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8.『災害指定』

「――おぉーい、まだ入ってんのかぁ?」


 夕方、街の一角にある酒場の中。

 個室(トイレ)に籠もっている相方が出てこない事を不審に思ったのか、酔っ払った様子の男が少し乱暴に扉を叩いていた。

 ドンドン、と酒場の喧騒に負けないくらいに大きな音を鳴らせば、他の客は少し迷惑そうに顔をしかめ。

 しかし、酔っ払っている男はそれに気づくこと無く、とうとう叩くどころか扉を蹴り始めて。

 流石に看過できなくなったのか。注文を受けている最中だった看板娘は、慌てた様子でその酔っぱらいを止めに入った。


「ちょっとちょっと、お客さん!困りますってばっ!!」

「だってよぉ!!何時まで経っても出てこねぇんだからしかたねーだろぉ!?」

「だからって店のトイレを壊されたら困っちゃいますよぉ!!」


 看板娘の困ったような言葉に、流石の酔っぱらいも多少は頭が冷えたのか。

 バツが悪そうに頬をかきながら、小さく溜め息を漏らすと近くの椅子を引っ張ってからどっかりと腰掛けて。


「……でもよぉ、さっきからぜんっぜん反応がねーんだよ。酔い潰れちまってんじゃねーかなぁ」

「んー……トイレを占領されるのは確かに困っちゃいます、ね」


 酔っぱらいの言葉に、確かに、と納得しながら。

 少し悩んだ後、受付嬢はマスターの元へと向かえば、小さな鍵を手に戻ってきた。

 本来ならばマナー違反だし、なにより下手をすれば見たくもないモノを見てしまう事にはなるものの、このままトイレが開かずの間となるよりは良いだろうと。

 受付嬢は深く息を吸い、吐いて――覚悟を決めるように小さく頷けば、カチャン、と外からトイレの鍵を開けた。


「し、失礼しまーす……っ」


 酔い潰れて吐瀉物まみれか、或いは便器ではない場所でしてしまっているか、そういった地獄絵図を想像しながら、目を手で覆い。

 そして、そっと指を開いて……恐る恐る、中の光景を覗き見れば――……


「……あれ?」


 そこには、地獄絵図など広がってはいなかった。

 寧ろ、何も、何一つ異常など無く。中で酔い潰れているような客など影も形も無くて。

 代わりにあったのは、何やら粘液に塗れた、脱ぎ捨てられた服だけが残っており。

 看板娘はなーんだ、と安心しつつも眉を潜めると、腰に手を当てながら酔っ払いの方に視線を向けた。


「ちょっとお客さん、誰も居ませんよー?」

「あぁ? あれ、っかしーな……確かにアイツ、トイレに入ったっきり出てきてない筈……」


 酔っ払いは首を傾げながら個室の中を覗く……が、当然そこには誰も居らず、服が脱ぎ散らかされているだけで。

 その服を見れば、酔っ払いは眉を顰めながら、げぇっ、と小さく声を漏らした。


「……あいつ、まさか酔い過ぎて全裸になって外にでも駆け出したのかぁっ!?」


 冗談じゃねぇぞ、と口にしつつ。

 男は看板娘に飲んだ代金を余るほどに手渡すと、酒場の外へと駆け出してしまい。

 それを見送りながら、普段通りの喧騒を取り戻した酒場の中、看板娘は脱ぎ散らかされた衣類を嫌そうな顔をしながら拾い集め――首を捻った。


 確かに、酔って脱ぐ客は居ないわけではない。

 過去にも脱いで外へと駆け出し、御用となった客は居た。

 だから、今回もきっとその筈だと、そう看板娘も考えてはいたものの――……


「どうやって、トイレから出たんだろう……?」


 トイレの中にあるのは、子供が何とか通れそうな小窓が一つあるだけで、大の大人、それも成人男性が通り抜けられるような物ではなく。

 そもそも、内側からは鍵がかかったままで――一体、どうやって中に入っていた客は外に出たのか、と。看板娘は少し不思議に思い。


「……ま、いっか。お金も払ってもらってるしっ」


 しかし、彼女がそれ以上深く考える事はなかった。

 ともかく代金は払ってもらっているのだし、そうであるのならば酒場としては何一つ問題はないのだ。

 客が起こしたトラブルは、客に解決してもらうのが一番。

 そう結論付けると、彼女は何時も通り酔っぱらい相手の接客へと戻っていった。




 /




 ――下水道を調査し始めてから二日目。

 リズもアルシエルも多少は慣れたのか、昨日よりは顔色も良く。

 しかしながら、調査の方はと言えば……思うような成果はあがっていなかった。

 まあ、元よりここに『新種』が居るとは限らないのだし、仕方のない話ではあるのだけれど。


「……ふぅむ、しかし本当に広いなここは」

「下手な害獣を相手にするより厄介かもね、これ」


 ギースの言葉にラビエリは軽く応えながら、カンテラの灯りで下水道を照らし出した。

 下水道は広く、少し頼りないその灯りだけでは到底奥までは見通すことは出来ず。

 水路に漂っているゴミや汚物などを眺めながら、リズは少し顔を顰め、アルシエルもそっと視線を反らしつつ、大きく溜息を吐き出した。


「これだけの規模の街ですからね、さもありなんという話ですが」

「……地、図……なかった、ら……まいご……に、なりそ……う」

「まあ、幸い出口は一杯有るから大丈夫だとは思うけど――」


 一瞬だけ、ここで迷子になって出られなくなるのを想像してゾッとしてしまった。

 臭く、暗く、薄汚いこの場所に閉じ込められたなら、そう長くない時間で精神がおかしくなってしまうだろう。

 ……だって、こうして短い時間探索しているだけでも気が滅入ってしまうのだ。

 閉じ込められでもしたら、僕やギース達はともかくとして、ビーストであるアルシエルは本当に発狂しかねない。


「しっかし、代わり映えしないよねぇ。迷路みたいに入り組んでる割に、延々水路と汚物ときたもんだし」

「それは当然でしょう、ここは下水道なんですから」

「ま、そうだけどさー……」


 ラビエリも多少気が滅入ってきているのか、そんな事を口にしつつ、リズの言葉に肩を落として。

 ……そろそろ休憩するべきかな、と、地図に視線を落として出口を探すと――不意に、何かが水路に浮かんでいるのが見えた。

 汚物やゴミに紛れて、最近見慣れてきた気がする、何か布のような物が引っかかっていて――……


「どしたの、ウィル?」

「ん……ちょっと、待ってて」

「ちょ……な、何をしてるんですかウィル?!」


 少しだけ忌避感を覚えつつも、確認しないわけにも行かないか、と。

 僕は槍を手に取れば……汚水に浸っているソレに引っ掛けると、ざぱん、と音を立てながら引っ張り上げた。


「~~~~……っ!?」


 べったりと汚水やゴミに塗れたソレを通路まで引き上げると、アルシエルが引きつったような顔をしながら口をパクパクとさせて。

 正直な話をすれば、僕もそれが放つ臭気に引っ張り上げたことを軽く後悔しそうになった……けれど。

 汚れきったソレを広げて見れば……露骨に嫌そうな顔をしていたリズやアルシエルも、それに視線を向けながら、小さく声を漏らした。


「……コイツは、まさか」

「だよね、僕の見間違えでも無ければ……」


 そこにあったのは、ちょうど今僕らが着ている防護服そのものだった。

 汚水にまみれて汚れてしまっては居るものの、特に破れた様子もなく、汚れてさえいなければ普通に使えてしまいそうで。

 防護服を開いてみれば、その中からはまるで脱ぎ捨てられたかのような衣類が、下着ごと入っており。

 それは、さながら抜け殻のようでもあって――……


「……これは、大当たりかな?」

「ええ、そうですね……ビットの証言とも一致します」


 ラビエリとリズは抜け殻のようになった防護服を調べつつ、小さく頷けば、水路の奥へと視線を向けて。

 下水道の奥は暗く、何も見えなかったが――それでも、僕らは確信した。


 この下水道に『新種』が潜んでおり、既に僅かながら犠牲が出てしまっているという事実。

 つまり、既にそこまで『新種』が回復しつつ有るという現実を。

 僕は防護服を袋に詰めれば、槍に付いた汚水を拭いつつ……心の底から湧き上がる物を抑え込むように、小さく息を漏らした。


「一度外に出ようか。新種をどうこうするのは、本部に報告してからのほうが良いと思う」

「な――何故です、今なら私達の手で……!」

「既に犠牲が出てるんだ。確実を期したほうが良い」


 リズの言葉を遮るように、僕はそう告げる。

 そう、既に犠牲が出ているのだ。以前僕らが想定していた、行動不能に陥っているという状態からは回復したと見て間違いない。

 それに加えてこの環境の悪さの中で、ミラでさえも遅れを取った新種の相手をするのは、幾ら何でも無謀が過ぎる。

 僕は、皆の命を預かるリーダーとして、そんな無謀をさせる訳には行かなかった。


 ……例え、心の底から、今すぐにでも新種を駆除(ころ)してやりたいと、黒い感情が湧き上がっているのだとしても。


「ですが、今駆除しなければ被害がより広がる可能性も――」

「……そこまでにしときなよ」


 それでもなお食い下がろうとするリズの言葉を、少し苛立つようにラビエリが遮った。

 アルシエルもリズの服の裾を摘んで引き、首をふるふると左右に振っていて。

 リズはそんな二人の反応を見てから、ギースへと視線を向ける、が――ギースもまた、そんな彼女に首を左右に振って返した。


「……っ、わかり……ました」

「ん……それじゃあ、一度戻ろう。ギース、最寄りの出口は判る?」

「おう、問題ない。とっとと出て報告しなけりゃな」


 未だ納得しきってはいないといった様子だったけれど、リズが頷くのを見れば、僕は小さく息を漏らしつつ、下水道の外へと向かう。


 ……先ずは、報告を。

 そうすれば本部も恐らくは小隊規模もパラディオンを送ってくれるだろうし、そうすれば確実に『新種』を仕留める事ができる筈だ。

 だから……だから、此処で感情に任せて『新種』を駆除しに行くわけにはいかない。

 ここで失敗すれば、ミラは一生あのままになってしまうのかも、しれないのだから。




「――だから、居なくなっちまったんだって言ってるじゃねぇか!」

「散歩にでも行ってるんじゃあ無いですか? まだ夕方前ですし、そういう事もあるでしょう」

「服を脱ぎ捨てて行くわけないだろ!? 頼むからちゃんと探してくれよ!」


 ――だが、下水道を出た僕らを待っていたのは、異様な喧騒だった。

 比較的繁華街に近い場所から出てきたとは言えど、明らかにただ事ではない様子に僕らは眉を潜め、防護服を脱ぎ捨てると繁華街へと向かい。


「おかしいわね、どこへ行ったのかしら……ねえ、このくらいの子供を見なかった?」

「お母さん? お母さん、どこ?」

「ったく、まだ仕事中だってのにどこ行っちまったんだ? あの新入りは――」


 そこに広がっている光景に、僕は思わず絶句してしまった。

 突然居なくなってしまった子供を探す親。いつの間にか消えた親を探す子供。

 恐らくは仕事中だったのだろう、店で働いていた筈の若者を探す男。

 繁華街のあちこちで、まるで隣人がふらりとどこかへ消えてしまったかのように、多くの人が誰かを探していて――……


「……おい、こりゃあやべぇぞ」


 ギースの呟きに、僕らは現実へと引き戻される。

 まだ大きな騒ぎには――少なくとも恐慌状態にはなっていないが、それも時間の問題だろう。

 突然人が消える理由なんて決まっている。

 とうとう『新種』が、本格的に活動を再開したのだ。


「――っ」

「……ウィル? どうしたのですか、何処へ――!?」


 僕は慌てて、教会へと駆け出した。

 まさか、もしかして……そんな最悪の想像が頭を過ぎり、仲間に声を掛けることさえ忘れて、走り、走り。


 街のあちこちで騒ぎが広がり始めているのを耳にしつつも、教会の前まで辿り着けば――教会の庭で水やりをしているシスターが、視界に映って。

 僕は最悪の想像は回避された事に小さく安堵し、彼女の元へと駆け寄ると呼吸を整えた。


「――あら、ウィルさん? どうしたんですか、血相を変えて」

「シスター、これから絶対に教会から……ミラの部屋から出ないで下さい。細かい事情を説明している暇は無いですが、どうか」

「え……ま、まさか、例の……?」


 シスターの言葉に小さく頷けば、彼女は顔色を青褪めさせながらブンブンと頭を縦に振り。

 ……ここはまだ無事で良かった、と軽く安堵しながら教会へと入っていく彼女を見送ろうとして――その視界に、不意に何か、妙なものが映った。


 はっきりとは見えない。

 ただ、何か……ほとんど透明で、僅かに景色が歪む程度にしか視認できない何かが、教会の井戸から伸びていて。

 それが、教会の鍵を開けようとしているシスターに、今まさに触れようと――


「――っ!? シスター、伏せて!!」

「えっ? きゃ、あっ!?」


 ――僕は思わず、駆け出していた。

 帯びていた剣を引き抜きながら、血相を変えて向かってくる僕にシスターは怯えながらその場で竦み、屈み込んで。

 シスターの背に触れようとしていた何かへと剣を振り抜けば――確かに、何か柔らかな物を斬り裂いた、そんな感触ともに、ぼどっ、と。何か重たい物が地面に落ちたような、そんな音が聞こえた。


 それは相変わらず殆ど視認できなかったものの、何か触手のようなものらしく、僅かな間草地を凹ませるようにのたうち回れば、ぐったりと動かなくなり。

 井戸から伸びていた何かは、ずるん、と何かを引きずるような音を鳴らしながら、その中と引っ込んでしまい――そのまま、井戸の奥へと消えていった。


「……っ、おい、ウィル!一人で無茶をするんじゃあないっ!!」

「はぁっ、はぁ……っ、僕は体力ないんだから、ちょっとは考えてよね!?」

「は、ぁ……っ、はぁ……っ、も、う……」

「……一体何が有ったのですか、ウィル? シスターの様子が、おかしいですが」


 呼吸を荒くしながら、草地に横たわっている視認が難しい何かへと視線を落としていると、慌てて追いかけてきたのだろう。

 同じように息を切らせたギース、その後に続くようにラビエリ達が口々に文句を言いつつ僕へと駆け寄ってきた。


「み……み、皆さん、とにかく中へ!ここは危険です……っ!!」


 シスターはたった今起きた出来事に少し怯えるようにしつつも、震える指先で教会の扉を開けば、僕らを中へと誘導し。

 そんな彼女の善性に感謝しつつ、僕らは急いで井戸から離れるように、教会の中へと入ると一息ついた。




 ――外からは時折、何かの悲鳴のような物が聞こえてきて。

 それが、街に起こりつつある惨劇(じごく)を知らせていた。


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