく、報告書の仕事を手伝わせる約束を取り付ければ、淡く笑みを零しながら。

 そんな彼女と2人に、アルシエルもラビエリも……ラビエリはちょっとだけ意地悪くそんな事を言いながら、笑っていた。


 ……きっと、焦りが無いのは彼らのお陰なのだろう。

 皆、僕より凄いのに――強いのに、誰一人僕を置いていく事も無ければ、邪魔に思うような事もなかった。

 無論、それだけの努力はしているつもりでは有るけれど、最近では彼らとの力の差は広がるばかりだというのに――……


「……ん、どうかしたのか、ウィル?」

「え、あ」


 ぼんやりと考えていると、いつの間にかミラがどこか心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいた。

 ……いけない、いけない。

 まだここは完全に安全というわけでもないのに、ぼうっとしすぎてた。


「お前は努力しすぎるきらいがあるからな。偶にはラビエリを見習って、肩の力を抜くんだぞ」

「ちょ――それは酷くない!? 僕普段から大分頑張ってるつもりなんだけど!」

「冗談がお上手ですね、ラビエリは」

「……ふ、ふ。た……しか、に……も、う……ちょっと……がん、ばれ……る、ね?」

「あ、アルシエルまで……うぐぐ」


 ミラ達の温かい言葉に、僕は自分の頬がほころぶのを感じていた。

 ……彼らは、強いとか才能があるとか、それ以前の部分で暖かく善い人たちだった。

 そんな事、とっくの昔に解っていた筈なのだけれど――でも、それでもそんな彼らの仲間であれる事が嬉しくて、誇らしくて。


「……ほら、喋ってないで撤収するよ!行者さんは待ってくれないんだから!」


 僕はそれを口にはせず、パンパンと手を叩くと皆を急かした。

 皆軽く笑みを零しながら頷くと、それ以降は撤収が終わるまでは特にふざける事もなく。


 もう何度目かもわからない害獣の駆除を、僕らは今回も無事に終える事が出来た。







 本部に戻れば、馬車の中で報告書の手伝いをやらされていたミラとギースはげんなりとした表情を浮かべつつ、入り口近くのソファにどっかりと座り込んだ。

 一緒に報告書を作成していたリズは慣れているからか、特に疲れた様子を見せることもなく、では提出してきますね、と口にして。


「……よくあんなに細かい字と格闘できるな、ウィルは」

「あー……力仕事より数倍きついわ、全く」

「あはは、二人共お疲れ様」


 目元に指を当てながら、心底疲れた様子で座り込む2人に苦笑しつつ、僕は受付に向かうとお茶を頼んで。

 受付の人もミラ達の様子を見ていたのか、少し可笑しそうに笑みを零しながら、温かい……と言うには少々熱いお茶を持ってきてくれた。

 2人はソレを口にすれば、はぁ、と小さく息を漏らしつつ、ようやく人心地がついたようで。


「ったく、今日は流石に酒場に行く気力もないわ……明日の夜、空けといてくれい」

「だな、私も流石に今日はゆっくりと……そうだ、ウィルは今夜は何か予定はあるか?」

「ん? ううん、帰ってきたばかりだし、特に予定は無いけど――……」


 すっかり気の抜けた様子で、ギースはそんな事をいうと立ち上がり。

 ミラも同じように立ち上がったものの、少し顔を赤らめながら僕の顔を覗き込んできて……思わず、どきりとしてしまった。

 僕も少し顔が赤らむのを感じながら、ミラの誘いのような言葉に頷こうとして――……


「――おい、今なんて言った!?」

「何だい、彼女の彼氏かな? もうちょっと言葉を教えといてよ」


 聞き覚えのある声と、聞き覚えのない声が言い合いをしているような、そんな物が耳に入ってくれば。僕もミラも、そしてその場から立ち去ろうとしていたギースも、そちらへと視線を向けた。


 そこに居たのは、今にも食って掛かりそうな顔をしたラビエリと、それを止めているアルシエル。

 ……そして、見覚えのない軽薄そうな容貌をした、細身の……妖精族(エルフ)の男だった。


 今にも喧嘩が始まりそうな程にラビエリは怒りを露わにしており、僕らは慌てて彼らの元に向かうと、軽薄そうな男はへらへらと笑って。


「あ、こいつらのお仲間? いやあ参っちゃうね!僕が声を掛けてあげたのに、あ、とか、う、しか言わないから教育してあげようって親切心で彼女に物を教えてやろうとしたらさぁ――」

「……っ、何様のつもりだよお前!アルシエルに謝れ!!」」

「――僕様のつもりだけど?」


 ……そして、その男の様子に、言葉に何が会ったのかを直ぐ様理解した。

 見れば、アルシエルの目には涙が滲んでおり――内側から、黒い感情が吹き上がりそうになる。


 だが、それはダメだ。

 ここは本部で、僕らはそこで働くパラディオンで。そんな僕らがここで感情のままに殴り合うなんて事を、するべきじゃない。


「こい、つ……ッ!!」

「ラビエリ、落ち着いて」

「ウィル、でもこいつは――」

「良いから」


 激高した様子のラビエリに、言葉短く口にすれば。

 僕も心中穏やかではない事が、ラビエリにも、そしてアルシエルにも伝わったのか。ラビエリは呼吸を荒くしつつも、視線を下に落として、口を噤んだ。


 それに少しだけ安堵しつつも、僕は改めて目の前の軽薄そうな男に視線を向ける。

 彼はニヤニヤと、まるで小馬鹿にするかのように僕らを見下しており――くは、と小さく息を吐き出せば、可笑しそうに笑い出した。


「あっはははははは!何、お前みたいな雑魚っぽい奴がリーダーだったりすんの?!冗談でしょ、あはっ、あはははは!!ひーっ、苦しいっ!!」

「――っ、悪いけど、僕らは任務から戻ったばかりで疲れてるんだ。放っておいて貰えないかな」


 ……僕の背後から殺意にも似た感情が噴き出したのが判ると、慌てて手で押し止めるようにしつつ。

 僕は極力、この男とは言葉を交わさない方が良いと判断して、兎に角この場から立ち去って貰う方向で、思考を巡らせた。


「近所のドブさらいでもしてきたのかなぁ? それくらいだったら君らでも出来そうだもんねぇ!」

「パラディオンの仕事に貴賤は無いよ。貴方にとってどんなに下らない仕事で有ったとしても、一つ一つが人を救う為のものなんだから」

「あ、パラディオンだったんだぁ? てっきり近所のガキの集まりかと思ってたよ、あっははは!!!」


 男の挑発じみた言葉も、昔を思えば慣れたものだ。

 ミラと出会う前まではこれより酷い罵声を浴びてきたのだから、この程度で動じる事は無い。

 男は幾ら挑発しても、僕の方から手を出すつもりがないという事を理解したのか。

 チッ、と短く舌打ちすれば、僕のことを見下して。


「……はっ。ま、君らが相手にできそうな奴なんてたかがしてれてるしぃ? 精々その高尚なお考えの元、頑張ってくれたまえよ」


 そして、僕の頭をまるで子供にするように、しかし痛いほどに雑に撫でれば、そのまま本部の奥へと消えていった。

 ……今の男、もしかして僕らに手を出させることで正当防衛に仕立て上げるつもりだったんだろか。

 軽薄そうで、此方を常々馬鹿にしているような感じだったけれど――それは、つまり。


「……っ、くそっ!何でだよ、アイツくらい魔法でふっとばして――」

「だ……め、わ、たし……は、だいじょ……ぶ、だから……っ」


 ラビエリは声を荒げて僕の方に非難の視線を向けてくるものの、アルシエルは頭を振りながらそれを止めれば、彼も唇を噛みつつ言葉を飲み込んで。


「――手を出さないで正解です、お疲れ様でした、ウィル」


 そうして、報告書の提出が終わった所だったのか。

 一部始終を見ていたのかは判らないけれど、今の男についてなにか知っている様子のリズが、僕らにお茶を差し出してきて。

 取り敢えずソファに座り込みながら一息ついて、ようやく落ち着いた様子のラビエリが申し訳なさそうに、僕らに頭を下げた。


「……ごめん、僕のせいで皆に迷惑がかかるところだった」

「いや……ラビエリの気持ちは判るよ、私もウィルに止められなければ殴りかかっていたからな」

「気にしないで良いよ、アルシエルを思っての事みたいだったし」


 ミラはそんな事を言いながら……とても、殴るだけでは済みそうに無いほどの殺気を発していたような気がしたけれど、うん、それは置いておこう。

 僕らは特にラビエリを責めるつもりはなく、それにラビエリは小さく笑みを零しながら、溜め息を吐き出した。


「……それで、アイツは一体何だったんだ、リズ。お前さん、なにか知っとるんだろう?」

「ええ、西方ではそれなりに有名な男でしたから」


 ……リズも傍から見ていて、心中穏やかではなかったのだろう。

 吐き捨てるようにそう言いながら、まるで汚い物でも口にするかのように――長く躊躇ってから、その名前を口にした。


アレ(・・)は、カイン=アラベイル……次期オラクル(・・・・・・)と西方では目されている、剣の天才です」


 ――リズ曰く、彼の剣の腕は紛れもない本物で、幼少期から大人であれど気に入らない相手は斬り伏せてきたのだと言う。

 天才と呼ばれていた剣士でさえ、子供だった彼には敵わず。

それほどの力がありながら……或いは、それだけの力が有ったからか、彼の性格は歪みに歪んでいた。

自分以外の全てを見下しており、女癖は悪く、気に入らない相手は正当防衛を装って斬り伏せて――……


「本当に、英断でした。あの男に挑めば、例え全員武装していたとしても無事では済まなかったでしょうし」

「――よりにもよって、そんな奴になんで才能があるんだよ」


 ラビエリは忌々しげにそんな事を言いつつ……アルシエルは、そんなラビエリを後ろから優しく抱きしめた。


「な、何、どうしたのさ、アルシエル」

「……こ、わ……か……った。ありが……と、ね」


 ……当たり前だ。アルシエルはそんな相手に迫られていたのだ。恐ろしくなかったわけがない。

 震える声で、辿々しく呟いたアルシエルに、ラビエリは優しく彼女の頭を撫でて。

 それで少しは落ち着いたのか、アルシエルの震えは収まっていき――……


 ……兎も角、今後はあの男に近づかないようにするのが一番だろう。

 向こうも此方が相手にしなければ、わざわざ相手にはしに来ない筈だ。

 何しろ、向こうからしてみれば僕らは塵芥。それも、向こうの都合のいいように動いてくれない塵芥なのだから。


「……よし、全員揃ったしちょっと飲みに行こっか」

「ん……うぃ、る?」

「こんな時は飲んで騒ぐに限るでしょ。ギースじゃないけど、さ」


 酒の力を借りる、というのもあまり良くはないとは思うのだけれど。

 でも、ラビエリにもアルシエルにも、元気になってほしいし……この際、そんな事はいいっこなしだろう。


「そう、だな。私も少し飲みたくなったし」

「……よっしゃ、今夜は俺が金を出すか!好きなだけ飲んで良いぞ!」

「はぁ……仕方ありませんね、私も付き合います」

「……ま、僕はどうせミルクだけだけど……ありがと、皆」

「あ……り、がと……ね」


 2人の言葉に僕らは笑みを零しながら、日も暮れ始めた空の下、酒場へと向かっていった。

 飲んで騒げば、2人の傷も少しは良くなるだろう。


 ……ただ、僕の心には未だに僅かにささるトゲのような、チクリとした嫌な予感があった。

 彼は、今まで本部には居なかったのだから――恐らくは他の地方からこちらに出向してきたパラディオンなのだろう。


 ――だとすれば一体何の用で、何のために剣の天才が此処に呼ばれたというのか。

 僕は一抹の不安を覚えながらも、それを一時でも忘れるように、酒場で皆の飲み交わしていった。

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