5.彼女なりの成果、そして
カミラと図書館に行ってから、数日が過ぎた。
僕の方はと言えば、相変わらず静養しつつ座学をしたり、魔法の扱いを先輩に習ったりと、できるだけ暇を持て余さないように過ごしていて。
その間、何度か工房を覗きこそはしたものの、相も変わらず忙しい様子で声をかける事も出来ずにいた。
とは言え怪我も大分癒えてきて、もうじきリハビリに入るのも有るし。
そろそろ、一品物の発注を受けてはもらえないかと、聞いてみたほうが良いのかも知れない。
「……よし、ちょっと聞いてみようかな」
駄目で元々。
もし出来なければ、また後日という事にすれば良いのだし、ちょっとくらいは図々しく声をかけてみよう。
そう決めれば、僕は工房へと足を運んだ。
工房に近づけば、相変わらず喧々囂々としているのだろう、廊下にまで声や鉄を打つ音が響いていて。
やっぱり忙しいんだろうなぁ、と改めて実感しながら――その中でも一際大きく聞こえてくる二人の声に気づくと、僕はそっと扉を空けて中の様子を伺った。
「――だから、何でテメェはそう両極端なんだ!?」
「何よ!長持ちする武器とか最高でしょ!?」
「切れ味最悪の長持ちする剣なんざ鈍器持ったほうがマシだろうがっ!!」
……どうやら、相変わらず方向性の違いというか。
そういった事で、工房長とカミラは揉めているらしい。
「武器としての性能!耐久力!そして扱いやすさ!全部を高水準で纏めつつ要望を受けのが一品物なんだよ!なんでテメェはどれか飛び抜けてどれかが引っ込んでんだ!?」
「うぐ……だ、だって、何処まで出来るのかなーとか、気にならない?」
「……判らなかぁねぇが、そういうのは自分の趣味でやれ!」
でも、何というか……以前よりは、少しだけ二人は建設的な会話が出来ているようにも見えた。
図書館から借りた本から色々学んだのだろうか、遠目で見たカミラ武器は以前とは大分違っていて。
装飾は以前よりも控えめになった代わりに、こう、美術品というよりは実用品に重きを置いたような、そんなデザインになっているのが、素人目でも理解できる。
……少しでも為になったのなら、連れて行って良かったのかな。
そんな事を考えていると、言い合いを終えた二人と視線があってしまい。
「……ん? なんだぁ坊主、来てたのか」
「げ……っ!」
「あはは、こんにちは」
カミラが引きつった表情で、先程工房長と言い合いをしていた武器を隠すのを見れば、苦笑した。
多分、プライドが高い彼女としてはダメ出しされたモノを見せたくはないのだろう。
こう、試験で悪い点数を取ったのを見られたくないような。きっと、そういう感じ。
「ちょうど良い、話があるんだ。ちょっと良いか?」
「ええ、大丈夫です」
工房長は僕を以前話し合っていた机の所まで案内すれば、カミラと一緒に座り込んで。
僕も腰掛ければ、以前カミラが投げ捨てた注文書を机の上に並べつつ、小さく息を吐いた。
「相変わらずこっちは忙しくてな、まだ時間がかかりそうなんだが……相談があってな」
「相談ですか?
「ああ……おい、カミラ」
工房長の隣りに座っていたカミラが、少しだけ緊張した面持ちで小さく頷いて。
そして――どういう訳か、僕の方に頭を下げてきた。
「……この間は、ごめんなさい。私にもう一回だけ、チャンスを頂戴」
「え……と、カミラさん?」
「一回あんな武器渡した私を信用しろって行ったって無理なのは判ってる。でももう一回だけやらせて欲しいの」
以前の態度は何処へやら。
彼女は真摯に頭を下げ、謝罪を口にして、改めて僕の依頼を受けたいと、そう口にしていた。
図書館であった時も少し軟化していたような気はしたけれど、彼女の態度はそれとも違っていて。
「坊主、カミラの頼みを聞いてやっちゃあくれねぇか?」
戸惑っている僕を見つつ、このままじゃ埒が明かないと思ったのか。
小さく息を吐き出しながら、工房長も助け舟を出すように、言葉を挟んできた。
「最近はコイツも態度が変わってきてな。少なくとも、前みたいなテメェ勝手な武器じゃあなく、相手の為の武器を作るようになってきたんだ」
「うぐ……っ」
工房長の言葉に以前のことを思い出したのか、カミラはびくっと震えつつ苦しそうな声を漏らす。
……成る程、さっき工房長と彼女が話している様子が以前と違って見えたのは、そういう訳だったのか。
工房長も別にカミラが嫌いというわけじゃなく、才能は認めている訳だから。真っ当な方向にさえ向いてくれれば助力は惜しまないという事なのだろう。
「まだ半人前だが、俺もちゃんと監督するからよ。コイツにこの注文、受けさせてやっちゃあくれねぇか?」
「……ん」
少し、考える。
僕の分だけなら、二つ返事で喜んで受けたのだけれど……今回は、仲間の皆の分を作ってもらうのが目的で。
それに万が一でも間違いが有れば、仲間の命が危険に晒される事になる、訳で。
そう考えてしまうと、カミラには悪いけれど簡単に良いとは言えず。
「……お願い。絶対に、後悔させるような物は作らないから」
ただ――カミラの態度が、以前とはあまりにも違って、真剣で。
今の彼女なら、そんな物は、間違ったものは作らないだろうと。そんな、不思議な確信を持ってしまい。
工房長も、目配せで僕の方へと主張してきているし――彼の目もあるなら、きっと大丈夫かな、と。そんな事を、考えてしまって。
「ん……解ったよ。それじゃあ、宜しくお願いします」
「……っ、あ、有難う!任せて、凄いの――じゃない、ちゃんとしたの作るからさ!」
色々考えた後、僕が彼女の申し出を受け入れれば、彼女は笑顔を零しながら――工房長にじろりと睨まれると、ビクッと肩を揺らしつつ、口にした言葉を訂正した。
……ちょっとだけ不安になったけどまあ、多分大丈夫……だと、思いたい。
その後、今度はちゃんと書類で正式にこちらの発注を受けてもらって。
僕の怪我が完治するまでには間に合わせると工房長と約束を交わしながら、僕は工房を後にした。
これで、とりあえず……静養中に出来る事は、もう無いだろう。
後はしっかり怪我を直して、リハビリして。
皆とまた一緒に戦えるように、体の方も整えておくだけだ。
相当なまってるだろうし、皆の足を引っ張らないように――それに、皆とこれから先も頑張っていけるように、しっかりやらなくちゃ。
怪我が完治して、リハビリが終わったらまたパラディオンとして皆と戦う日々が、始まるんだから。
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「……ん? 何か有ったのかな」
怪我自体は治り、僕がリハビリに入った頃。本部は俄に騒がしくなっていた。
どうやら何か張り紙が貼られているらしく、先輩達はそれをざわつきながら覗き込んでいて。
「何かあったんですか?」
「あ……ウィル、その、なんだ……」
その日のリハビリを終えて、本部の受付前を通る最中。
先輩達の後ろからそれを覗き込めば……僕を見て、先輩達の顔色が変わった。
一体何があったのかと、先輩達が見ていたものへと視線を向ければ、そこにあったのは依頼書で。
よく見れば、一度受注された後に何らかの要因でパラディオン達がその依頼を失敗したという、その証がその依頼書には刻まれていた。
「――え?」
それ自体には、問題はない。
珍しいことだけれど、そういう事もあるだろう。パラディオンとはそういう仕事だ。
問題は――そこに、書かれている名前。
ヘリオ=ロッソ。ラクレア=アトラム。エディ=ラース。
――そして、ミラ=カーバイン。
知らない名前に混じり、確かにある仲間の名前。
その依頼書には、この4名が任務中に行方不明になった為、と――そう、書かれていて。
「お、おい!しっかりしろウィル!」
先輩達の声が、酷く遠い。
……僕は全身から血の気が失せるような感覚を覚えながら、その場で膝をついた。




