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2.彼女の行方

 その日も『新種』についての情報は一向に手に入る事なく、時間は過ぎていく。

 既に町での聞き取りは殆ど終わっており、失踪者も居らず。

 結局ここでは何の情報も得ることは出来なかった。


 ……とはいっても、別に僕らに限ったことではない。

 既に『新種』の捜索が始まってから一ヶ月以上が過ぎていると言うのに、何れの班も『新種』についての情報を得ることは出来ていないのだから。

 ある班に至っては、本当にそんな物が存在するのかと、『新種』の存在その物に懐疑的にすらなっていて。


「……ただいま」

「おう、お帰り。その様子だと情報は特に無しか?」

「ん。ギースの方は?」


 ギースの言葉に頷きつつ問い返せば、彼もまた空振りだったのか。

 肩を竦めながら、首を左右に振ると――グラスに注いでいた酒を軽く煽り、小さく息を吐き出した。

 どうやらアルシエルやラビエリ、それにリズはまだ居ないようで。

 しかしそろそろ日も暮れる頃合いだし、彼らも直に戻ってくるだろう。

 そう思いながら、僕もお湯を沸かすと軽く口に含みつつ、小さく息を漏らした。


「……ミラの方はどうだ?」

「ううん、さっぱり。ここには居ない……んじゃ、ないかな」


 そう返しつつ、僕は苦笑する。

 ……そう、ここには居なかったと言うだけだ。

 まだ、彼女が生きているという可能性が潰えた訳では、ない。

 我ながら諦めが悪いと思わなくもないけれど、そう思えている内はまだ大丈夫だと、自分に言い聞かせて。


「そうだな、もしかしたら大きな街の方に行ってるかもしれん」

「大きな、街……そう言えばこの近くに有ったね」

「ああ、まあ既に調査済みって事で少数のパラディオンが駐留してるだけって話だが」


 まあ、当然の話ではある。

 大きな街に害獣が入ろうものなら、人的被害も経済的な被害も甚大な物になってしまうし。

 それに、万が一害獣が凶悪な――いや、害獣自体凶悪なものだけれど、通常とは比較にならない何かだった場合は、更に酷い事になる。

 過去には害獣によって都市が一つ壊滅した例も有る程なのだから、真っ先に大きな街に注意を払うというのは極々普通の事だった。


「とは言え、ここまで被害が確認されてないってこたぁ、なんだ。何っつーんだったか……?」

「――『災害指定』。自然現象による大災害に匹敵するとされる害獣では、無いという事なのでしょうね」


 酒を口にしつつ、喉に引っかかって出てこないと言った様子のギースを、冷たい声がフォローした。

 視線を向ければ、そこにはいつの間に……と言うよりは、今帰ってきた所だったのか。

 エルフの特徴でもある長い耳を、寒さで少し赤くしたリズが立っていた。


「おう、それだそれ、災害指定」

「全く……常識なんですから、忘れないで下さい」

「お帰り、リズ。どうだった?」

「此方は……いえ、何も。貴方も何もなかったようですね、ウィル」


 彼女の言葉に小さく頷けば、リズは小さく息を漏らしつつ。

 ここ数日の調査が無駄足に終わってしまったことが残念なのか、それともこの町には被害が及ぶ事が無いと解って安堵したのか。

 どちらかは判らなかったが、椅子に腰掛けると彼女もお茶を淹れて、一息つき。


「……アルシエルとラビエリも同様ならば、この町での調査は切り上げですね」

「うん、そうなると思う」

「一応、近辺で未だ未調査の場所を幾つか見繕っておきました。今の内に決めておきましょう」


 そう言うと、彼女は机の上に赤くチェックされた地図を広げた。

 既に準備してある辺り、彼女は本当に有能だ。

 僕とギースはその地図を覗き込みつつ、どの程度まで調査が済んでいるのかを改めて確認する。


 一ヶ月以上の時間をかけて、パラディオン達はおおよその調査を終えていた。

 ミラ達が失踪した近辺の街はほぼチェックされており、されていないのはあと5つ程。

 ……つまりは、この5つの町の内の何れかに、『新種』が潜伏している可能性が高い、という事になる。


「……でも、変だな」

「貴方もそう思いますか」

「ん? どうした?」


 リズもこの状況に疑問を感じていたのか、僕の言葉に同意すると、ギースの方へと視線を向けた。


「――余りにも、被害が少なすぎます。仮にも害獣が近辺に居るというのであれば、既に害を為された(・・・・・・)場所が少なからずあって良い筈です」

「でも、ここまで調査が入った町には一切被害が見られてない。それに、本部にも『新種』と思われる害獣による被害は報告されてないんだ」

「……確かに、考えてみりゃあおかしな話だな」


 そう、余りにも被害が無さすぎるのだ。

 少ないではなく、害獣によるものと思われる被害さえない。

 普段ならそれは平穏で良い事だとは思うが、仮にも『新種』がこの付近で確認されたという現状、それは余りにも異常過ぎる。


「被害がないって事は、ここから遠くに行ったって事か?」

「……無い、とは言えません。ですが、だとしたらその遠くで被害が起きている筈ですし」


 被害が起きているのであれば、本部へ依頼が行かないはずがない、と。

 彼女は言外にそう告げながら――彼女自身、まだ結論が出ていないのか、小さく息を漏らしてからお湯に口を付けた。

 被害がないからと言って、調査を止める訳にも行かない。

 飽くまでも先程までのは状況からの推察であって、確たる証拠がない以上、僕らのやる事を変える事も出来ず。


「ただいまー。ダメだねこりゃ、完全に無駄足だ」

「……ん。た……だ、いま」

「お帰り、二人共。お疲れ様」


 テーブルを囲みつつ地図を睨み、行き詰まった所でラビエリとアルシエルが帰ってきたので、僕らは夕食をとることにした。

 考えてもわからない物を、延々と考えていても仕方がない。

 2人からの報告も纏めて本部に提出する必要もあるのだし、気分転換をするとしよう。




「……という訳で、僕の方はさっぱり。ミラの話も特に無かったし、この町は大外れだね」

「わ……たし、も。とく……に、は」

「ん、そっか。それじゃあ報告書を纏めたら、次の場所に向かおう」


 酒場で軽い夕食を取りつつ、お酒を口にしながら互いに情報を共有する。

 結局2人も特に成果は無かったらしく、僕の言葉に頷けば、ラビエリは軽く頬杖をついた。


「……にしても、『新種』かぁ。どんなのなんだろ」

「確か、唯一逃げ帰った……ビット、でしたか。彼の話によれば、ほぼ不可視の、透明な害獣だったそうですが」

「不可視、ねぇ。まあほぼって事は目を凝らせば見えるんだろうけどねぇ」


 ……改めて聞くと、何とも恐ろしい相手だ。

 ミラでさえ、仲間が襲われるまで存在には気付いていないようだったと報告に有ったし――まあ、かなり錯乱していたらしいから何処まで信用していいかは、灰色なのだけれど。


「そりゃあ目撃情報も出ないわなぁ。被害が一向に出てないってのが気にかかるが」

「ですが、害獣が居るのであればそこでは必ず害が起こる(・・・・・)筈です。地道に調査する他無いでしょう」


 そこまで言って、リズは葡萄酒を軽く口にする。

 酒には強いのか、彼女はグラス一杯飲み干しても顔色一つ変える事もなく。

 そして――少しだけ躊躇う様子を見せた後で、何か言いたい事が、伝えておきたい事があったのか。

 リズは小さく息を吐き出せば、口を開いた。


「……これは、『新種』とはまるで関わりの無い事、ですが」

「ん……どうかしたの?」

「ミラという少女(・・)を見たという、行商人がいました」

「――え」


 リズを除く全員の手が止まる。

 その言葉はつまり――一ヶ月かけて初めて、ミラの行方の手がかりを掴んだ、という事で。


「……っ、何処で!? ミラは、何処に――」

「落ち着いて下さい、ちゃんと聞いていましたか? 私が聞いたのはミラという少女(・・)の話であって、女性(・・)ではないのです」

「――まあ、そりゃあ確かにそう、だが」

「でも、話してよ。何かしらミラに繋がってるかも知れないし」

「……お、ねが……い」


 食って掛かるような僕らの様子に、リズは溜め息を漏らし、肩を落とす。

 ……多分、こういう反応が目に見えていたから、話したく無かったのだろう。

 彼女の口ぶりからして、その情報は決して有力な物ではないという事も、察しはついている。

 でも、初めてミラについての情報を得たのは事実であって――例えそれが徒労に終わろうとも、聞かない訳には、知らない訳には行かなかった。


「……判りました。ですが、冷静に聞くと約束して下さい」

「約束する」


 即答した僕を見つつ、リズは葡萄酒に軽く口をつければ。

 彼女が行商人から聞いた、ミラという少女の話を語り始めた。




 /




「ミラさん、もうお外も真っ暗になりましたよ。皆と一緒に眠りましょう?」

「……はい、しすたー」


 周辺地域の流通拠点となっている街の中。

 その一角にある小さな教会で、優しげなシスターがもう夜遅くだと言うのに起きている子供に、声をかけた。

 ミラと呼ばれたその少女は、ぼんやりとした表情でそう言いながら、小さく頷いて。

 背中まで伸びた赤い髪の毛を揺らしながら、何処か覚束ない足取りでシスターに手を引かれ、寝室まで連れて行かれると、ひょいっと、その幼く小さな体を抱かれ、柔らかなベッドの上に寝かされた。


「大丈夫ですよ、ミラさん。きっとお父さんやお母さんが、貴女を見つけてくれますからね」

「おとう、さん……?」

「……大丈夫です、少しずつ思い出して……勉強して、いきましょうね」


 ぼんやりとした少女の言葉に、シスターは少しだけ憐れむような、悲しむような視線を向けながら。

 しかし直ぐにそれを柔らかな笑みに変えると、少女の体にシーツを被せ、優しい声色で子守唄を歌い始めた。

 柔らかな歌声に、少女の瞼はすぐに重くなり。

 1分もしない内に穏やかな寝息を立て始め……そんな少女の赤い髪を、優しく、漉くように撫でれば、シスターは少女の額に軽く口づけて。


「……お休みなさい、ミラさん」


 どうか、この()()()()()()()()()()()()独りぼっちの少女に、女神様の祝福がありますようにと。

 シスターは真摯に、女神に祈りを捧げた。

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