14.取り戻せなかった物
――朝の光に目を覚ます。
体を起こして自分の手を見れば、そこには見慣れたゴツゴツとした手があって。
体の方を見ても、幼いものではなく……僕自身の物に戻っているのが判ると、ホッと安堵の息を漏らしてしまった。
どうやら、『新種』から受けた影響は抜けきったようで――……
「……っ、い、たた……こ、これはこのままなんだ……」
ズキン、と全身に走る痛みに思わず声を漏らすけれど。これはまあ、筋肉痛だと解っているからそこまで問題ではなかった。
時間が経てば癒えるだろうし、それまで我慢すればいいだけの話だ。
……そんな事を考えていると、不意に、ベッドに置いた指先にさらりとした何かが触れて。
「ん……」
「え、な、何で……って、そうか、そうだった、っけ」
視線を向ければ、そこには自分のものでは有り得ない、赤く長い髪と……まだ目を覚ます様子がない、ミラの姿があって。
思わず大きな声をあげそうになってしまったけれど、昨晩のことを思い出せば。僕は顔を熱くしながら小さく息を漏らし……そして、軽くミラの髪を撫でた。
「……ん、ぅ……」
「……本当に、良かった」
胸に湧き上がる暖かな感情に、改めてそう口にしつつ……僕はミラを起こさないようにベッドから降りれば、報告書を書き始めた。
報告する事が沢山ある。
『新種』の討伐が完了したことや、街の被害状況。
そして、消息不明になっていたミラを発見し、保護したこと。
最近ではリズにお願いしたりもしていたけれど、一応はリーダーなのだしこういう時くらいはちゃんとやらなければ。
「……ふ、ぁ……っ」
そうして、静かな部屋の中で筆を走らせていると、ミラも目が覚めたのか。
まだ寝ぼけ眼と言った様子で体を起こせば……
「ん……えっと……」
ぼんやりとした表情のまま、欠伸をして。
そして、そのまま服を――服、を。
「お、お、おはよう、ミラっ!!」
「……は、ぇっ? な――あ、あ、そ、そうだったな!? おはよう、ウィル!!」
――服に手をかけたミラに、既の所で声をかける。
お互いに顔を真っ赤に染めながら、ミラは慌てた様子ではだけかけた服を直し……危なかった。
後ちょっと声をかけるのが遅かったらと思うと……少しだけ勿体なかったような気がしないでもないけれど、それ以上にその後が気不味くなってただろうし。
「あ、あはは……いや、済まない。早く起きるという事をしばらくしていなかったからな」
そう言えば、そうか。
ミラはしばらくの間、ここで普通の子供として過ごしていたのだろうし……一応教会だから規則正しい生活はしていたとは思うのだけど、それでも子供のリズムとパラディオンのリズムは大きく乖離している。
元に戻ったとは言え、子供のリズムが染み付いてしまっているのだから、しばらくは朝や夜は辛いのかもしれない。
「ん、こっちこそ起こしちゃってごめんね。うるさかったかな」
「いや、そういう訳では……報告書を書いていたのだろう?」
なら仕方ないさ、と口にしつつ……ミラはまた、大きく欠伸をして。
しばらくはリズかアルシエルと一緒に寝てもらったほうが良いかな、なんて思いつつ、ミラの言葉に小さく頷けば。
ミラは後ろから報告書を覗き込むようにして……小さく息を漏らした。
「……被害は、どの程度になりそうなんだ?」
「取り敢えずある程度書いたら街に調べに行くつもり、だけど」
……被害は決して、少なくはないだろう。
昨日新種の元へと向かった時に散乱していた衣類。あれはそのまま犠牲者の数と見て間違いないだろうし……僕らのように、影響を受けても生き延びた人は元に戻っている可能性は高い、けれど。
老若男女問わず、街の全域から多くの人が消えた今。この街の機能はほぼ失われたと思っていい、筈だ。
「そう……か、仕方のない事なのだろうが……」
「でも、報告が終わったら復興支援も来るはずだから。きっと、立ち直るよ」
決して、簡単なことではない。
物資が欠けたなら物資を補充すればいい。
家が壊れたなら、家を立て直せばいい。
だが――消えてしまった人々は、死んでしまった人々は、そうはいかない。
その街で生活を営んでいた人は、もう戻ってくる事はなく。余所から人を連れてきて住まわせた所で、元の営みを取り戻すことは決して叶わないのだろう。
……でも、それでもいつかは。
害獣に襲われた恐怖が癒える頃には、この街も賑わいを取り戻していてくれると、信じたい。
「……となると、これから街に調査に出るのだな。私も手伝おう」
「うん、助かるよ。ありがとう、ミラ」
ミラの言葉に小さく頷き、報告書を切りの良いところまで書き終えれば。
僕らはお互い別の部屋で着替えて、シスターに軽く断りをいれてから教会を出た。
「……ミラ?」
教会から出れば、ミラは……何故か、門の手前で固まっていて。
見れば、体を少し震わせながら、何かに怯えているかのような――そんな、素振りを見せており。
「大丈夫だよ、ミラ」
「……っ、ぁ」
きっと……あの姿にされている間に、いろんな事があったのだろう。
それをミラから聞き出そうとは思わないし、知ろうとも思わないけれど。未だにそれが心の底にこびり着いているミラを見れば、僕はそっと彼女に手を差し伸べて。
ミラは僕の手に小さく声を漏らすと、きゅっと、軽くその手を握り……教会の門から外へと、足を踏み出した。
「……しばらく、こうしてよっか」
「す、すまない……大丈夫なのは、解っている、のだが」
解っていてもどうにもならない物はあるのだろう。
何しろ、2ヶ月弱だ。その間、ミラはいろんな物に怯えて生きてきたのだから、しばらくの間はこうして一緒に居てあげたほうが、きっといい。
僕はミラの手を優しく握り返せば、そのままミラのペースに合わせるように街中を歩き出した。
……案の定というべきか。
予想していた以上に、街中は閑散とした有り様で……未だに衣類が散乱していたり、居なくなった誰かを探している人が居たりと、普段の賑わいは微塵も見られなかった。
商店はどこも開いておらず、普段通りの生活をしている人など一人とていない。
扉が開け放たれたままの家も散見されるが……恐らくは、家の中にはもう誰も居ないのだろう。
昨日の内に街から逃げていったか、或いは『新種』の犠牲となったか。
何れにせよ、自分の見積もっていたよりも遥かに酷い街の有様に、僕は小さく息を呑みながら……ミラの手を引き、街を歩く。
あの反応を見る限りは、ミラも実際に教会から出て街を歩くのは初めてだったのだろうけれど……
「……悔しい、な」
「そう、だね。もっと……気づくのが早ければ」
「いや……それも勿論ある、が」
実際に街を見れば、胸にこみ上げてくる物があったのか。
ミラは胸元を軽く抑えるようにしながら、唇を噛んで……ぎゅうっと、強く僕の手を握りしめた。
「街が、こんな状況だったのに。何も出来なかったのが、悔しいんだ」
「……ミラ、でもそれは」
「判ってる。あの時の私が何をしようとしても無駄だったのは……判ってるんだ、でも」
……改めて、強く思う。
彼女は、ミラは本当に強い女性だ。
普通だったなら、こんな恐ろしい相手と戦わずに済んで良かったとか、生き残れてよかったとか、そういう事を思うだろうに。
あの時どうしようも無かったはずの彼女は、この凄惨な状況に手を差し伸べる事が出来なかった事を、何よりも悔やんでいた。
「――その分、これから頑張ればいいんだよ」
でも、過ぎてしまったものを取り戻す方法は無い。
どんなに悔やもうとも、後悔しようとも……起こってしまった物をひっくり返す事は出来ないのだ。
だから……それを悔やむなら、これから先頑張っていくしか無い。
今回助けられなかった以上の人を、今後頑張って助けていく事でしか、その悔しさは拭えないのだから。
「……私に、出来るだろうか」
「ミラは1人じゃないよ。僕らも居るんだから、きっと出来るさ」
「そう……だな。ウィルと、皆と一緒なら」
僕の言葉に、ミラは穏やかに笑みを零しつつ手を軽く握って。僕らはある程度街を見て回れば、教会へと戻っていった。
被害は甚大。家屋などの倒壊こそないものの、人的被害が凄まじく、この街は当面の間機能を停止するだろう。
報告書には街の受けた被害を――そして、『新種』が及ぼす被害の恐ろしさをしっかりと記さなければならない。
書く事の重さに、僕は少しだけ……本当に少しだけ、げんなりとした気分になりながら。
教会に入れば、既に戻っていたリズが僕らを出迎えてくれて。
「お帰りなさい、ウィル。報告書ですが、私も手伝いますか?」
「うん、お願い。ギース達は?」
「中でシスターの手伝いを。ミラさんはどうしますか?」
「……私も、ウィルを手伝おう。3人も入ればシスターの手伝いは足りているだろうしな」
3人なら報告書を書くのもすぐに終わるかな、なんて思いながら。
何故だかリズは、ミラを見ると少し可笑しそうに笑っていて……ミラも、はっとした様子で口に手を当てれば、顔を少し赤らめて、視線を反らし。
……何か有ったのかな、なんて思いつつも、僕らは昨晩寝泊まりさせてもらった部屋に戻れば、『新種』について、そしてこの街についての報告書を纏めていった。




