16.そして、少しずつ
本部に戻ってから、数日後。
ミラの審査――本人かどうか、これからも戦えるかどうかの確認も終わり、ミラは無事パラディオンに復隊した。
とは言えど、『新種』から受けた影響も鑑みて、しばらくの間は僕らのパーティーは様子を見るという事になり。休暇を貰っていたのだけれど――……
「――っ、は、ぁ……っ!」
「うっし、ここまでにしとくか」
「そうですね……私も少し疲れました」
「い……いや……っ、はぁ……っ、私、は……まだ……っ」
「ミラ、無理しても仕方ないよ」
僕らはといえば、その休暇で特に休んでいる訳でもなく。
以前姉さんにたっぷりとしごかれた訓練場を借りて、訓練を行っていた。
無論、休暇中に体を鈍らせないように、という事も有るのだけれど……一番の理由は、ミラ本人からの希望が有ったからで。
「っ、く、そ……本当に、体力が落ちている、な……」
「仕方ないよ、2ヶ月のブランクでしょ? その間寝たきりだったようなもんだし」
汗だくになって、膝に手を付きながら呼吸を荒くしているミラを見つつ、ラビエリは苦笑した。
……ミラ本人も薄々感づいていたらしいのだけれど、『新種』に奪われて以降の2ヶ月近いブランクは、しっかりとミラの体力を奪っていたらしく。
以前ならば問題なく行えていた運動であっても、今のミラには相当きついようで。走り込みをすれば、僕やギース、アルシエルに見劣りしない程の体力があった筈のミラは、僕らよりも遥か先に力尽きてしまった。
「ら……び、エリ……も。ちゃん、と……たいりょ、く……つけ、よ?」
「……僕はいいんだよ、後衛専門だもの」
アルシエルは走り込みに参加していないラビエリに視線を向けつつ、苦言を呈するけれど、ラビエリは視線を反らし。
……これは後でミラと一緒に走らせた方が良いかな、なんて考えつつ。
僕は疲弊した様子のミラの元に歩み寄れば、水の入った革袋を手渡した。
「大丈夫、ミラ?」
「は、ぁ……っ、ああ、大丈夫だ、ありがとう」
水を口にしつつ、口元を拭いながらミラは笑顔を見せてくれて……うん、良かった。
彼女は弱った体に沈み込む事もなく、寧ろこれからそれを取り戻してやろうという活力に満ちあふれていて。
これなら、僕が心配する必要だってないのかもしれない。
「……しかし参ったな、ここまで体力が落ちてるとは」
「まあ、幸い休暇も貰えたし、これから戻していけばいいよ」
「そう……だな、うん。そうでないと、困る」
ミラは軽く深呼吸をすれば立ち上がり、革袋を僕に手渡して。
そして、少し気恥ずかしそうに笑みを零せば――……
「――そうでないと、お前の隣に立てないものな」
頬を少しだけ赤らめつつそう呟くと、ミラは再び訓練場を周回するように走り出した。
……顔が少し熱くなる。いや、今のミラの言葉は多分仲間としてのものであって、別に特別なものではない……ない、筈。
「……はっ」
何やら妙な視線を感じて振り返れば、そこには妙に微笑ましげな表情をしているギース達の姿があった。
多分今のやり取りを見ていたのだろうけれど……リズやアルシエルまでそういう視線を向けてくるのは、本当にやめてほしい。
「……きゅ、休憩終わり!ほら、今度はラビエリも走るよ!」
「げっ!? い、いや、僕は遠慮――」
「だ……め。はし……ろ?」
僕の言葉とともに、再び訓練が始まった。
ラビエリもちゃんと体力をつけてもらわないと困るから、今度はちゃんと参加してもらおう。
……まあ、アルシエルが手を引いてるから僕がこれ以上言わないでも強制参加になりそうだけれど。
2人は仲も良いみたいだし、今度からラビエリが何かを渋ったらアルシエルを通してお願いするのも良いのかもしれない。
そんな事を考えながら、ある程度走り込めば――疲れ果てた様子のラビエリを訓練場の隅で寝かせつつ、次は手合わせに移った。
幸いというべきか、僕達のパーティーは前衛が多い。
斧を扱うギースに槍を扱うミラ、それに剣を扱うリズ。後は、僕が一応程度に剣と槍を扱える。
そのお陰で、こうして手合わせをする時には然程困る事もなかった。リズが増えたことで、1人は順番待ちをする、なんて事も無くなったのも大きい。
「……こうして手合わせするのは、久方ぶりだな」
「そう、だね。北限遠征前は姉さんの特訓があったから」
槍と木剣を手に、ミラと軽く言葉を交わしながら向き合う。
こうして槍を交えるのは数カ月ぶりにもなるのだから、本当に久しぶりだ。
体力は落ちたとは言えど、ミラの構えは以前とはまるで変わりなく……僕はそれを嬉しく思いながら、訓練用の槍でミラと打ち合い始めた。
最初は軽く。数合撃ち合った後、小さく息を漏らす。
成る程、ミラの槍は確かに以前より少し軽く鳴っているように感じられた。
勿論、今のが軽く撃ち合った程度だというのもあるけれど、それを差し引いても槍に『重み』が無い。
それをミラ自身も感じているのか、彼女は小さく息を吸い、吐いて――……
「遠慮しないで良い。来い、ウィル!」
「ん――いくよ、ミラ!」
そして、彼女の声に応えるように声を張り上げれば。僕は、軽くとも鋭い彼女の槍と撃ち合い始めた。
「……っ、は、ぁ……っ、く、うぅ……っ」
「そ……そこまで悔しがらなくても……」
――結局、僕とミラの手合わせは10回程やって6勝4敗。
パラディオンになって以来ほぼ負け越していた僕は、それを少しだけ嬉しく思いつつも、心底悔しそうにしているミラに苦笑してしまった。
というか、2ヶ月程のブランクがあってこの結果なのだから、寧ろ喜ぶべきだと思うのだけれど。
実際、ミラの動きはほとんど鈍っておらず、問題が有るのだとすれば単純に力が衰えている程度のもので。
僕が今回勝ち越せたのも、途中からミラの動きが露骨に鈍り始めたからなのだから、体力さえ戻れば元通り、僕が負け越すであろう事は明白だった。
「わ、私が勝ち越せるようになるまで、続けるからな……!」
「はっはっは、相変わらず負けず嫌いだな、ミラは!」
「まだ体力も禄に戻っていないのですから、そんなに悔しがる必要は無いでしょうに」
「それとこれとは話が別だっ」
元気な様子のミラに、ギースは可笑しそうに、楽しそうに笑いながら。
リズは少し呆れたように正論を口にするけれど、ミラは少しムキになってそんな事を言いながら溜め息を漏らした。
……もしかしたら、これも後遺症なのだろうか?
以前よりもミラが少し子供っぽいような、そんな気がするのだけれど……
「まあ、今日の調子なら割とすぐでしょ、多分」
「……だ、ね。ミラ……すぐ、よく……な、りそう……で、よ……かった」
「……はぁ、本当に早く調子を戻さないとな。足手まといになってしまうのは死んでもごめんだ」
ラビエリとアルシエルに、ミラは苦笑しつつそう応えると、まだ疲れが残っている体で軽く伸びをして。
気持ちを切り替えたのか、よし、と小さく呟けば、足早に酒場の方へと向かっていった。
……こうして皆で飲むのも、久しぶりだ。
リズを交えて、というのであれば初めてでもあるし。僕はミラの後をついていくようにしながら、心が少し浮つくのを感じていた。
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酒場に入れば、僕らはいつものように……以前からそうしていたように、決まった場所に座って注文し、酒や料理が来れば早々に酌み交わしていた。
ここに来るのも少し久しぶりでは有ったものの、酒場の人も僕らのことはちゃんと覚えていてくれたらしく。
ミラが行方不明になっていた事を風の噂で聞いていたのか、彼女が戻ってきた事に驚きつつも、いくつか料理をおまけしてくれた。
「いやぁ、しかしめでたい話だ!ミラも戻ってきたし、仲間も増えるたぁなぁ!」
「ええ、私としても……まさかミラさんが復隊した後もこの班に要られるとは、思っていませんでした」
酒を浴びるように呑みながら酒臭い吐息を漏らすギースに、リズは少しだけ顔を顰めつつも、そう言うと……どことなく嬉しそうな顔をして、葡萄酒に口を付ける。
……そう、リズは正式に僕らの班の1人として、ミラが復隊した後も残ることになっていた。
僕も最初はもしかしたらリズとお別れになるのかな、と少し寂しい気持ちになっていたのだけれど、上からの通達は意外なもので。
ミラ=カーバインが復隊した後もリズ=イェリンはウィル=オルブライトの班の一員として扱う……といった内容が記されていた事に、僕は勿論、リズも驚いていたのを覚えている。
「しかしまあ、素直に喜ぶべき話だな。仲間が増えたなら、その分出来る事も増えるだろうし」
「……寧ろ、それを見越しての増員なんじゃないかな」
「見越して、って?」
ラビエリはミルクを口にしつつそんな事を口にすれば、疑問を呈した僕に頷いて、小さく息を漏らした。
指をくるくるとさせながら、ラビエリは氷で器用に……何やら小さな触手っぽいものを作り出すと、うねうねとさせて。
「ほら、今回僕らはあの『新種』を駆除したじゃない?」
「う……なんで無駄に精巧な触手を作るんですか」
「あはは、ごめんごめん」
触手を見て思い出してしまったのか、リズも、そしてミラも露骨に嫌な顔をすれば、ラビエリはその触手を溶かすと空いていたグラスに落とし、笑った。
水が注がれたグラスを指先で軽くいじるようにしつつ、こほん、と軽く咳払いをするとラビエリは再び口を開き、言葉を続けていく。
「あの害獣、多分だけど災害指定されると思うんだよね。今回の被害、凄まじかったから」
「……まあ、そうだろうな」
「あんだけ被害振りまいておいて、指定されん事はないだろうなぁ」
……実際、未だ正確な被害は数字として出てきていないけれど。
一つの街がほぼ壊滅した、と考えれば『新種』は災害指定されるに十分に値する害獣だと、僕も思う。
あれでもまだ成長する余地が有ったと思うだけで、恐ろしい。
「で、僕らはそれを倒したわけじゃん?」
「……ん。がん……ばった、よ……ね」
「うん、皆頑張ってそれを駆除した訳だから――期待、されてるんじゃないかな」
「――ああ、成る程」
ラビエリの言葉を葡萄酒を呑みながら聞いていたリズが、どこか納得したかのように頷いた。
解っていない様子のギースやアルシエルが不思議そうに首をかしげるのを見れば、リズは小さく笑みを零しつつ、ラビエリへと視線を向けて。
後は任せたよ、と言うかのようにラビエリがミルクに口をつければ、リズは軽く頷いてから2人に視線を向けつつ、口を開いた。
「つまり……私達を今後、より難易度の高い任務に向かわせるつもりなのですよ、上は」
「……ああ、成る程なぁ。だから増員してくれたわけだ」
「災害指定相手に立ち回れるパラディオンを腐らせるのは勿体無いって思ったんじゃないかな。あーあ、休暇が減りそう」
「……で、も。そう……いう、風に……き、たい……される、の……うれ、し、い」
「そう、だね。期待されるのは、やっぱり嬉しいや」
ふざけた様子でげんなりとするラビエリに苦笑しつつ、僕はアルシエルの言葉に同意した。
確かに、もし予想が当たっているのであれば、今後は尚更忙しくなっていくのだろうけれど……それは、その分多くの人を救える、という事でもあるのだし。
ラビエリもそれは解っているのか、アルシエルや僕の言葉に小さく笑いつつ、料理を摘んで。
「となると……尚の事、早く戻さないとだな」
「なぁに、お前さんなら直ぐだ直ぐ!ほら、今はお祝いみたいなもんなんだから飲め飲め!」
「ちょ――ま、待てギース。前に失敗してから、私はだな――!」
「気にするな、酔いつぶれたらウィルが介抱するだろうさ!なあ、ウィル?」
「え……ま、まあするけど、ギース。無理に飲ませるのは……」
ミラの言葉に、ギースが空いたグラスに酒を並々と注ぐと、ミラも最初は遠慮していたものの。
僕を引き合いに出されれば、ちらりと僕の方を見てからグラスに口を付け始めてしまい。
ギース達を止めようとしたのだけれど、既に遅く――彼女は、こくん、こくん、とグラスの中身を喉に流し込んでいって――……
「……っ、ぷはぁっ!」
「良い飲みっぷりだなぁ!ほら、もっといけ!」
「……ちょ、ちょっと。その辺りに……」
「諦めなよ、ウィル。いいじゃん、今日はギースの言う通りお祝いみたいなもんだしさ」
「ひ、他人事だと思って――!!」
久々の酒を美味しそうに飲み干したミラに、再び酒が注がれていく。
ケラケラと笑いながらミルクを口にするラビエリに、僕は非難がましく言葉を口にする、けれど……
「全く、本当に賑やかですね、この班は」
「……そ、れが……いい……とこ、ろ」
「ぷはぁ……っ、あははっ!たのしくなってきたぞー!!」
「よーし、久々に飲み比べでもするか!ウィル、お前も飲め!!」
「――……まあ、良いか」
楽しそうに、賑やかに騒ぐ皆を、そしてミラを見れば。
もうこうなったら仕方ないか、と僕も思い切って酒を呑み始めた。
その日の夜は、記憶がなくなる程に盛大に呑み、騒ぎ――……
「……うっぷ」
「うぐ……ぎ、ぎぼぢわるい……」
――翌日。
2人揃って初めての二日酔いに丸一日苦しめられたのは、また別のお話。




