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13.取り戻した物

 目を覚ますと、そこは見慣れた教会の天井だった。

 時間は既に夜なのか、外は暗く――意識が落ちる前に何が有ったのかを思い出すと、僕は体を起こそうとして。


「……っ、い、つ……っ!?」


 ズキン、ズキンと全身に走る痛みに、思わず声を上げてしまった。

 怪我とは違う、とても、とても懐かしい痛み。

 昔、父さんに訓練してもらったりしていた頃には、毎日のように感じていた……恐らくは、筋肉痛。

 腕も足も、腰も、どこもかしこも酷使されたかのように悲鳴をあげていて。


「いたっ、たた……っ、な、なんで……?」

「……ウィル?」


 久しく感じたこともない痛みに声を抑えきれず、体を起こしただけで全身に走る痛みに悶えてしまい。

 ――ベッドの上でそうしていると、不意に、酷く懐かしい声が聞こえた気がした。

 扉の向こうから聞こえてくるその声は、ずっと、ずっと聞きたいと、そう願っていた声で。


「――ミ、ラ?」

「……ああ、私だ。入っても大丈夫か?」

「う、うん、勿論!」


 その名を口にして、そして以前のように帰ってきた言葉に、僕は二つ返事で頷いて。

 カチャン、と扉が開けば……その向こうには、見慣れた――会いたかった、彼女の姿がそこに有った。

 流れるような赤い髪。水底のような青い瞳。高い背丈に、凛々しい容貌。

 ……服装は何故かシスターのものだったけれど、何処からどう見ても、ミラ=カーバインその人で。


「み、ミラ――う、わっ!?」

「ちょ……っ、馬鹿、ちゃんと足元を見ろッ!!」


 思わず駆け寄ろうと、ベッドから降りようとすれば……何故か、その脚は空を切り。

 ベッドから転がり落ちそうになった所を、慌ててミラが支えてくれれば、頭を床に打ち付ける事は無かった、けれど。

 ……そこでようやく、僕の体がまだ何時もよりも小さい事に気がついた。

 流石にあの時のように極度に縮んだままではないけれど、それでもまだ子供としか言えない程に体は小さく、幼くて。

 ああ、成る程……小さな体で剣をふるい続けたから、こんなに全身が痛いのか、と。僕は何となく納得してしまった。


「……全く。折角全員無事に戻れたというのに、新しく怪我をこさえるつもりか、お前は」

「あ、あはは……ごめん」


 そんな僕を支え、ベッドの縁に座らせながら。

 仕方のないやつだな、とミラは何処か嬉しそうに口にすると、僕の隣に腰掛けた。

 ミラの方はと言えば、今の体からするととても、とても大きく感じるけれど。多分、記憶の中のミラと全く同じくらいには、元に戻っているように見えた。


「ウィル達がここに戻ってきた時は、正直肝が冷えたぞ。他の者もまだ多少影響が残っていたが、お前に至っては腕に抱かれる程だったからな」

「う……そ、そんなになっちゃってたの?」

「ああ、見た所だが2歳かその辺りまで縮んでいたぞ。最初はお前と判らなかったくらいだからな」


 ……なんだか、すごく恥ずかしくなる。

 別に悪いことをしたわけではないのだけれど、こう、自分の小さい……本当に小さい頃を見られてしまうというのは、妙な気恥ずかしさがあって。


「安心しろ、お漏らしとかそういうのは無かったからな」

「――っ!? み、ミラっ!!」

「ふふっ、恥ずかしがるな。お前とて、私の――あの……情けない、姿、を」


 冗談めかして笑うミラに顔を熱くしながら、その顔を見上げて。

 彼女と視線を合わせれば……妙に先程から明るく振る舞っていたミラの表情は、何故か次第に曇り、今にも泣きそうな……そんな、弱々しさを感じさせるものに、変わっていった。


「……全部、覚えているんだ。ああなってしまった後の事も、全部、全部」


 体も、声も震わせながら。

 弱々しく言葉を口にする彼女は、まるで――教会で見つけたあの少女のように、か弱く見えてしまい。

 僕は……その震えを少しでも止めようと、彼女の体にそっと寄り添った。


「……怖かった……怖かった、怖かった……っ!今でも、怖いんだ……これが、全部夢で、目が覚めたらまた、全部忘れてしまっているんじゃないかって……!!」

「ミラ……」


 ――ああ、そうだった。

 僕らはあれを経験したのはほんの一瞬、1時間にも満たない僅かな間だったけれど、ミラは違う。

 一ヶ月以上のも間、彼女は才能も記憶も年齢も、その名前さえも無くして……穴だらけになったまま、いろんな物に怯えて生きてきたんだ。

 それが残した爪痕がどれほどのものなのか、僕には想像すらできない。


「何をしようとしても、何も出来なくて!何を学んでも抜け落ちて!どんなに努力しても、それが全く実らなくて……っ、周りから、蔑みの目でみられ、て……っ、それでも、何も、なにも、できなくて……」

「……ん」

「怖かった……怖かった、よぉ……っ、ウィル……っ」


 叫ぶように吐露しながら、ぼろぼろと大粒の涙を零せば、ミラは僕の肩に顔を埋めるようにしながら……大きな体を縮こまらせて、泣きじゃくった。

 そんな彼女は初めて……という訳でもないが。本当に、本当に恐ろしかったのだろう。

 子供のように泣きじゃくるミラの頭をそっと抱えるようにしながら、ぽん、ぽん、と優しく撫でて。


「――大丈夫だよ、ミラ。もう終わった……全部、終わったんだ」

「……っ、うん……う、ん……っ」


 涙で服が濡れていくのを感じながら、僕は……もうその悪夢が終わった事をミラに告げれば。

 ミラは体を震わせながら、小さく頷いて。しばらくの間、声を抑える事無く泣き続けた。




 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。

 泣き腫らした目を少し擦るようにしつつも、落ち着いたのか、ミラは少し恥ずかしそうに僕の隣で座っていて。

 少し雰囲気を変えようと、僕はミラがいない間の話をした。

 ミラ用の槍や防具を新調してある事。リズという新しい仲間が居る事。そして、『新種』との戦いの事、など。


「私がいない間に、色々あったんだな」

「まあ、ね。でも、『新種』を何とか出来たのはミラのお陰だよ」

「――私、の?」


 ミラの不思議そうな声に、僕は小さく頷いた。

 実際、ミラがもしあの時残って戦わなかったなら、今頃『新種』による被害はとてつもない物になっていただろう。

 『新種』の存在を知るのが大幅に遅れていただろうし、何よりその能力に予測を立てる事さえ出来なかったはずだ。

 不可視である事も判らなければ、多くのものを奪うという事さえ判らず――気づいた頃には、街の一つ二つ、消えていたかもしれない。

 街を半壊させた時点であの巨大さだったのだ。もしそうなってしまっていたらと思うと、背筋が凍る。


「ミラがあの時ビットを守ろうとしたから、結果としてこうして皆無事でいられたんだよ」

「ん……ふふ、慰めが上手だな、ウィルは」

「……本当のことを言ってるつもりなんだけどなぁ」


 僕の言葉にミラは少し可笑しそうに笑みを零しつつ、そんな事を口にして。

 僕としては本当にそう思っているのだけれど……まあ、それを言い張っても仕方がない。

 ミラも段々といつもの調子に戻ってきたのか、泣き腫らしたあとこそあれど、その表情は自然なものに変わっていて……ああ、本当に彼女が、ミラが戻ってきたんだな、と。

 僕は心の底から湧き上がるじんわりとした温かさに、すごく、すごく嬉しくなってしまった。


「……その、ウィル」

「どうかしたの?」

「話しておきたい、事があるんだ」


 そうして、しばらくの間……ミラのいない間の事や、他愛のない事を話し合いながら。

 話す話題も無くなってきた頃、ミラは少し口籠るようにしながらも、真剣そうな表情で僕を見つめると、そんな言葉を口にした。

 真剣な様子に、僕はなんだろう? とは思いながらも、小さく頷くと彼女の言葉を待って。

 彼女は少し話しづらそうに、これから言葉にする事に覚悟をするかのように軽く深呼吸をして――そして、少し体を屈めれば、顔を近づけつつ口を開いた。


「――その、な。今回の事で、良くわかったんだ」

「良くわかった……って?」

「私達パラディオンは、何時誰が居なくなってもおかしくない……それが、自分であってもそうだと……そんな事、当たり前なのにな」


 少しだけ自嘲的にそう口にしつつ、ミラは更に顔を近づけて、きて。

 ……顔が、近い。彼女の顔は、文字通り目と鼻の先。

 互いの吐息さえ感じられてしまう程に、近く――……


「だから――私は、後悔が無いように、したい。もし今回……ずっと、このままだったなら。私はきっと、死んでから後悔していただろうから」

「ミ、ラ……?」


 そのままミラは僕の頬に手を添えてくれば、潤んだ瞳を向けて。

 ばくんっ、ばくんっ、と高鳴る心臓の音が、酷くうるさく感じられて、しまう。

 顔は熱く、熱く。今にも燃え上がってしまいそうな……そんな、錯覚を覚えながら。


「――私は、お前が好きだ、ウィル」

「……っ」


 熱に魘された頭に、ミラのその言葉はとてもはっきりと響いて。

 思いもしなかったその言葉に、僕は思わず息を呑みながら……直ぐには、言葉を返す事が出来ず。

 そんな僕を見ながら、ミラは頬を紅潮させながら、熱っぽく吐息を漏らし。

 ……そして、少しだけ寂しそうに笑みを零すと、ゆっくりと顔を遠ざけた。


「……解っている、あの時のお前の言葉は……その、仲間としてだろう?」


 あの、時……そういえば、ミラは全てを失っている時の事も覚えていると、言っていた。

 なら、僕がその時のミラにかけた言葉も、全て覚えているという事で。


『……それは、ね。僕らにとって、君はとても、とても大事な存在だからだよ』


 覚えている。僕は、確かにそう口にした。

 何も出来ないのに、と自分を卑下したミラに――それでもミラが大事な存在だと、そう言って、頭を撫でた。

 でも――それは、本当に仲間としての物だったのだろうか?


「それでも、とても嬉しかったんだ。私は……解っている、こんな女らしくない私など、そんな風に見られる筈がないなんて」

「え……ちょ、ちょっと、ミラ?」

「でも、それでも……思いだけは伝えておきたかった。済まなかったな、疲れているだろうにこんな事に付き合わせて」


 ミラは言いたいことだけを口にして、勝手に決めつけながら、ベッドから立ち上がる。

 ……行ってしまう。僕はまだ、返事だってしていないのに。

 もしこのまま行かせてしまったら、取り返しがつかない事になる気がして――……


「……っ、待って、ミラっ!!」

「――ウィ、ル?」


 気がつけば、ベッドから立ち上がったミラの手を、両手でしっかりと握りしめていた。

 離したくない。離すわけには、いかない。

 このまま勘違い(・・・)されたままだなんて、そんなのは絶対に嫌だ。


「僕は……ミラの事、本当に大事に思ってる」

「……ん、解っている。仲間としてだろう?」

「違う!!……う、ううん、多分……違うと、思う」


 ミラの言葉に強く否定して……まだこの感情が何なのかわからないから、少しだけ弱くそう口にする、けれど。

 でも、ミラが言うような、『仲間として大事』というのとは違うのは、はっきりと解っていた。

 それに、ミラが自分の事を相変わらず卑下していたけれど、そんな事はない。


「……そ、の。好きとか、そういうのは……はっきりとは、判らないけれど」


 ……だって、こうして手を握っているだけで、胸が痛いくらいに高鳴ってくる。

 さっきみたいに近くにいるだけで、顔が熱くなる。

 ああやって……一緒に話しているだけで、嬉しくなる。その全てが、ミラが女性として魅力的だって、そう言ってるんだから。


「僕は……僕は、ミラの事は特別に大事だって、そう、思ってるよ。ギース達とは違う意味で大事だって、そう思ってる」

「……本当、か?」


 手を軽く引くと、ミラは僕の方に向き直り……縋るような視線を向けてきた。

 僕がはっきりと頷けば、ミラは嬉しそうに表情を綻ばせて――……


「……っ、あ」

「嬉しい……っ、嬉しいよ、ウィル……っ」


 今の僕には大きな体で、強く、強く抱きしめられる。

 少し痛いくらいに強く抱きしめられれば、思わず声を漏らしてしまうけれど……どくん、どくん、と。

 ミラの胸も、僕と同じくらいに高鳴っているのが判ると、何故かとても嬉しくて。


 再び、お互いの顔が近くなれば、互いの吐息は絡み合い。

 しばらくの間、互いの鼓動を感じ合いながら、紅潮した顔で見つめ合っていたけれど――やがて、どちらともなく唇を触れ合わせて――……




 /




「……おお、やりおった」

「やーっとって感じだね、全く」

「ん……っ」


 ――ウィルとミラが互いの想いを確認している、その部屋の外。

 扉の前で、4人は聞き耳を立てるようにしながら息を潜め、そして中の様子に軽くガッツポーズをとった。

 リズは兎も角、ギースとラビエリ、それにアルシエルは2人の思いにはとっくの昔に気付いており、きっと今夜くっつくだろうと予測していて。

 仲間が恋仲になった瞬間をむず痒そうに、しかし祝福するようにする3人を見ながら、リズは小さく溜め息を漏らした。


「……あまり趣味が良いとは言えませんね、全く」

「なーに言っとるか、ついてきたくせに」

「う、ぐ……そ、それはあなた方が2人の邪魔をしないかと、思って」


 リズの言葉にからかうようにそう言いつつ、3人は可笑しそうに笑って。

 リズも一応苦言を呈しはしたものの、邪魔をするつもりはないのか。小さく溜め息を漏らしつつも、何処か嬉しそうに、微笑ましそうに中の様子を覗く事はなかったけれど、その音に聞き耳を立てていた。


「――でも」

「ん? どうした、ラビエリ」

「いや、その……何というか……この絵面、まずくない?」

「え……づ、ら?」

「どういう意味ですか?」

「だって、ほら……リズも見て見なよ」


 ラビエリに促されれば、少しだけ2人に申し訳なく思いながらも……好奇心には勝てず、リズは部屋の中を覗き。


 ――部屋の中には、ウィルとミラが2人で体を抱きしめ合い、口づけを交わしている真っ最中で。

 わぁ、と……リズは他人の恋愛現場を見てしまったという罪悪感と、何とも言えない浮ついた感覚に声を漏らしそうになる、が。


 ……同時に、ラビエリの言っている言葉の意味も理解してしまった。

 ミラは、服のサイズで合うものが無く、取り敢えずシスターの服に袖を通していて。

 ウィルは、まだ10歳前後までしか回復しておらず――それも明日の朝には戻っているだろうが、今は紛れもない少年そのもので。


 ……傍から見れば、教会でシスターと少年が抱き合ってキスしているという、そんな現場に他ならず。


「これは……確かに、相当……その、不味い絵面、ですよね」

「うん……だよね」

「……なんだ、まあ、多分ないたぁ思うが……始まり(・・・)そうになったら止めるぞ」

「……ん……さ、すが……に……きょう、か……いで、それは……だ、め」


 4人はそんな背徳的にさえ見える現場に、各々顔を赤くしつつ。

 結局2人がキスをして、語らい――同じベッドで安らかに、仲睦まじく寝るのを確認するまでは、眠ることは出来なかった。

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