3.彼女なりの理屈
「……何よ、ガラクタだなんて言わなくても良いじゃない」
工房を飛び出した後、自分の部屋に戻っても気分が晴れず。
私はちょっと寂しい懐を気にしつつ、酒場へと足を運んでいた。
……またやってしまった、と、我ながら思う。
思うけれど、仕方がない。だって、工房長が悪いのだ。
私が誠心誠意、真心込めて作った可愛い槍を、ポッキリ折ってしまうんだもの。
そりゃあまあ、工房長の言う事も判らないでも無いけれど、何も折らなくたって良いじゃないか。
「葡萄酒!瓶でお願い!」
「はいはい、自棄酒はほどほどにしてくださいね?」
「……わかってるわよ」
看板娘に窘められながら、私は葡萄酒をグラスに注ぎ、そのまま軽く飲み干した。
……頭が少しくらりとするけれど、今はそれくらいが丁度いい。
この所……と言うよりは、ここに来てからずっと、工房長とはぶつかりっ放しだった。
私より才能が無いくせに偉そうにして。まあ確かに、鍛冶の腕は確かだと思うけれど……彼より私のほうが、ずっと良い物が打てるのに。
すごい切れ味の剣とか。凄い頑丈な盾とか、鎧とか。今回打ったあの槍だって、自信作だったのに。
「ん、く……っ、ぷはぁっ」
酒を煽りながら、息を吐き出す。
……どうしようかな。あの子供の依頼を口約束とは言え、引き受けてしまったのは私だ。
工房長はやらせるつもりが無いみたいだけど、私だっていい加減支給品以外の物を作りたい。
だから、今回のは丁度いいチャンスだと思っていたのに――……
「……工房長の、ばぁか」
あんな口喧嘩を見せてしまったら、子供の方だって依頼を取り下げたかも知れない。
そう思うと、陰鬱な気分になってきた。
私は、私の思うものを自由に作りたいのに。私はいつまで、支給品ばっかり、同じものばっかり打たされるのだろう。
……ああ、今回の子を作るのは、本当に楽しかったのになぁ。
装飾だって凝ったし、刀身の鋭さなんて会心の出来だった。まあ、ちょっとバランスが悪かったり耐久性に難があったかも、しれないけど。
それを、ガラクタ。ガラクタって。私だって、一生懸命作ったのに……
「――あ、居た」
「んー……?」
つい最近聞いたような。
でも、あまり聞き慣れない、少し幼気な声に顔を上げる。
「探しましたよ、カミラさん」
そこに居たのは、今回の依頼を持ってきた――いや、私が強引に受けたのだけれど――少年だった。
相変わらず、あちこちに巻かれた包帯が痛々しい。
大方新人パラディオンが、任務で下手をこいて怪我したタイプだろう。
あんまり強そうに見えないし、何より大分若く見えるもの。
「……なによー、アンタも私にケチつけに来たの?」
「いえ、そういう訳じゃないです。相席してもいいですか?」
……この少年、意外と図々しいぞ。
どうせなけなしの金で依頼を出したから、この場は私におごらせようっていう寸法だろう。
そうはいかない。私だって、なけなしの金で飲みに来ているのだ。
「ふん、アンタが奢ってくれるなら良いわよ」
そう言いながら、葡萄酒をグラスに注いで煽る。
どうだ、私はびた一文おごらないぞ。解ったらさっさと帰れ。
「良いですよ。でも、今日だけですからね?」
「……っ!?」
そう思っていたのに。予想外の答えが返ってきて、私は思わずむせそうになった。
「……言っとくけど、私はまだまだ飲むし、食べるわよ」
「良いですよ、二人ならそこまでしないでしょうし」
……もしかして、意外と小金持ちだったりするんだろうか、この少年。
まあ……良いや。少年が良いって言ってるんだし、私としては得なだけだし。
「じゃあ、良いわよ。さっさと座んなさい」
「ええ、では遠慮なく――すみません、僕はエールで」
「あら、ウィルさん。怪我してるんですから、お酒は程々に、ですよ?」
「あはは、気をつけます」
慣れた様子で注文する少年を見つつ、葡萄酒を口に含む。
看板娘も少年のことを見知っている様子だし……もしかして常連、なんだろうか。
……まあ、良いや。どうせ私には関係のないことだもの。
今回限りだろうし、ありがたく奢ってもらうことにしよう。
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「……でさぁ。あのクソジジイ、私に同じモノばーっか作らせんのよ? じょーだんじゃないわよ!」
「そう、なんですか」
「そうよ!」
ダン!とグラスの底をテーブルに叩きつける彼女に、苦笑する。
……さて。カミラさんを見つけて、話す機会を設けるまでは上手く行ったのだけれど。
奢るのはまあ良いとして、予定外だったのは彼女の酒癖だった。
葡萄酒を飲んでいるのは彼女がエルフ故なのだろうけれど、水のように飲むものだから、彼女はすっかり泥酔していて。
「だーいたい、支給品? なんざ、だーれが作ったって同じじゃないのよ!私がぁ、つくりたいのはぁ!もっと、どくそーてきなモノなの!!」
「毒草的?」
「独創的!」
すっかり口調も怪しくなっており、口から出るのは工房長への文句ばかり。
話し合い、というよりは、彼女の愚痴を一方的に聞かされるような状況になってしまって。
でも、まあ、悪いことばかりでもなかった。
彼女が工房長――と言うよりは、今の職場に対して抱いてる不満が何なのか、大体だけれど聞く事が出来たのだ。
彼女の不満点は、3つ。
1つ、才能のある自分が延々と支給品ばかり作らされているのが、気に食わない。
2つ、工房長が、自分の事を認めず、軽んじているのが気に入らない。
3つ、折角作った自分の自信作を、叩き折られたのが許せない。
……まあ、うん。
聞いている限りでは、1つ目以外は彼女の勘違い――或いは、視点の違いによるものだろう。
工房長は間違いなく、彼女の事を認めている。才能を認めているからこそ、鍛冶師として大成して欲しいと思い、苦言を呈しているのだ。
まあ、その苦言が罵詈雑言になっているような気もするから、工房長の方にも問題はあるのだろうけれど。
そして、今回あの槍を折られたのは……あれが、紛れもない失敗作だったからに、他ならない。
展示品としてなら良いだろう。あの装飾は凄かったし、あの切れ味も素晴らしかったし。
でも、僕が注文したのは――と言うより、パラディオンが求めている物は、展示品ではなく実用品なのだ。
軽くハンマーで叩くだけで折れてしまうような繊細さは、注文からは大きく外れてしまっていると言わざるを得ない。
「……私だって、真面目にやってるのにぃ……どうして、こんな酷いことばっか、するのよぉ……」
――ただ。
彼女は彼女なりに、それを真剣に作っていたという事は、はっきりと理解できた。
問題なのは、それがすべて『自分』へと向かっている事。
彼女は『自分』が作りたい物を、『自分』が作りたいように作っているが、それは鍛冶師がする事では――少なくとも、パラディオン達に装備品などを作る鍛冶師がやることではない、筈だ。
「……うーん」
「アンタだってぇ……私の槍のこと、褒めてくれたじゃない……」
「まあ、確かに……凄い出来では、あったので」
「でしょぉ? 私の、なぁにが悪いってのよぉ……」
だが彼女は、それにまるで気付いていないようだった。
なまじ凄い才能があるのが悪いのだろう。単純に粗悪品を作ったわけでは無いから、何が悪いのかを理解していない。
逆を言えば、何のために作るのかという明確な指針さえあれば、彼女は間違いなく最高の鍛冶師になる……と思う。多分だけれど。
となれば、やる事は決まってる。
どうせ僕の方は時間が空いているのだし――もし彼女に真っ当に一品物を作ってもらえたなら、それはきっと仲間達にも喜んでもらえる筈だから。
「ねえ、カミラさん」
「んー……何よぉ……」
「明日、空いてる?」
「……へっ?」
エールに口を付けつつ、彼女の予定を聞く。
もし時間が空いているようであれば、ぜひ彼女を連れていきたい場所がある。
まあ、工房は忙しい時期だと聞いているし、無理ならば仕事の後にでも僕が出向けば良いとは思うのだけれど。
「何、それ……いっちょ前に、デートの誘いのつもりぃ?」
「そうじゃなくて。ちょっと、カミラさんを連れていきたい場所があって」
「……連れていきたい場所? まあ、別に良いけど。午後からなら多分平気」
「良かった。じゃあ、明日の午後から予定を空けておいて下さいね」
どうやら彼女も時間はあるらしく、僕は笑顔でそう言うとエールを飲み干した。
そんな僕に、彼女は少しだけ訝しむような視線を向けて。
「……アンタ、いつもそんな調子なの?」
「いつも……ん、一応、普段よりは礼儀正しくしてるつもりですけど」
「そうじゃなくて……まあ、良いや」
良く判らない事を言うと、はぁ、とため息を吐き出しながら、残っていた葡萄酒を煽る。
そして、耳まで酔いで赤くした顔で、意地悪く笑みを浮かべながら、こちらの顔を覗き込み。
「――但し。退屈させたら、その場で帰るからね、私は」
「大丈夫、多分退屈しないと思いますよ」
「そ。ま、楽しみにしといたげるわ」
そんな挑発的な言葉を口にしながら、彼女は酒場を出ていった。
「……さて、と」
僕も、頼んだエールを飲み終えると代金を支払い、酒場を後にする。
……随分と飲まれたなぁ、と思いはしたけれど……まあ、うん。必要経費と思っておこう。




