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閑話:その後のちょっとしたお話

「……ん」

「む、どうかしたのか?」


 ある日の事。

 訓練を終えた後、アルシエルやリズと一緒に軽食に行くことになった私は、2人からの妙な視線に気がついた。

 何というか、奇妙なものを見るような視線というのだろうか。


「何か妙なことでも――」

「ああ、いえ……別に悪いとかではないのですが」

「……み、ら……そんな、に……あ、ま……とう、だった……っけ?」


 どうしてもその視線が気になってしまい、問いただせば――二人は口を揃えて、私が注文したものをじぃっと見つめて。

 なにかおかしいところでも有ったかな、と自分の前に並んでいる物に視線を向けた。

 パフェにアイス、それにケーキ。あと、果物のジュース。

 特におかしな事は――ない……よう、な……?


 ……いや、おかしい。

 そう言えば確かに、以前はここまで甘いものを頼んだりはしていなかった気がする。

 というか、以前浴場で見てからそういうのは控えようと、そう思っていた筈なのに――!?


「……そ、その、二人共……食べる、か?」

「構いませんが……良いのですか? 食べたくて注文したのでしょう?」

「それは、そうなのだが……おかしいな、こんなに注文するつもりは無かったのに」


 恥を忍んで2人にケーキとアイスを渡すと、私は顔を熱くしながら溜め息を漏らした。

 ……2人に指摘されるまで全く気付いていなかったが、そう言えば戻ってすぐの酒盛りの時も、私は我慢すること無く酒をがばがば飲んで……その後の記憶がない。

 元に戻ることが出来て、再びパラディオンとして働く事が出来るようになって、そして――ウィルに想いを伝えられて、少し浮かれていたのだろうか。


 こんなでは、そのうち醜く肥えた私をウィルに晒す、事に――……


「……っ、い、いかん、いかんっ」


 頭に浮かんだ最悪の未来図に、私は背筋が凍りつくような感覚を覚えながら、頭を振った。


「ふ、ふ……ひゃく、めん……そう、だね……」

「ん……つまり、貴女は無意識の内にこれらを頼んでいた、と?」


 そんな私を見つつ、アルシエルはケーキを、リズはアイスを口にしながら。

 何か思い当たることでもあったのか、リズは手を止めると紅茶を口にしつつ、ふむ、と少し考え込むようにして。


「ん……どうかしたのか、リズ?」

「いえ、私は貴女と付き合いが長い訳ではないので、はっきりとした事は言えませんが」


 私の言葉にリズは少し言いづらそうにしながら、私と視線を合わせるようにすると。


「――もしかしたら、後遺症なのかもしれませんね」

「後遺症……という、と」

「……し……ん、しゅ……どん、しょく……の?」


 アルシエルの口にした名前――『新種』に付けられた正式な名称である、貪食の名を聞けば、リズは小さく頷いた。

 ……正直、今でもその名前を聞くだけで震えが来る。

 シスターとの思い出はとても暖かなものだったが、あの体を、私という存在を穴だらけにされたような感覚だけは悍ましく――……


「ミラ、貴女は教会でどのように過ごしていたのですか?」

「私……か? ん、そうだな……教会から出ずに、シスターと一緒に過ごしていた、が」

「つまり、常にシスターと共に……その、甘えるように過ごしていたという事、ですね」

「……う……ま、まあ、な」


 ただ、今回に関してはその悍ましいモノは特に関係がないらしく、私はほっと胸をなでおろし。

 少し言いづらそうにしたリズに苦笑しつつ、私はそう応えると顔を熱くしてしまった。

 ……そう、私は終始シスターに甘えて過ごしていた。

 起こしてもらうのも寝かせてもらうのも、食事も、お風呂も、それこそ何もかも……は少し言い過ぎかもしれないが。

 あの2ヶ月弱のほとんどの時間は、シスターと共にあったような、そんな気がする。


 そんな私の反応を見れば、リズは再び少し考えるようにして……そして、納得したかのように小さく頷いた。


「つまり、その時の影響が未だ残っているのではないでしょうか」

「あ……そ、か」

「む――それ、は……有り得る、な」


 リズの言葉に、私はパフェを口にしつつ思わず納得してしまう。

 ……思えば、教会から出る時もウィルに手を握ってもらうまでは、恐ろしくて一歩前に踏み出す事さえ出来なかった。

 体力だって決して元に戻っているわけではないし、目に見えない部分にそうした後遺症が残っていても、おかしい話ではない。


 ――もしかして、今までも気付いていなかった所でそういうのが出ていたのだろうか?


「……っ、な、なあ、二人共!私の妙な所に気付いたのは今が初めてか!?」

「え……ん……そ、う……だ、ね」

「そう、ですね。私も今になって気付きましたが」

「そ……そうか、なら良かった」


 気づかない内に無様を晒している、なんて事があったら恥ずかしすぎて死んでしまいたくなってしまう。

 特に……仲間達やウィルの前でそうしてしまうのだけは、絶対に嫌だ。

 想像するだけで、顔から火が出てしまいそうになる。


 ……流石にこのままでは、まずい。

 今日は2人と一緒の時だったから良かったものの、これが任務先でとかだったらもう笑えない。

 これは、何とかしなければ……!!


「――リズ、アルシエル。その、一つ頼み事があるんだが」

「……? ど……した、の?」

「今日一日私と共に過ごして、それらしい所を見たら指摘してくれないか? その、指摘さえ貰えたなら、後は自分で何とか出来ると思うんだ」

「ああ、成る程……構いませんよ、この後は空いてますから」

「ん……わ、たし……も、へい……き」


 ……リズとアルシエルが優しい女性だったことに、心の底から感謝する。

 まあ、多分ギースやラビエリでも同じような反応を返してくれたのだろうけれど……いや、ギースの場合は寧ろ気にするな程度で流したかもしれないが。

 兎も角、2人の優しい言葉を受ければ私はホッと胸を撫で下ろしつつ、パフェを口にして。


「有難う、この埋め合わせは必ずするよ」

「構いませんよ、そこまで大した事ではありませんから」

「う、ん……な、かま……の、こと……だ、も……んね」


 2人の言葉に嬉しくなりながら、私は自分の分を食べ終えると小さく息を漏らした。

 ……そう言えばシスターの所にいる間は、我慢なんて何一つしてこなかったような気がする。

 確かに私は甘いものは好きではあるが、パフェにケーキにアイスと頼んでしまったのは、多分それが原因だろう。要するに、我慢が出来なくなっているのだ。

 ……早めに気づくことが出来て本当に良かった、うん。気付くのが遅れていたなら、体型にも影響が出ていただろうし……多分、まだ出ていない、筈だけれど。


「……ミラ」

「み、ら」

「ん? どうした、二人共」


 2人の視線に気づき、私は首をひねった。

 2人は何やら、私の口元の方へと視線を向けて、いて――……


「~~~~……っ!あ、有難う……」

「これは、ちゃんと見ていないと駄目みたいですね」

「……だ、だい……じょ、ぶ。ふ、た……りで、見る、か……らっ」

「……う、うぅ……」


 ……口元にべったりとクリームがついている事に気付いて、私は一気に顔を熱くしてしまった。

 耳まで赤くなっているんじゃなかろうかと思うほどに熱くなり、私は慌てて口元を拭って。

 如何に同性相手、信頼できる仲間相手とは言えど、恥ずかしい所を見られてしまった、と心底恥ずかしくなりながら……改めて、今日の内に何とかしてみせると決意を固くした。




 ――それから、私は2人と共に街を歩き、同じ時間を過ごした。

 買い物をしたり、装備を見て回ったり、私が居ない間に出来た施設を見に行ったり。

 そうしていくと出るわ出るわ、私は次々とボロを出してしまって。


「ミ、ミラ!商品を持ったまま何処へ行くつもりですか!?」

「み、ら? そっ……ち、みち……ちが、う……よ?」


 ……二人がいるから安心していたのも有るのだろう。

 如何に自分に染み付いた子供の習慣というか、我慢の出来なさと言うか、そういう物が如何に重篤な物なのかをよくよく理解できた。

 流石に一度指摘されれば意識するから繰り返しこそしないけれど、うっかり商品を手にしたまま出ようとしたり、途中で見つけた薄暗い小道に惹かれてふらふらしたり。

 いや、子供の習慣というか、無知な状態というのは本当に恐ろしい。


 そうして、どうにかこうにか2人の協力も有って、私はある程度自制を、常識を取り戻した……ような、気がする。

 少なくとも前のように無意識の内にそうしてしまう、という事は多分もう無いだろうと、思いたい。


「……今日はその、色々と済まなかったな」

「いえ、私として面白――もとい、それなりに有意義な時間を過ごせました。貴女が本調子じゃないと困るのもありますしね」

「ん……っ、ま、た……何か……あった、ら……いって……ね?」

「ああ、有難う。今度、必ずお礼をするよ」


 すっかり日も暮れた事もあって、2人にお礼を言いながら別れれば……今日一日の事を思い出して、私はぼっ、と顔から火が立ち昇りそうになるのを感じていた。


「……ああ、もう……二人の前で、あんな、あんな……!!」


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!

 思い返せば思い返す程に恥ずかしく、私は努めてそれを気にしないように……2人に余計な負担を書けないように心がけていたのだけれど、もう我慢できなかった。

 早いところ本部に戻って、自分の部屋で頭を冷まそう。

 そして、明日からは今日気付いたことを気をつけていけば、それで良い。問題はない、問題はないはずだ。


 私は自分にそう言い聞かせるように、心の中でそう呟きながら、足早に本部の中を歩いて――……


「う、わ……っと、ミラ?」

「あ……うぃ、ウィル」


 どん、と曲がり角で小さな人影とぶつかったかと思えば。

 そこには、何やら本を何冊か抱えている、ウィルが居て……どくん、と、何故か胸が高鳴ってしまった。

 ……大丈夫、大丈夫だ。

 今日のことはウィルは知らない、知らないのだから恥ずかしがる必要など、ない。ない……筈、だ。


「今日はリズとアルシエルと一緒に買い物に行ってたんだっけ。どうだった?」

「へっ?!な、なぜ、それを」

「ん? 酒を調達しに行ったギースが見てたみたいでさ、楽しそうだったって」

「……っ、そ……そ、そうか……」


 ……一瞬、心臓が止まりそうになった。

 あんな無様をウィルに見られていたらと思うと、恥ずかしくて胸が苦しくて、本当に死んでしまいそうだ。

 恥ずかしさだけで人は死ねるのだな、と私は妙な気持ちになりながらも、何とか気持ちを落ち着けようとして。


「……大丈夫? 顔赤いけど」

「え――」


 ぴと、と。

 額にウィルの手のひらが触れれば、私は思わず硬直してしまった。

 ウィルに触れてもらえて嬉しい、ような。恥ずかしがっているだけなのに勘違いされて、余計に恥ずかしい、ような。申し訳ない、ような。

 そんな色んな感情が、頭の中で渦巻いて、渦巻いて――……


「……う、ぅ」

「って、み、ミラ!?」


 ぼしゅん、と頭から湯気が立ち上るような錯覚を覚えつつ。

 ウィルの心配そうな声を聞きながら、私の意識は遠のいていった。




「……あ、れ」


 目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。

 私の部屋の、白い天井。ベッドも私のもので……ああ、なんだ、もしかして夢でも見ていたのか。

 そんな楽天的な事を考えながら、体を起こせば――……


「おはよう、ミラ。大丈夫そう、かな?」

「うぃ、ウィル……っ!? ああ、いや……そうか」


 ベッドの隣に腰掛けて心配そうに私の事を見ているウィルを見て、私はそんな事など有り得ないという事を悟ってしまった。

 ……どうやら、色々と重なりすぎて、頭がパンクしてしまったらしい。

 少し休んだ今はそんな事はなく……無論、少し恥ずかしいと思いこそあれど、ウィルに対して申し訳ないという気持ちの方が大きかった。


「その、済まなかったな。情けない所を見せた」

「ううん、ミラが大丈夫なら良いんだけど。体調が悪いなら、無理しちゃだめだよ?」


 訓練も人より多めにやってるんだしさ、と、笑みを零しながらウィルがそう言うと、ますます申し訳なくなってしまう。

 ……もう、この際言ったほうが良いだろうか。

 どの道ウィルは、教会での事で多少なりと気付いているのだろうし……隠しても、仕方がないのかもしれない。


「……その、ウィル……笑わないで、聞いて欲しいんだが」

「ん……どうかしたの?」


 小首をかしげるウィルに、私は覚悟を決めると……今日一日の事を、ウィルに話した。

 どうも、私の習慣の随所に子供らしさというか、子供っぽさが残ってしまっているという事。

 それを今日、アルシエルとリズの2人に指摘されて初めて気がついた、という事。

 今日一日かけて、それを洗い出してなんとか修正しようとしていたという事を、全て。

 ……勿論、具体的にどんな事をしてしまったかは、口にはしなかったけれど。


「ああ、そっか」


 ウィルはどこか納得したように頷けば……やはり、思い当たる節はあったのだろう。

 ベッドから体を起こした私に、少しだけ可笑しそうに笑みを零して。


「無理しないで良いんだよ、ミラ」

「……ウィル?」


 ……そして、そんな優しい言葉を口にしてくれた。


「体力を戻そうとして頑張ったり、元通りに振る舞えるように頑張ったり。ミラは凄い人だって判ってるけど――」


 そこまで口にすると、ウィルは何故か、少し恥ずかしそうに頬を掻いて。

 ベッドの隣からベッドの縁へと座り直し、そっと私に体を寄せてくれば……僅かに頬を赤らめながら、私を見上げた。


「――その、そういう事で、僕がミラをどうこうなんて事はないし。それで苦しんでるなら、僕はミラを助けてあげたいって、そう思うから」

「……ウィ、ル」


 ……ウィルの言葉に、じんわりと胸が暖かくなった。

 ああ、彼の事を好きになってよかったと、心から思えてしまう。

 だからこそ、恥ずかしい所を知られたくはなかったのだけれど――……


「ありがとう、ウィル。お陰で少し……ううん、大分楽になったよ」

「ん……無理はしないでね、ミラ。僕もだし、他の皆だって、いつだって協力するからさ」

「……ああ、そうだな」


 頬を緩めながら、ウィルの頭を軽く撫でる。

 彼は少しだけ恥ずかしそうにしていたけれど、特に嫌がる事はなく。


 ……私とウィルはその後、しばらくの間共に過ごして。

 流石にまだ、一緒に眠るというのは……教会の時はそうしたけれど、今はちょっと、恥ずかしかったから。

 夜遅くになれば、ウィルを見送ってから1人でベッドに潜り込んだ。


「……うん、ゆっくりいこう」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、目を閉じる。

 焦る必要はない。

 勿論、次の任務までには元通りに取り戻さなければいけないけれど……


 ……私には、心強い仲間達が、ウィルが居るのだ。

 心配することなど、何もない。

 そんな事を考えながら……私は何一つ不安に思うこともなく、ゆっくりと意識を手放した。


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