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10.清らかな暗闇の中で

「……酷いもんだな」

「うん……急がないとね」


 抜け殻のように衣類が散乱している街の中を走る。

 まだ遠くで聞こえる悲鳴に、僕らは心を痛めつつも――その悲鳴の元ではなく、街の中心に最も近い下水道へと繋がる、その場所へと向かっていた。

 幸いなことに、地下へと繋がっているであろう排水口、井戸、それにトイレ等、そういった物に気をつければ、そこまで辿り着くのはそう難しい事では無さそうで。


「教えてください、ウィル。何故こんな……無謀としか思えない事を?」

「ん――『新種』の事で解ったことが幾つかあるんだけど」


 走りながら疑問を口にしたリズに、僕は軽く視線を向けると、小さく頷いて。

 ……教会から出る時にも納得していないようだったし、今話しておいた方が良いか、と。

 僕は全てが終わってから説明しようとしていた事を、彼女に、そして皆に口にした。


 ――僕が打って出る事を決めた根拠は、2つ。


 一つは、井戸から這い出てきた触手がそれ自体はさしたる脅威ではなかった、という事。

 動きは決して早くはなく、見えていたなら触れられないようにする事も容易い上に、その力はガラスを割ることさえ叶わない程に弱く、そして剣で普通に斬れてしまう程に脆い。

 無論、触れられるだけであらゆる物を奪い取られる、という恐るべき特性は兼ね備えてはいるものの。

 物理的な事だけで考えるのであれば、あの触手を掻い潜って本体が居るであろう下水道へと向かうのは、そう難しいことではなかった。

 実際、僕らは僅かに見える触手に触れられる事無く、下水道の手前まで来る事ができていたのだから、これは間違っていなかったと言える。


 そして、もう一つは――……


「……街が襲われている最中だから、ね」

「それは――犠牲が出る前に、という事ですか?」

「勿論それもあるけど、僕が打って出た方が良いって判断した理由は別だよ。最初の根拠と、今の状況を合わせれば判ると思うんだけど――」

「――ぁ」

「ん? どういうこった?」


 そこまで口にすれば、リズも気づいたのか。

 ハッとした様子で口を抑え、小さく頷くと、首を捻って眉を潜めたギースの方へと視線を向けた。


「今なら……街中に触手を広げている今であれば、本体の元にある触手が大幅に減っているという事です。しかもあの触手の動きは緩慢ですから、直ぐには戻ってこない……そうですね、ウィル?」

「おお、成る程な!今が胸糞悪い『新種』を討つ絶好の機会という訳だ!」

「そういう事。だから、急ごう」


 正直なことを言えば、これでも遅きに失したと思う。

 最善だったのは、街の異変に気づいた時に直ぐに下水道へと赴く事だったはずだ。

 無論、あの時はまだ状況がつかめていなかったのもあるし、触手の特徴だって判っていなかったから、そう出来なかったというのは有るけれど。


 ……でも、それは考えるだけ今は無駄な事だ。

 既にでてしまった犠牲を取り戻す方法は無い。出来るのは、今残っている命を救う為に、最善を尽くす事だけ。

 悔やむのも、反省するのも後で良い。今は、あの『新種』を一刻も早く討ち滅ぼさなければ――!!


「ま……ってっ!!」

「……っ、くそっ、ここが一番近いのに……!!」


 アルシエルの声に僕らは制止する。

 街の中央を走る下水道へと続く、その水路からは透明な触手が伸びており。

 本体に近いからか、数は――はっきりと視認が出来ないから、把握が難しいけれど。少なくとも1本や2本ではなく、とても隙間を掻い潜るのは無理そうで。


 立ち止まりながら、何とか出来ないかと思考を巡らせていると――ラビエリが、僕らの一歩までに出た。


「――アルシエル、何本くらい?」

「え……と、ろっぽ……んっ」

「ありがと、討ち漏らし(・・・・・)てたら(・・・)教えてね。皆はちょっと下がってて」


 そして、軽くそう告げるのと同時に――這い出ている触手を全て巻き込むような、巨大な火柱……否、火災旋風が僕らの目の前で巻き起こり。

 透明な触手は黒く焦げていくとその姿を現しながら、のたうちまわり、炎の中から逃れようと藻掻いて……しかし、炎の旋風は触手を一本たりとも残すこと無く焼き払っていく。

 黒く焦げ、炭化した触手が崩れ落ちていくのを見れば、ようやくラビエリは炎を収め、小さく息を漏らした。


「凄い……まさか、此処までとは……ですが、これほどの魔法を使っては」

「……時間無いんでしょ。出し惜しみなしさ」

「ん……そうだね、ありがとうラビエリ。行こう」


 リズの感嘆混じりの声に、ラビエリは額から汗を流しつつ、荒れた呼吸を抑えるようにしながら笑う。

 焼け付いて黒く焦げた石畳の上を走り、先程触手が這い出ていたその水路の中へと駆け込めば、ランタンに灯りを灯しながら地図を開いた。

 臭いこそすれど、そんなものを気にしている時間はない。疫病だけは怖いけれど――汚水へと落ちなければ、大丈夫だと思いたい。


 ここから街の中央辺りまでは、そう遠くはない。

 先程触手が大量に伸びていた事を考えれば、本体までそう距離は無い筈だ。


「アルシエル、暗闇の中でも目は大丈夫?」

「だ……い、じょ……ぶ」

「『新種』らしいのが見えたら教えて。出来そうなら、速攻を仕掛けよう」

「如何に鈍いとはいえ、長期戦は危険だものな……俺はどうする?」

「危険だけれど、僕とギース、リズは斬り込もう」

「了解しました。では、ラビエリさんは?」

「僕の合図と同時に、さっきの……は危ないか、ちょっと汚いけど――」


 一瞬だけ、先程の火災旋風で……と思ったけれど、下水道は天井もあるし閉所だから、あれを使うと僕らまで危ない。

 代わりにとある事を提案すれば、ラビエリは少しだけ嫌そうな顔をしたものの、渋々と頷いてくれた。


 ……後は『新種』の本体さえ見つ出せば、いよいよ今まで僕らが相対したことの無い、『災害指定』クラスの害獣との戦いが始まる。

 直接的な戦闘能力で言えば、ほぼ不可視である事と悪辣な能力を持っている事を除けば、恐らくは北限遠征で出会った白い巨人よりは弱い、筈――……


「――いや、違う、ダメだ」


 小さく呟き、生まれそうになった慢心を切って落とす。

 決めつけてはダメだ。油断してはダメだ。これから出会う相手は、これまで出会ったどの害獣よりも害を為した(・・・・・)怪物なのだから。

 ミラでさえ遅れをとった、という事を考えれば……まだ、何かしらの隠し玉(・・・)があると考えたほうが良い。


「どうかしましたか、ウィル?」

「ううん、何でもない」


 思考を切り替えつつ、下水道の奥へと視線を向ける。

 相変わらずカンテラの頼りない灯りだけでは見通すことは出来なかったけれど――


「……っ、ま、え!に……っ!!」

「よく見えますね……っ、ですが、判っていれば!」

「鈍い、鈍い――!!!」


 アルシエルが視認した触手は、少し遅れて暗闇の中からぬるりと現れて。

 もしアルシエルの言葉がなければ見落としていたかもしれないような、そんな微かな歪みだったけれど――来ると判っていれば、見落とす筈もなく。

 リズの剣が、そしてギースの斧が、僕らの方へと伸びてきた2本の触手を容赦なく切り落とした。


 ぼちゃん、と音と水しぶきを立てながら、触手は水路へと落ちていき――……


「……え」

「うん? どうした、ウィル――って」


 落ちた触手を視線で追って、僕は思わず小さく声を漏らしてしまった。

 水路を流れている筈の汚水は、いつの間にか透き通った、清涼な物に変わっており。

 まだ水路にゴミなどは転がってはいたものの、上流へと視線を向ければ、奥に向かうに連れてそれさえも無くなっていくようで。


「こいつは……」

「……決まっているでしょう。どうやら、近いようですね」

「アルシエル、見えたら頼むよ」

「ん……っ」


 その光景に、その先で何が待っているのかを理解したのか。

 僕も、そしてギース達も小さく息を飲み、暗闇の先へと視線を向ける。


 ――静かな、水音しか聞こえてこない下水道の中。

 臭いさえ消えたその先から、粘着質な音が聞こえたような気がした。

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